知っている と 分る

教育の意義と弊害。

こんな形でしか、生きている意味を表現できない無様を晒して。昭和14年12月1日:舞鶴鎮守府への戸籍転籍以降の不可解が足かせになって。戻るにも何処に戻れば良いか❓戸籍丸「香取丸」の船籍除籍(昭和19年3月31日)をどう回復できるか、御政府問題と自力では無理故に。昭和55年3月31日職歴無しの新潟県教育委員会による『免職』辞令と存在しない筈の同年4月電気科主任手当ての御支給の不可解?新潟県にはお尋ねしたが御回答頂けない。『分かる』には程遠い。

学校教育では、系統的に効率よく、子供たちに教えることが出来る。数学や言語あるいは社会科学は、その一般的な日常生活での必要な事を教えて記憶によって、修得させてほぼその目的は達成できよう。数学もそれ程考えると言うより、規則に従う意味を理解することで済むのではないか。

その初等教育で学んだ内容は、其の後も支障をきたすような問題は余り起きない。

しかし、自然科学分野はその学習した内容が余りにも多くの問題を抱えている事に気付いた。それは自然を観察し、その意味を解釈する学問であるから、人がその意味をどう解釈するかによって、その捉え方には大きな隔たりを含む可能性が大きい。

物理学理論は自然世界の現象を解釈する方法を、皆が納得出来て、共通の評価基準を取りまとめる学問体系である。それは科学技術など、自然現象を利用し、応用し、人の生活環境(自然環境をよくする意味ではなく、あくまでも人間の為だけの)を便利にする物事の解釈の根本原理と言う意識にある。しかし、今それが殆ど誤った解釈基準であった事に気付いた。

物理学理論が全く自然現象解釈の基準になど役立たない、人が仮定した解釈の一つの手法でしかなかったのだ。それは、何世紀にも及んで、科学学術界と言う有名人の殿堂での解釈が世界の基準となって、余り市民の関われない世界で構築されてきた。権威によって決まってきた。専門と言う納得しがたい学説が唱えられる学問領域が、狭い専門性で哲学無しに伝統学理が伝承されている。

学校教育で、『理学』に当たる教科内容はとても可笑しな内容であったのだ。良くここまで問題視もされず、歴史を重ねて来たものだと驚かざるを得ない。

『理学』は他の教科目と同じように記憶する学問ではないのだ。『何故か?』と常に疑問をもって、理解する事の考え方を教えるべき教科目と捉えるべきだ。

教師も、伝統的解釈法を『知識の受け売り』的伝達では、その役割を担え切れない。長い歴史的経過を、その『知識の受け売り』的教育法が現在まで続けられてきた結果、驚くべき物理学理論の不可解さ、曖昧さを引き摺って来てしまった事の原因となってしまったのだ。

『金原の物理』を繙いてみて (2018/05/11)で考えた。そこには寺田寅彦博士の意見も載せてあった。

磁束という科学論用解釈概念を取り上げて再び問題を指摘する。

磁気現象の一つの特徴はその磁力にある。マグネットなどの磁力の強さは他に比べるものが無いほど強力だ。

その訳は何か? 

勿論物理学や理科を習えばその訳を答えられるだろう。電気回路のコイルに電流 I が流れれば、その内部は磁場と言う磁気に関わる現象が生じる。コンパスを近付ければ、何故か力を受けて、ある決まった方向を向く。マグネットは鉄板などの鉄性の面に張り付いて落ちない。

【問題】その磁力の発生する訳を説明してください。

【解答】?    

誰もが、理科で磁気の事を学習すれば、磁石などの表面には磁束が空間に伸びている事を習って知っている。N極とS極の間で、磁束が繋がり、それだけで引合う力が生じると解釈するようだ。磁石の接合力の強さは誰もが経験で知っているから、その解釈法に疑問も持たない。教えられた通りに良く理解したと記憶できる。それが『知っている』ことだ。学校で教えられた事を覚えているという意味だ。大学での専門学部では、その指導内容を良く汲取り憶えて、その指導内容を忠実に後輩に指導し続けることで専門家の後継者となり得る。指導教官の教えに対する疑問や反論はご法度だ。

『分かる』とはどの様な事か。自然現象は解釈法を記憶しても、それは『分かった』ことには成らない。

〈疑問〉を抱かなければ『分かる』には到達できない。磁束でN極とS極が繋がると『何故磁力を発生する事になるのか?』。磁束の事を如何にも力に意識が繋がるような意味を持たせた磁力線と言う言い方まである。

〈疑問〉磁束に因って磁力が何故生じるか。

磁力に関して、『磁気のクーロンの法則』がある。しかし、それは『磁荷』のN磁極とS磁極間に働く力という意味である。その法則の磁力発生原因は磁束とは意味が違う。『磁荷』と言う概念は既に、物理概念としてはその存在は否定されている。divB=0 と言う基本認識は、磁束を発生するような原因たる「基」即ち『磁荷』は無いという意味である。しかし不思議にも、それはそれとして、磁気のクーロン力が基礎法則として有効に、頑迷に利用されているのが物理学理論の教育上、教科書での方針に成っている。

磁力の発生する論理的原理が分かったでしょうか。

磁束が繋がるとどの様な訳で皆さんは磁力が発生すると理解しているのですか。『分かった』のですか?

自然界に磁束など実在しないのです。昔から電気法則で、納得し易い方便として仮想的に唱え、使って来ただけなのだ。そんな社会的対策と手法は余りにも当たり前な事なんだが、科学理論となると、如何にも権威ある立場からして何とか納得させるに方便が必要だっただけである。これはマイケル・ファラディーの法則として素敵な業績を残してくださったことで、便利な解釈法で通常は良いのだ。しかしその法則を、本質を考えずに、ただ利用して過ごす「考えない」科学理論集団の社会的権威が過ちを世界に広めるのだ。

『磁束』だけでないのだ。『電荷』もこの自然界になど存在しないのだが。

何故磁力が強いのか。磁力が無ければ、と言う言い方も間違いを伝える事に成るかも知れない。磁力と言う物理的現象も、何も磁気など厳密には無関係なのだから。『磁気』と言っている自然の意味は『エネルギー』の姿でしかないのだ。質量も『エネルギー』の世界に現われる形象の一つでしかないのだ。「質量とエネルギーの等価性」とは『エネルギー』『光』が局所化した結果が質量でもあるという意味だ。分子結合の結合構造も、同じ分子なら同じ結合構造となっている筈だ。それも磁気と言う結合力が有るからの結果なのだ。原子結合も磁気力結合なのだ。こんな事は科学論文になる訳のない論だ。余りにも世界の本源が単純過ぎ、純粋過ぎるから。

磁力は軸性エネルギー流だ。

前出の図も併せて、示す。

磁気のN磁極とS磁極の意味は、ともに同じその表面の空間に流れる『エネルギー』の示す現象なのだ。N極を見れば時計方向に回転する『エネルギー』なのだ。それを軸性エネルギー流と表現した。空間内での『エネルギー』流間の近接作用力を磁力と言う解釈で捉えていたのだ。

『静電界は磁界を伴う』の発表から、『電荷』否定の論を固めるために、何を考えて来たかと言えば、『磁気』とは何かであった。初めの頃の記事、磁界・磁気概念の本質 (2010/11/16)がある。『磁気』の正体を明らかにすることで、『電荷』概念の否定の確信に繋がった。

はじめに挙げた問題の回答。それは『エネルギー』の回転流での近接作用力として『分かった』ことになると思う。それでも疑問が無くなる訳ではなかろう。寺田寅彦博士に学びたい。決して原子結合が『共有結合』などで出来る訳がない。高等学校の化学の授業での「共有結合論」の理解不可能と諦めた内容が今少しは『分かった』になったかもしれない。

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