月別アーカイブ: 2021年6月

私は何者でしょう(2)消えた記事

2012年11月の記事で何故か消された記事

貝野村と舞鶴鎮守府の記事と同時期に記事。

プロフィール写真を付けた。名前がプロフィールでは『吉平』あるいは『良平』と表示される。正しい名前の漢字での『喜平』と表示されない。下の記事の住民票に名前の読み仮名『ヨシヒラ』が登録されていないことが原因だろう。矢張り舞鶴鎮守府が原因だろう。

戦後75年間の不可解 (2020/06/23)。新潟県教育委員会の過去と未来 (2013/11/01)。みんな繋がっているようだ。

雷と電荷の物理

(2021/06/22)。とても興味ある記事が手元に在る。専門家の論説:「雷の物理とその観測技術」だ。

雷の正体(2012/11/13) 「(注)この記事も一つの図が勝手に見えなくなっている。今日その訳は?新潟県議会 の記事で「日本国憲法との関係を述べた」その事例だ。??」は筆者の記事だ。それに対して次の記事は所謂専門家の記事だ。『電荷』が自然界に存在するか、しないかで別れる観方だ。

「雷の物理とその観測技術」が日本物理学会誌 Vol.71, No.4, 2016 。話題として解説されている。ところどころ色鉛筆で下線を引いて注目した跡も残した解説である。

長く電気回路現象の物理的理屈を考えてきた。結論は電気回路に『電荷』は無意味な概念で、そんな物理量が自然世界に存在する訳はないと確信するに至った。

だから専門家が解説する「雷」の物理現象解釈は全く間違っているとしか言えない。『電荷』など存在しないから、他の解釈に因らなければ意味が無い説だ。

雷の特徴は何か?

『ピッカ』と光の放射を伴う。先ずその光は何が光になったのかを解説しなければ、物理学とは言えない。その光が『エネルギー』と理解しているのか?『エネルギー保存則』と言う物理現象の根本原理をどの様に専門家は意識しているか?『エネルギー』の意識無しの物理論は全く信用できない。それは自然を観ようと意識しておらず、物理学論を論じているだけでしかない。それも専門的解釈論で。

その専門家の論理は、勿論電気回路での『電荷』や『エネルギー』の役割など考えたことも無い中での解説論であると思う。

見えるもの 見えないもの (2015/03/12)。雷は見えるがその本質は見えないようだ。本質は『熱エネルギー』だ。

その訳は?新潟県議会

今日の新潟日報、新聞記事を見た。

新潟県議会の定例議会の様子の記事だ。その記事の意味が分からない?

新潟日報新聞記事(2021年6月22日)

日本国憲法

第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他の一切の表現の自由は、これを保障する。

② 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

関連して。

第十七条 何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国または公共団体に、その賠償を求めることが出来る。

第十八条 何人も、如何なる奴隷的拘束も受けない。また、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。

第十九条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

筆者のブログ記事が最近本人の知らないところで、勝手に削除される。記事の内容が見えなくなる。インターネット上の表現の自由は国境の意味との関係で、各国の憲法の意義はどのように保証されるのか。記事を削除するものはどのような権利で、削除・改竄の権限が与えられるのか?

憲法第十七条によって、すべて裁判で受けた損害は勝ち取らなければならないのか?

今朝の新聞記事を見て、驚いた。県民の選挙で選ばれた県議会議員が定例の県議会で、正規の議会発言が自由にできない意味が理解できない。「無所属の会」と発言者が発言したら、その発言は『憲法』によって自由に発言することが保障されるような新潟県議会でなければならない筈だ。直ちにその場で、「無所属の会」として発言する権利が行使できる議会運営でなければならない筈だ。県議会規則か何か分からないが『憲法』で保障された自由の権利を遮る機会運営は『日本国憲法』の存在を意識していない対応と思う。いちいち裁判で争わなければならなとは『憲法』で保障された意味をどの様に解釈すれば良いのか?

西部劇と柱状節理

(2021/06/20)。アメリカ西部劇シネマ「戦う幌馬車」(1967年。ロバート・ケネディ―監督)を観た。

ジョン・ウエイン、カーク・ダグラス出演の西部劇映画である。初めから驚く程の柱状節理の巨木の岩石が目に飛び込んでくる。何億年前の巨樹かは想像もできない。その映画の画面の一部を拝借したい。

西部劇シネマ「戦う幌馬車」

テレビで見た。最初から目に飛び込んできた西部の山の柱状節理だ。これぞ地球の歴史の姿だ。柱状節理解釈の地質学会でのメリケン粉式学説はとても専門家的で、信じられない論理だ。この地方がどれ程の巨樹の山の続きだったかと想像が膨らむ。

今日別にテレビで、福井県の雄島の映像も見せて頂いた。福井県は柱状節理、板状節理の化石の上に築かれた地球の歴史を秘めている地方に思える。恐竜の化石もあり、古代の地球の歴史を秘めている。

電源電圧の物理概念

(2021/06/16)。漸く辿り着いた。『静電界は磁界を伴う』(1987年4月)の発表をしてから辿り着いた。決して『電荷』や『電子』等を必要としない電気回路現象解釈。自然世界に、その空間に『エネルギー』がある事を知って欲しい。物理学理論のどこに、その『エネルギー』の概念が在るだろうか。物理学理論は役立つのか (2021/04/09)。

『電圧』と言う誠に優れた電気技術概念。その意味は長く物理学理論において、『電荷』によって解釈されてきた。しかしその電圧の物理概念は『電荷』などでなく『エネルギー』が示す自然現象の意味であった。

交流電源電圧の電気回路における物理概念を上の図によって考えたい。電圧は電気回路の現象を決定的に決める基本量であると感覚的にも捉えられる。

長い間その電圧の意味を、『電荷』によって解釈してきた。漸くそれは『エネルギー』が示す電気回路現象であったとの結論に至った。回路の負荷に誘導性負荷と容量性負荷を取り上げた。電源電圧は正弦波交流とする。電線路は二本の電線を張ればそれでよい。その電気回路をどの様に解釈するかが一つの要点となる。また、電気現象は全て『エネルギー』の光速度伝播現象である事を認識しなければならない。決して『電子』は電圧の意味に何の役目も持ち得ない。単純な2本の導線で囲まれた電線路の空間を電気のエネルギーが流れるのである。電源電圧 v[V] とすれば、それは下の式、(2)式のように電線近傍の空間に、単位長さ当たりの静電容量 C[F/m]によってエネルギー分布が決まるのだ。

 

その電線路単位長さ当たりのエネルギー分布 δp[J/m]は電線路全体に瞬時に行き渡る。数㎞の電線路に電圧を掛ければ、その電圧は光速度のエネルギー流によって、電線路全体がその電圧値になる。そのエネルギー流の流れは上の(1)式の流れの式で表現できる。速度 co=(LC)^-1/2^ [m/s] で流れる。電気現象の最大の特徴は、光速度伝播現象であるという点だ。電気理論や物理学の教育者は決して、1秒間に『電子』などが地球7回り半の速度で伝送できない事を肝に銘じておくべきだ。子供達に嘘で誤魔化す教育はするべきではない。長く30年以上もかかった結論である。

電圧とは。(2)式より、

v=√(δp/C)  [(J/F)^1/2^]=[V]

で表される、電線路空間のエネルギー分布を解釈した技術概念だという事である。この電圧は直流であろうと交流であろうと特に差は無いのだ。交流電圧は直流の電圧値がただ時間的に変化する違いでしかない。それはエネルギーが光速度伝播である事にその特性があるからだ。

(1)式の電力p₀[W] はその電線路電圧の伝送エネルギー流の最大限界値を表す。光速度 co=1/(LC)^1/2^ [m/s] との積で表される。(注)最近の配電線路もピン碍子は使わず、静電容量が大きな、特性インピーダンスの小さな高エネルギー密度の、容量増の配電線路になっている。

(3) 、(4)式は負荷の特性を表す式だ。

その電力の式は、誘導性負荷の場合は、

誘導性負荷の波形

その貯蔵エネルギー量は印加電圧の時間積分で決まる。また容量性負荷の貯蔵エネルギー量はその電力が電圧時間微分で決まる。誘導性負荷の場合の電気現象波形を示す。wl[J] がLrの貯蔵エネルギーである。

 

 

電気の眞相-電気エネルギーとは何か- (2014/10/13) が電気回路現象への疑問との格闘の一つの問答の始まりかも知れない。

まとめ。

漸く電気技術理論、電気工学理論を、その優れた電気技術文化として理解できる心境になった。『オームの法則』、交流電気回路の『インピーダンス解析理論』、その『電圧と電流』の技術概念を理解できた。決して『電子』など必要としない事を理解できた。残念ながら「クーロンの法則」は教育の場には相応しくないことも確かな事である。『電荷』概念は余りにも自然の真相からかけ離れた解釈を強いる事に成るから。また、『磁気』とは『エネルギー』の軸性回転流の空間場であると理解できた。残念ながら地磁気の逆転現象などはこの地球上に起こり得ないと分かって欲しい。『電界』も『磁界』も全て『エネルギー』の科学理論構築用の解釈概念でしかないと言う意味で、自然世界の「真理」とは異なる事をも知って欲しい。教育の、理科教育の専門家は未来への新たな方針を立てなければならない時に在ると理解してほしい。どうか皆さんからの、『電荷』や『電子』の概念を否定する私への批判を期待します。

科学論と検証

(2021/06/16) 。科学論は客観的な検証が要求される。

科学論に限界は無いのか?どのように検証すればよいか。

ロゴウスキー電極とエネルギー流

科学的な計測が出来ない現象。ロゴウスキー電極間の静電界と言う科学概念は『電荷』によって発生すると解釈されていた。しかし、電荷を否定する科学論はその検証法があるだろうか。電極間のエネルギーの流れを唱えても、そのエネルギーを測定する実験的方法が分からない。それは丁度、光のエネルギー流を実験的に測定することと同じように思う。

ロゴウスキー電極間空間のエネルギー流がどの様であるかは分からない。その科学的論証方法はあるだろうか。特に電極中心部のエネルギーの流れが如何に在るか?

新世界への扉‐コンデンサの磁界‐ (2011/02/17) 。

 

舞鶴草

(2021/06/13) 。この日の誕生日の花が舞鶴草だ。

『給料の支払いが無い』という意味を考えた。目から鱗・をぶり返すようで心苦しい。昭和46(1971)年4月末に、A型急性肝炎で3か月間入院した。その3か月間も手渡し給料方式だから、給料は配達もされなく、受け取っていない。昭和44年10月から翌45年3月までの住所は何処で、職業身分は?と合わせて❓給料の受取が無い。長岡市行政当局として、住民税はどのような取扱いになっていたのか?新潟県民税はどのようになっていたのか?財務省(大蔵省)の所得税はどのようになったいたのか。日本政府への疑問だらけは??ーみんな舞鶴鎮守府への戸籍転籍(家族3人)昭和14年12月1日 (1939/12/01):新潟県中魚沼郡貝野村、南雲村長。および昭和16(1941)年12月19日:香取丸(巡洋艦)へ戸籍(家族4人)移動、舞鶴鎮守府発令。昭和19年2月7日:香取丸被弾沈没。昭和19年3月31日:香取丸船籍除籍。新潟県中魚沼郡貝野村への帰還記録なしーが原因か?

時と歩んだ世界 の末尾記事:貝野村事件の元か?

時と歩んだ世界

(2021/06/02)。10年以上ブログを投稿させて頂いている。感謝です。2010年2月に初めてpcと言うものに触れた。ワープロ代わりに購入した。しかし、ITに接続して新しい世界を知った。相手が見えない世界に、思いを表明してどの様な事が起きるか、その未知の世界に期待もあった。

ファラディー電磁誘導則・アンペア周回積分則の物理学的矛盾 (2011/0130) が初めの頃の一つの記事だ。この記事にだけ突然千件を超えるアクセスが起きた。

その中に、『インバータと磁束φ ④』が記事中にある。トランジスタでの電力制御を初めて知った驚きの技術として忘れることの出来ない記念のものである。電気理論と電気技術との乖離を認識するに欠かせない回路として挙げる。変圧器に直流電圧を印加すると言う考えられない驚きの回路だ。1969年秋の内地研修で経験した驚嘆の回路であった。この事は、目から鱗‥ (2021/06/05) の記事に述べた。

ここに「アンペアの法則」の矛盾が示されている。変圧器の磁束が励磁電流によって生じる訳ではない。電流概念を問う基点となった。

電流が導体内を流れる。しかし、その「プラスの電荷が流れる」と言う論理は無理であると分かったのだろう。だから負の電荷の『電子』が逆向きに導体内を流れると専門的解説が成される。その解説も、その論理的な責任ある理屈が示されているとは言えない。そこには専門家としての良心が見えない。筆者はただ電気回路の中に起きる自然現象としての『エネルギー』の振る舞いを感覚的な捉え方で、そこに寄り添いながら考察を進めてきた。それは余り学術的形式の論文としての表現には程遠いものでしかないだろう。その訳を考えると、学術的標準用語を使う程専門的な習熟もなく、理解が無いことが基にあるからだろう。だから勝手に自由に解釈する習慣が、余りにも学術理論の常識から離れてしまった感覚のままになってしまったのかも知れない。殆どの基礎的科学概念、物理学的概念を否定する処に立ってしまった。空間に実在する『エネルギー』の実相を、その象徴的具体例に『光』の空間像を描いて捉えている事に在ると思う。

光の相対速度と空間 (2020/06/08) 。プランク定数の概念 (2018/07/17) 。今はその光の意味を電気磁気現象を理解する基礎として認識して欲しい思いにある。それが時の成果と言えるかもしれない。

『静電界は磁界を伴う』。科学理論の世界が異なって見えた原点がこの発表に在る。とんでもない自然の認識に挑戦する賭けに挑まざるを得ない仕儀になった。幼稚な社会性の乏しい筆者には無理な科学論の道であった。何か最初から社会的な存在としての、憲法、行政法上の仕組みの中に組み込まれていなかったような思いに在る。集団体制にとっては邪魔者で、はみ出し者のようだった。古い事件のうろ覚えがある。貝野村役場が火事になった。貝野中学校が火事で焼失した。意味が分からない?信濃川で隔てられた小さな集落の貝野村が、更に二つに分かれた分村事件。我が家の土地がいつの間にか新潟県道に化けて、今でも踏み躙られている。

エネルギー考にまとめた。『エネルギー』一つに科学論の基礎概念を頼りに何とか辿り着いた。理科教育の未来の一つの方向性を示した。陰で応援が有ったから曲がりにもできた。感謝。

未完成交響詩

この青空の下

雨蛙が鳴き 雀が餌をねだる 緑の冴えて 真赤な躑躅

自然と語らうような 不思議に満ちていれば 言うことも無い

どうか、北極と南極の永久凍土と氷山だけは地球の宝物にして置いてくれ。永久に地球が、人が、豊かな命の姿であって欲しい。

北極航路など決して通らないで欲しい。海に熱など捨てないで欲しい。

何故太陽系がみんな同じ向きの渦流なのか、その訳など誰も知らないままでよいから。