体温36度5分に思う

最近、街の中で体温を測る機会が増えた。コロナウイルスの性で、公衆の場での感染防止対策の為である。

前にも、体温と身体活動エネルギー「理科基礎(仮称)」を想定して (2016/04/08) でも述べた。

ここ数年で、電気回路現象を『エネルギー』で捉える考え方が、その意味を理解し易いと思うようになった。

生物や生体の事には素人と言ってよい程無知だ。そんな筆者が解釈する事は余り信用されないかも知れない。しかし、何故人の体温が36度か?と尋ねても、答えられるのだろうか。専門的な解説も多くあり、良く解説されている。

人だけでなく、動物や昆虫もそれぞれ固有の体温を維持しているのだろう。蛇などは低い体温らしい。それぞれ生命活動を営むに、必須の条件が体温であるように思う。

電気回路の電圧に似た意味が人の体温のようだ。『電圧』は電気回路の『エネルギー』レベルを決める基準量だ。送電線路のような高電圧は、負荷の必要な要求に対して、瞬時に大きな『エネルギー』を供給可能である。乾電池の様に電圧が低ければ、供給対応『エネルギー』の量は小さい。

人の体温は、体の生命活動の瞬間の対応能力を得るに必要な『エネルギー』の供給能力を保持するための『エネルギー』レベルを保っている指標と見れよう。

人も外界の危険から身を守る事は必須の条件だ。危険に会えば、痛みを感じて避ける。熱さを感じて冷やす。皮膚の感覚機能がどの様であるか、その細胞の医学的意味など何も知らない。然し痛覚や痒みや熱さはそれぞれ異なった情報として脳が認識するものと思う。その仕組みを生理・医学的にどのように解釈しているか、とても興味がある。外界の状況、痛覚などもその一つであれば、それをどの様な仕組みで人は『痛い』と感知するのか。この事にも、体温が一つの基準を整えている筈だ。要するに『エネルギー』の物理的現象を、身体活動・生理活動の中で生かされているという事と解釈する。

『エネルギー』は分子のような物質ではないから、物理学と同じく、分子生物学の対象にはならない筈だ。身体には神経細胞が張り巡らされている筈だが、その神経細胞は外界の危険な状況などの情報を脳の中枢機能へ伝達するのが、その機能の主たるものであろう。痛覚がどの様な仕組みで脳の判断の基の情報となっているか。それは『エネルギー』の波形しか無かろうと解釈する。『エネルギー』は測定が困難であるから、科学理論の対象として確認するのが難しい筈だ。光の『エネルギー』分布波形の観測が無理である事と同じ意味であろう。その『エネルギー』の波形は痛覚や熱さの信号の意味を分けて脳に伝えていると予想する。分子の物資では、神経伝達などでの危険を避ける程の迅速性は保てないだろうから。『エネルギー』の波形なら細胞内を伝播する光と同じ速度での伝達が可能だから。

誠に勝手な解釈で済みません。自然世界は『エネルギー』の伝播現象がその基本を担っている筈と解釈するからである。これは電圧が電気回路の『エネルギー』分布による電磁現象環境保持の機能を担っている事と同じ身体機能の意味と解釈する医学知識に無知ながらの捉え方である。

 

 

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