月別アーカイブ: 2021年4月

気象災害と海水面温度

地球温暖化の問題は人の生活環境を維持できない危険な状況に進んでいる。カーボンニュートラルという事で、二酸化炭素排出量の抑え込みがその温暖化抑制の切り札と解釈されているようだ。経済的成長のジレンマが解決困難な世界的政治課題ではあるが‥、その悩ましさを考えると🙇。

温暖化による災害。食料枯渇の問題。空気乾燥の山火事。また水蒸気含有量による暴風災害と水害。地球上の生活環境破壊である。

最近の気象災害を身近に経験しているにもかかわらず、その異常な状況を感じ取れていないのかと不安が募る。二酸化炭素が空気中に増加することにより、空気の貯蔵エネルギー量が増加するという解釈が基本的認識となっているからであろう。それ程二酸化炭素が地球表面の薄い空気層で気温上昇の原因となるという解釈はどのような意味からか理解できない。

海水表面温度と上空の冷気との間には『エネルギーギャップ』が生じる。丁度電池の電圧供給の『エネルギーギャップ』と同じ意味が海水熱エネルギーによって、地上にもたらされる現象が気象災害の原因となっている。強烈な暴風災害は、海からの水蒸気が海水熱エネルギーの放出現象として蒸発し、空気が保有したその水蒸気分に依る質量増加として強烈な風圧を生むと解釈する。木造家屋など一溜まりもなく吹き飛ばされる。過去の生活様式が通用しない災害になっている。みんな海の温度上昇が原因である。

地球温暖化の問題は、むしろその二酸化炭素ガスより、『エネルギー消費量』の増加が問題なのである。『エネルギー』は地球表面から宇宙に放射されない限り、その消費量が地球内に蓄積されるのである。それは殆ど「熱エネルギー」として地球に蓄えられる。現在の生活環境に大きな災害として襲い掛かる現象は風水害であろう。水による災害はその源は海にある。消費エネルギーの地球内での貯蔵場所は空気層ではなく、海の海水なのだ。温暖化の問題は、海水の温度上昇が北極、南極の氷河を溶かし、地球の健全な気象環境、その保全に貢献してきた極地環境を破壊して過去の極地冷気環境資源を消費している事に大きな原因がある。冬の暖房は今でも石油ストーブに頼っている。冷房はエアコンにしか頼れないが、暖房は発電エネルギーに頼らないでいる。発電エネルギーは蒸気タービンによる分は2倍以上の熱エネルギーで地球に負荷を掛けているのだ。灯油ストーブとエアコンとの総合的熱効率をどう評価するかも一つの課題ではあろう。

海水温度の上昇が地球上のエネルギー消費による温度上昇抑制の隠れた、受け皿となっている事に何故気付かないのか。

原子力発電プラントが二酸化炭素の排出抑制に効果があるなどという、余りにも科学技術を知らない科学リテラシーの政治問題意識に危機感を抱かずにはいられない。海に原子力発電はその技術の根幹を委ねている事を知らない科学パラダイムに恐れ入ります。

原子力発電、石油燃料および石炭燃料による汽力発電はすべて同じ蒸気サイクルを利用した発電方式である。その電気エネルギーの発電には、燃料の燃焼熱エネルギーの半分以上を海水の温度上昇によって処理しなければ発電できない方式なのだ。熱エネルギー量の60%近いエネルギーを海水に吸収させて初めて、電気エネルギーに漸く30数%が利用できるのである。海水加熱発電方式なのである。

現在の生活環境が辛うじて保たれているのは極地における氷河の御蔭であろう。その氷の溶解による海水の熱エネルギー吸収で何とか保たれているとしか思えない。科学技術開発競争がエネルギー消費を前提に進められる現状は未来への希望が展望できない。間もなく、異常気象災害に人の住環境は耐えられなくなろう。気温が40度を超えた時、・・。

暴風とエネルギーギャップ (2021/02/16) 。原子力発電の熱の行方 (2011/04/17) 。

質量 それは光の局所体

自然は易しい。難しくしているのは人間だ。自然世界の根本は単純な『エネルギー』の醸し出す原理だ。

光が空間に分布するエネルギー流だと認識すれば分かることだ。

光の正体 (2018/01/25) 。

益々能力のない頭を酷使したら、単純な事しか理解できなくなってしまった。そんな単純な自然の解釈だ。そんな単純な自然の解釈が基礎になった、基礎教育であるべきだ。『エネルギー』が身の周りの空間を形作っているのだ。

巡光舟の詩 (2018/10/23)。

電源電圧の伝播現象

電気回路の現象は電気技術理論で解釈される。しかし、それはその電気回路の真の電気現象を解釈することには成らない。19世紀のはじめに電気現象についての研究が盛んになり、現在の基本的法則の多くが唱えられた。

それらの法則や理論は現在の電気技術理論として科学技術を支えている。その理論は電気技術者の専門的高度の能力として社会的に欠かせない役割を果たしている。それは200年の歴史を背負って今に生きる技術でもある。しかし、残念ながら現在その科学理論が問題を抱えていることが明らかになって来た。そこには、200年前には光の意味が十分理解されていなかったことが基にあるからであろう。新しい知見が古い理論の解釈に反映することが難しい人間の持つ保守的な意識が働くからであろう。

電気現象の光速度伝播。

電気現象は全て光速度伝播の支配下にある。『オームの法則』は電気回路解析に欠かせない金字塔である。しかしその法則には光速度の意味は考慮されていない。電圧と電流の技術概念で、回路解析がすべて可能である。実生活上光速度の遅れなど考慮する必要はない。

そのオームの法則で解釈する初歩的な基本回路が上の回路だ。直流電源電圧を負荷抵抗回路にスイッチオンで印加する。電気理論のオームの法則で解けば、S on で瞬時に負荷抵抗に電圧 Vs が掛かる。その理論は物理学理論でもある。

光速度伝播現象。電線路の電圧を印加すれば、必ずその電圧は電線路に沿って時間的遅れを持って伝送される。それは電線路内空間を『エネルギー』が流れる現象であるから。線路定数C[F/m] 、L[H/m] とすれば、『エネルギー』の伝播速度は c=1/√(LC) [m/s] となる。xにおける電圧v(x,t) は『エネルギー』波 δp[J/m] の波頭が到達するまでは、図のβ=0である。t(1/x√(LC))-1=0 でβ=1となり、電源電圧の波頭が到達したことに成り、 v(x,t)=Vs となる。基本的にはこのように電圧伝播現象を解釈すれば良い訳であるが、電圧が負荷端に到達した後に負荷と線路インピーダンスの整合が取れていない場合は反射が生じる。反射現象は勿論『エネルギー』の反射である。その反射『エネルギー』によって、線路分布の『エネルギー』は電源電圧による『エネルギー』分布とは異なる。それは線路電圧の脈動現象を招く。

一般に線路電圧を観測すれば、上の図のように電圧値の波頭部に脈動現象が観測される。負荷と電源との間の『エネルギー』の反射による電圧値が負荷の『エネルギー』吸収と電源電圧による『エネルギー』伝送値の定常化への過渡現象として起きるものだ。

電気現象の解釈。それは物理学の理論的解釈の問題である筈だ。そこには決して『電子』などは何の役にも立たない仮想概念である事を認識することから始めなければならない。『電子』が自然現象を解釈する物理学の本来のあるべき姿勢を失わせてしまった。それは自然世界に『電荷』など存在していなかったことに気付かなかった科学パラダイムの『罪』でもある。

電源電圧の伝播現象は、線路特性に依存する。過去の記事を参考に挙げる。コンデンサ型配線のエネルギー伝送 (2021/10/03) および 電圧‐その意味と正体‐ (2015/10/03) 。

Binding energy への祈り

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結合エネルギー 原子が世界の構成基本粒子だと言われている。更にそれは、陽子、電子そして中性子などの素粒子から成り立っていると誰もが理解している。学校教育で、世界中のみんなと科学についての共通認識に欠かせないものを知識として受けている。

その自然の世界はとても不思議な大きな世界だ。地球の上でみんな仲良く、その不思議を語り合いたい。命輝く地球の自然を心に響かせながら進みたい。水素、酸素、窒素そして水が命を支える原子結合で身の回りを包んでくれている。

原子と分子。科学理論はとても難しい。水素原子や酸素原子が何故分子になるのかも分からない。そこには『結合エネルギー』という科学論の教えを理解しなければ、共通のお話ができない。原子にはヘリウム、ネオンなどの不活性ガス元素もあると言われる。それらは何故分子に成らないのか。8という不思議な世界の仕組みがあるらしい。

原子と周期8。科学理論として、原子周期表を探り出した研究成果によって、自然世界に生きる安心を得られる。科学は科学技術社会の生活への恩恵を拡大してきた。原子の周りを電子が周回して原子構造をなしているとの科学理論が世界標準の原則である。電子が回ると何故8になるかが分からない。原子が結合するのはその表面を接触するから分子結合となる。何故8なのかが分からない。

球形表面を8分割したい。原子がどの様な空間形状かは分からないが、ほぼ感覚的に(科学理論ではなく)8面体で捉えたい。原子接触面で結合を捉えたい。物理学理論の電子の周回運動速度粒子がどうして結合の論理を担うのかが理解できない。電子が結合するという科学理論の論拠が理解できない。それも感覚的な思いでしかないが。

質量欠損と結合エネルギー。

結合エネルギーはマグネットを結合させれば、結合面の磁極の軸性エネルギー流(Axial energy flow) が消える。質量とエネルギーは等価であるという意味をどの様に解釈するか。マグネットは鉄系磁性材料にエネルギーが付与されて、軸性エネルギー分だけ等価的な質量が増加したと見做す。二つが結合するば、接合面の軸性エネルギー流は必要なくなる。そこに祈りをする。

電気磁気学の要 -Axial energy flow- (2019/03/03)

新しい編集への取り組みに投稿。

ロゴウスキー電極空間の磁界(戻し)

ロゴウスキー電極空間の磁界(2020/6/18) の記事が消えた。その分を回復する意味でここに記す。

消えた記事。

静電界中の磁界。初めに結論を示そう。それが下図のロゴウスキー電極空間のエネルギー流である。自然界には『電荷』は存在しない。だから、高電圧工学の研究の基礎概念である『電荷』による電極空間の電界は実際はその空間を還流しているエネルギー流の場である。その空間にマグネットを設置して、いわゆる電界強度を強めれば、マグネットの向きが変化する。現在の科学理論の『パラダイム』では解釈できない現象である。以下の記事の結論を示した。

ロゴウスキー電極間の空間に、磁界が存することを実験で確認した。

『静電界は磁界を伴う』-この実験事実に基づく電磁界の本質-
その実験結果の写真は Friction heat and Compass (2020/03/22)でも説明した。

『静電界は・・』の結果の、そのむすびに、4.実験結果に基づいた電磁界への考察と課題 として良くまとめてある事を知った。現在は、そこで指摘した課題を忠実に確認して、全体像として科学理論の矛盾を解明してきたと一つの安堵に居る心地だ。その翻訳を印す。

以下の翻訳文の中に出てくる方程式とその番号(3)、(4)および(5)を示した。これらの式はマックスウエル電磁場方程式を光速度ベクトル c=cによって表現したものである。エネルギーの伝播方向を座標の yj 軸とした。なお、(3)式はポインティングベクトルであるが、この式は瞬時値としては余り意味が無い(1秒間の値と見える)ので、別に取り上げて論じたい。

(翻訳)

 4.Considaration of electromagnetic fields based on experimental results and future challenges. It was experimentally confirmed that a magnetic field exists in a constant electric field (electrostatic field)as shown in equation (5). Therefore ,it can be said that equation (4)and (5) are basic equations that express the essence of electromagnetic fields. The meaning of equation (4) also includes the concept that there is an electric field around the permanent meaning and the earth, and there is also a flow of electromagnetic energy. Next we discuss the relationship between “charge” and “energy” as an important point discovered from the experimental results. Figure 3. The fact that the directions of b and c are opposite, we must conclude from Equation(3) that the directions of electromagnetic energy flow are opposite in b and c. This means that “positive charges” radiate electromagnetic energy to the surrounding space, and “negative charges” have the property of absorbing energy from the surrounding space. Although the current electromagnetic field theory is constructed based on the concept of Coulomb force acting between electric charges, experimental facts demand the need to regard it is “field proximity force” from the concept of electromagnetic energy flow. I am keenly from the electromagnetic energy and it’s propagation trajectory.

    新世界―科学の要―  (2015/03/05) にロゴスキー電極間の空間のエネルギー流を示した。その意味を冒頭に既に示した。結局その結論が上のむすびで述べた目標であった。

ロゴウスキー電極の負極の電極間のエネルギ流は、Fig.Energy flow and proximity action force.の図のように流れると一つの結論に達した。そこにはマグネットの磁極近傍が Axial energy flow の場であるとの解釈が必要だ。その事によってはじめて電磁場の電磁力がエネルギー流間の近接力に因るとの解釈に至る。発表当時に予稿論文で述べた通り、下部電極側(正極側)は正の電荷として理論は捉えているから、そこからエネルギー流が外向きに流れ出る意味で同じことと言えよう。上部電極は周辺からエネルギーが流れ込む意味で、適切であった。

 

 

 

電子が物理学の癌だった。

(2021/04/12)。結局、長い旅の結論は標題であったのかと思う。これから如何ように未来に向かって科学論を構築すればよいのか。重い課題に直面させられていると悟った。科学者すべてが考えなければならない課題である筈だ。

思考停止の科学理論。
その元凶が電子であった。最近の物理学の科学技術の成果に LED がある。消費電力の少ない高輝度照明用の光源だ。p型半導体とn型半導体の接合素子で、発光ダイオードと同じものとも言えよう。その動作原理は所謂量子力学で解釈される半導体素子の機能原理である。量子力学は『電子』がその原理の主役となっている。しかし、その『電子』は電気回路の動作においては何の役にも立たない伝統科学理論用のお飾り概念でしかないことが分かった。『電子』とは何物かを、科学理論で明確に定義できていなかったところにその原因がある。LEDと白熱電球における電子が、物理学理論においてどの様な機能で解釈されているかを検索によって拾い上げてみよう。

(1)LED その解釈論。

LEDの原理。
インターネットを検索すれば、その解説が為されている。その文面を参考にさせて頂く。

『発光原理』ある代表的な会社の解説記事に次のようにあった。

「LEDチィップに順方向電圧をかけると、LEDチィップの中に電子と正孔が移動し電流が流れまimg426す。移動の途中で電子と正孔がぶつかると結合(この現象を再結合という)し、再結合された状態では、電子と正孔がもともと持っていたエネルギーよりも小さなエネルギーになります。その時に生じた余分なエネルギーが光のエネルギーに変換され発光します。これがLEDの発光原理です。」と解説されていた。実はその記事がその後消えてしまった。 図は他の記事を参考にした。

さて、解説に因れば、p型半導体とn型半導体との接合体素子内で、電子と正孔が図のように接合面に向かって移動するという。その意味を理解するには幾つかの疑問がある。

 〈疑問1〉素子内の正孔はどの様に生まれたのか?電子は何故初めから分布しているのか?

ここで、正孔とは原子から電子が抜けたその原子の負電荷不足の原子イオンの事と理解する。誠に奇妙に思うが、電子の抜け殻の『正電荷』を意識した意味のようだ。

 〈疑問2〉素子内で、正孔と電子が移動する力の原因は何か?本当に正孔が移動する理屈が成り立つのか?

 〈疑問3〉電源の『電流』の意味の「電荷の時間微分値」とはどの様に決まる値か?電荷分布の時間微分は零となる様だから。

 〈疑問4〉結合前の正孔と電子の余分の『エネルギー』とは、何『エネルギー』なのか?運動エネルギーとか?そしてそれは何処でどのように付与されたものか?

 〈疑問5〉電源の『エネルギー』はどの様に光の発光に使われるのか?全く電源は『エネルギー』の供給に関わりないような解釈に見える。電源とは『エネルギー』の供給がその使命の筈だ。

 〈疑問6〉図で、電子が果たす電源内での役割は何か、そして電子はどのような機能を発揮するのか?

上の疑問を纏めれば、『エネルギー』の物理学理論における認識はどの様なものを指すのか、という事になろう。運動エネルギーと位置エネルギー以外の質量に関わらない空間に光速度で伝播する『エネルギー』がある事を認識しているか。その事を問うのである。

(2)白熱電球の例。

最も古い電気製品とも言えるエジソンの発明に掛かる白熱電球について。その意味を検索したら次のような記事があった。それは、電子が自然界に実在し、それを科学理論の根源的拠りどころとしている結果だろう。

その記事は、

 白熱電球の原理は比較的シンプル。一言で言うなら、

「電子がフィラメントの中を高速で動いた際に生まれる摩擦(電気抵抗)による発光です。」

と解説されていた。

それは余りにもシンプル(?)で、何も考えず、疑問を抱かず、恐ろしい程非科学的な解説である。それが学校教育の教科書あるいは学習塾などの現状の解説であると言える。

結局誰もが考えない科学論を弄んでいる結果である。

『電子がフィラメントの中を高速で動いた際』とは?

どの程度の高速なのか?そしてその速度はどのように電子が何によって加速された結果か?

『摩擦(電気抵抗)による』とは?

電気抵抗は導線の中とどの様な違いが生じるのか?フィラメントという原子構造体の空間が異なる訳は何による結果か?電子が摩擦するとはどの様な意味か?

『摩擦による発光』とは?

一般に摩擦は『熱』を発生させる現象だ。

誰もがこの解説に満足して、あるいは異論、異議を述べない、または関りを避けて無視する結果、考えない物理学理論が生き続ける事に成る。

そこには『電子』という決して実験的に観測できない(専門家は観測できると例証を挙げるかも知れないが)仮想物理概念が科学理論の幻想化による太刀打ちできない姿に纏めてきた事実がある。

仮想的『電子』の存在が自然世界の真実との科学パラダイムの科学常識。それによって自然界にある空間の『エネルギー』の存在を認識できなくなった。『エネルギー』を物理学理論に組み込めば、その『エネルギー』の基になる素粒子を理論上主張できなくなる。『素粒子』論が空間の『エネルギー』論との間で二律背反になる。世界は素粒子によって構成されているとの科学理論・物理学理論を作り上げてきた。だから電源が『エネルギー』の供給源である事を理論の中に組み込まずに、『電子』によって誤魔化すことになった。

空間に実在する『エネルギー』を認識すること。そのことが科学理論と自然との間の関係を統合して感覚的にも納得できる科学論への道の第一歩となる。

発電所、蓄電池・乾電池あるいは太陽電池など。それは何を供給する設備、製品か?『電子』を供給する機能体か?『エネルギー』を供給する為のものか?物理学者は日常生活上の技術の具体的意味をあまり考えなかった。『リチュウム電池』も『電子』の供給体ではない筈だ。『エネルギー』の供給製品の筈だ。その『エネルギー』をどの様に意識しているのか?『電子』では、その『エネルギー』を『電子』がどの様に負荷に伝送する機能を発揮できるかの意味を理解できないのではないか。『電子』は電源に戻る機能は持ち得ない。しかも回路全体で、光速度での伝送に『電子』は対応できない。

過去の参考記事。

電池(エネルギー)の不思議 (2019/11/13) 。

電池電圧と『エネルギーギャップ』(2016/05/08) 。

 

 

 

 

 

直流の分布定数回路現象

(2021/03/01)。下書きのまま1月以上が過ぎた。標準の科学理論はそれぞれの専門の部門に所属して、科学研究者として生活の保障を得た上で、投稿論文が専門家の査読で認められて科学誌に掲載さる。その科学的知見が評価されてこそ意味が有る。30数年前に『電荷』の意味を問う『静電界は磁界を伴う』の発表をした。その当時は、己の社会的存在の意味も理解できず、ただ電気理論の諸法則への疑念を強く抱き、自分しか唱える者はいないとの確信一つを抱いていた。職場に存在することが社会的不適合化と離れた。やむなく現在のブログによって、障子を前に自己問答して科学理論の本質を探ってきた。壱日一日が疑念と問答の繰返しであった。そのようにして科学理論の論理的根拠を探り、昨年から今年にかけて漸く電気回路の自然現象の姿を理解できたように思う。数多くの記事は科学論文にする内容ではなかったかも知れない。何も科学的検証可能な『データ』もこれと言って無いかも知れない。ただ総合的に振り返れば、その内容には自然現象の本質があるとの確信のみだ。ただ最近思う。科学の研究者として人並みに生活をする職場、それを勝ち取る公平な土俵は何処に在るのか?

この記事も『電荷』否定の自然感への確信から、電気回路現象を解釈する論説である。それは現在の科学理論として標準の教科書が解説する、所謂「科学パラダイム」の批判論と成る。電気現象はすべて、『エネルギー』の光速度伝播として捉える必要があるとの主張である。

回路。

普通の直流回路とは負荷要素が異なる。コイルあるいはコンデンサに直流電圧を印加した場合に、どの様な回路現象を呈するか。スイッチSにヒューズを添える。コイルの場合は電源短絡に成る。またコンデンサの場合は電圧が高電圧の場合にはコンデンサ内でフラッシュオーバーが起きるかも知れない。それはやはり電源短絡である。電源及び回路保護にヒューズが必要。

この回路で電源と負荷はどのような電気現象を起こすだろうか。オームの法則で解釈する電気現象ではない筈だ。当然電流あるいは電子での解釈では難しいだろう。『電子』が光速度で回路を周回して電源に戻るなどできる筈はない。それでも回路動作は負荷と直流電源の間に起きる電気現象である。どんな理論で解釈しようとも、電源から負荷に向かって『エネルギー』が伝送されることには間違いはない。しかも光速度伝播の現象として現れる。科学理論はとても難しい数学的解説が主流になっている。電気現象に量子力学的解釈を適用しても、『電子』による論理では『エネルギー』を電源から負荷に伝送する単純な意味さえも示し得ない。このような単純な電気現象についてさえ解説を成し得ない現代物理学理論だという意味を誰もが理解しなければならない。

『エネルギー』の光速度伝播と分布定数回路。

光は自由空間を伝播するやはり『エネルギー』である。電気回路現象は光と異なり、導線で囲まれた線路空間に伝送の場が制限された、光に似たような『エネルギー』の伝播現象である。光に似たという意味は光のように目には見えないが同じ『エネルギー』の光速度の流れであるという意味である。この『エネルギー』と言う物理的実体を認識することが必要である。例えば、高等学校の理科教育を考えれば、この空間に実在する『エネルギー』を認識していないから教えることが出来ていない。空間に実在する『エネルギー』を教育して来なかった現実が科学理論の考えない業界論に成っているのだ。だから『エネルギー』の光速度伝播の縦波と言う理解が出来なくて当たり前なのだ。電気回路空間を伝播する『エネルギー』の波となれば、電気回路導体内を流れる『電流』あるいは『電子』などと言う、自然界に実在しない物理仮想概念で理解することなど誰でも困難の筈である。電線で囲まれた電線路空間は、その空間構造を静電容量とインダクタンスの二つの空間解釈概念で捉え、その分布定数回路として認識しなければならなくなる。空間を誘電率と透磁率で捉える解釈法も、言ってみれば科学技術的手法の一つの解釈便法であるかも知れないが、その概念に頼らなければ、数式による認識・解釈法が執れないから止むを得ないという事なのかも知れない。せめてその二つの空間の電気的解釈論拠(誘電率と透磁率)を受け入れて、『エネルギー』の挙動を認識しなければ科学論としての最低の解釈法も採れなくなる。不立文字の一歩手前で踏み止まるしかない。

(1)コイル負荷。その電気現象を(1)図に表現した。

コイル負荷に直流電圧電源をスイッチオンで印加する。スイッチ投入と同時に、電源から『エネルギー』が回路に投入される。その『エネルギー』は光速度以上の速度では伝播しない。必ず負荷まで到達するに時間が掛かる。たとえ光速度であっても時間経過が生じる。スイッチ投入と同時に、電線路の負側導線近傍を『エネルギー』δp[J/m](1[m]当たりの分布エネルギー)の分布波が流れる。しかし、この『エネルギー』の伝播状況を実験的に証明する測定法はないと思う。証明しなければ科学論として認め難かろうとも思う。それは電源電圧 V[V]とすれば、電線路の分布定数の静電容量 C[F/m] によって決まる分布伝送『エネルギー』であり、それは

δp=C V^2^ [J/m]

として、回路定数と電圧の関係式で表現できる。電源電圧とは、その電線路の構造や空間媒体(絶縁物の誘電率など)に対して、『エネルギー』の供給能力を評価した解釈概念であると言える。電圧とは、決して『電荷』の仮想的な創造概念などで評価、解釈できるものではないのだ。さて次に、負荷に貯蔵される『エネルギー』はどのように解釈すれば良いかが問題となる。なお、伝送電力pはその分布『エネルギー』δpに回路伝送速度(光速度) co=1/√(CL) [m/s] を掛けると得られる。

p=δp×co = V^2^/Zo [J/s]

ただし特性インピーダンスZo=√(L/C)である。

負荷特性とα

高周波伝送回路では、定在波と反射波の関係が論議される。ここで負荷に『エネルギー』がどの様に吸収されるかが問題となる。その解釈に負荷の整合の関係が論じられる。その関係をαと言う定数での統一した解釈をしたい。(1)図のように、α=√(Lr/L) とした。負荷の誘導性インダクタンスは線路定数Lに比して、相当大きいから α>1 となる。このαは負荷と回路特性の間の関係を評価する整合係数と呼べば良いかと思う。もし負荷が純抵抗の場合なら、αが1より大きければ、負荷端で反射が起こる。伝送エネルギーをすべて吸収できないから。その反射分だけ電源からの伝送分が減少して電圧が規定値に成り、差し引き電源供給の『エネルギー』が負荷に合った分に落ち着く。ところが、コイル負荷では少し異なる。コイルの『エネルギー』貯蔵の現象がどの様であるかを認識する問題になろう。

コイルの貯蔵エネルギー

この問題は、コイルとファラディーの法則の関係による電気技術の解釈に繋がろう。コイルの貯蔵エネルギーは印加電圧の時間積分の解釈で対応すべき問題である。この回路の場合は、電源が直流電圧の一定値である。この場合はコイルに電流は流れない。コイル端子に直流電圧が印加される。それはコイル前の回路の静電容量C[F/m]のエネルギー分布がそのままコイル内に侵入すると解釈する。コイルにその『エネルギー』が伝送され続けている限りコイル端子には電源電圧が印加され続ける。コイル巻き線間の隙間に均等にenergyが分布入射すると解釈する。電圧時間積分でコイル内の貯蔵エネルギーは放物線状に増加する。磁束概念との関係で捉えれば、磁束の2乗に比例するという事である。磁束と言う用語も、実際は磁束がコイル内に自然現象としてある訳ではないが、今までの科学理論の解釈を踏襲して解釈すればという事ではあるが。その間、励磁電流等流れる必要もない。コイル内空間の『エネルギー』が飽和した時点で突然コイル端子は『短絡』となる。

(2)コンデンサ負荷。その電気現象を(2)図に表現した。

負荷がコイルであろうと、コンデンサであろうと電源からスイッチオンではじめに送出される分布『エネルギー』は同じである。それは基本的に電源電圧とその端子につながる電線路の電気的特性で決まるのだ。それが負荷の特性の違いで、負荷にその『エネルギー』の先頭が到達した後、負荷特性と線路特性との関係で反射現象が決まる為、負荷点の特性に因る事から違いが出る。

このコンデンサ負荷の場合の現象は、コンデンサ容量 Cr[F] に『エネルギー』が貯蔵されれば当然電線路の『エネルギー』分布の流れは止まる。従って、それ迄の一瞬の過渡現象だけの問題になる。

物理学理論は役立つのか

(2021/04/08) 現在の物理学理論は自然の理解に役立たない。
筆者も一応日本物理学会の会員として、毎年年会費だけを収めている。何で発表もしないのにとも思うが、過去に何回か大会で発表させて頂き、皆さまに御面倒をお掛けし、御迷惑もかけた。誠に無礼者であったと反省しきりにある。同時に、物理学の未来、その行く末をも心配しながら、変化も期待しているところだ。だが、殆ど本質的な基礎概念などへの問題意識を抱いている様子は見えず、どんどん寂れ行くだけに思える現状は悲しい。

それは理論が技術理論の解釈用便法論でしかないから。

そもそも、真剣に自然の姿に向き合おうという意識に欠けているように思える。自然を観察する基本的姿勢があるのかと疑問に思う。と言っても何世紀も超えて確立した物理学理論だ。簡単に意識が変わる訳はないだろう。現実に世界の科学技術はその理論によって解釈可能な科学常識で十分満足できる役割を果たしていると自負している筈だ。それで、長い歴史の中で教育に間違いは無かった事が現在の姿に証明されていると言うのかも知れない。異論を唱える者の方が間違っていると。確かに、嘘の基礎概念に基づいた教育が為されていたなどとは誰も信じない。そこには、底知れない豊かな叡智によって構築された科学技術力が在るからだ。代表例として、一つの『電流』を取り上げて考えてみよう。その『電流』と言う科学技術量は電流計で測れる。それは物理学理論では『正の電荷』の時間微分と言う定義の量だ。しかし実際はそのような『正の電荷』は流れていない。自然界で純粋に『正の電荷』など有るとは物理学でも解釈していない。原子から『電子』が抜けた原子イオンしかそれに対応するものはない筈だ。だから金属内の原子イオンが動けるとは物理学論にも無い。そこで逆向きに、原子から解き放たれた『自由電子』が流れると解説されるのが現在の科学論常識となっている。『電流』とは『電子』の逆流だと。しかし、『電子』が電線の中を流れると本当に物理学者は考えているのだろうか。それはどうも何も考えないで、過去からの解釈論を踏襲しているだけにしか思えない。『電荷』とはどの様なものと解釈しているかを自己問答もしない。過去の法則と先達の教えを謙虚に、専門家として、踏襲して守っているだけに思える。それは自然現象について何も疑問を抱かないという事か。疑問を抱かない人が自然を理解するなどできない筈だ。物理学理論を、その深い意味を理解しようと思えば必ず疑問が沸く筈だ。その疑問があって初めて学問が始まると思う。身近な教育する教科書の理論を紐解けば、疑問が必ず起こる筈だ。『大学の物理教育』と言う発行誌を見させていただく。しかし、その内容を読み解いても、物理学の未来への危機感があるとは少しも思えない。

電荷も磁束も自然界には無い。
自然界には『電荷』も『磁束』も何もないのだ。無い物で科学理論が構築されているのだ。不思議な人の世の現象である。その意味を御理解されるならもっと新しい道を模索する姿があってよいかと期待したいのだ。電線金属内を『電子』が流れる等と言う物理学理論の解釈論は論理性を基本に据える科学論とは言えない。電気回路で、『エネルギー』が光速度で負荷に伝送される現象を先ず理解する必要がある。『電子』がどの様に『エネルギー』を伝送する機能を持ち得るかを考えなければならない筈だ。『電子』ではその役目は果たせないのだ。それは自然界に『エネルギー』は有っても『電子』など無いからだ。

光の振動数とは何かにも答えられない。

そんな事が物理学理論の教育で説明できなくて、なんで子供達に「考えることの大切さ」を説けるのか。何が振動しているというのか。疑問を抱かないのだろうか。光は何も振動などしていない。ただ『エネルギー』の縦波が光速度で伝播するだけである。空間に実在する『エネルギー』を認識することから始める処にしか物理学の未来はないだろう。

原子構造と光放射現象

(2021/04/06) 量子力学理論は理解困難だ。

 『電子』と原子構造。本当のところ、自然界に存在もしない『電荷』の話を取り上げたくはない。多くの科学者の反感と無視と蔑みを覚悟しながら取り上げたくはない。しかし教科書が科学理論の基礎岩盤概念として、『電荷』中心に解釈論を展開し、子供たちに教育している。その教育の間違いをどう質すべきかが緊急の課題でもある。儚い無駄とは思いながら、科学パラダイムを取り壊すには当然の事として取り上げざるを得ない。

 現在の科学理論の根源的基礎をなすのが原子構造論だ。その構造は図のように示されよう。全ての原子は中心の核の周りを電子が周回している構造体として解釈されている。電子殻の電子周回軌道がどの様な球面軌道かは分からないが、一般の表記は平面図で示される。原子の結合、分子構造は平面的ではないから、原子の球面像が然るべき姿と考えるが何方もあまり問題にはしないようだ。ただ太陽系のように、星座の星軌道のように平面として理論が成り立っているとされているのかも知れない。この構造で、電子のエネルギーとの関係から、光放射の原理や自由電子の意味を取り上げて、電子による原子構造の非論理性や矛盾を指摘したい。力不足の文学論に成るだろうが。原子論を問題にする事等、決して誰も論じないだろうから。

 さて、誰も科学者はその構造に対して異論を唱えない。本当にそれで納得しているのか?決して心から納得している訳ではなかろう。『電子』の空間像など考える暇は無いと言うのが実情であろう。専門の研究に心血を注いで日々を送っているから。しかし、子供たちに教えるべき教育内容の事柄は、ただ覚えるだけの過去の科学パラダイムに固執していて良いものだろうか。そこに論理的矛盾や虚飾的な権威論が有ってはならない筈だ。そんな意味で電子にまつわる『エネルギー』の姿、物理的概念と解釈手法を取り上げて、問題点を指摘したい。

 電子とはどの様な実体か?電荷と質量から成ると定義する、その空間構造を示せるか。電荷とはどの様なエネルギーで捉え得るのか。世界に存在する物に『エネルギー』に関わりない物は無い。質量は mc^2[J] なる解釈で捉え得る。しかし、その質量の解釈の真意がどの様であるかは極めて曖昧である。自然世界に存在する物は、必ず空間的体積を占有する。物理学的理論が抽象論であっては破綻する。必ずその空間に実在する具体像を示さなければならない。『電荷』と『質量』の合体空間構造とはどの様な論理性で説得できるのか。そんな油と水を混ぜ合わせるような合体構造は自然空間では存在し得ない仮想概念である。『電子』は、その質量の運動エネルギーしか保有する特性は持ち合わせていない物理的解釈論である。その速度の変化として捉える以外『エネルギー』の解釈法はない筈だ。原子周回電子はその軌道が速度によって決まる解釈法である。

物性論と自由電子。

 電子は必ず原子構造の中しかその存在は定義されていない。電子が空間に存在するには、原子から解き放たれる以外は自然界に存在しない原則と理解している。他に勝手に空間に自由に大量の負電荷の粒子があるとは教科書には示されていない。電気回路などではことの外、簡単に正と負の電荷が無限に存在するかの如く、原子とは無関係に解釈されている。「雷」の解釈なども負の電荷が必ずしも「電子」と認識している訳でもなく、正の電荷がどの様な「原子イオン」であるかも全く意に介さずに論じられる。そこでは、ただ『正の電荷』と『負の電荷』だけで論理が成り立つ。とても自由な気分で解釈されているようだ。それぞれの解釈手法が専門家ごとに異なるのは科学理論の特徴的な実状の姿だ。だから、原子から『電子』が解き放たれて、自由電子になって原子結合空間に漂うと理解するには、どの様な物理的原理に因るか、その詳細を理解しなければならない筈だ。余談ではあるが、先日NHKの番組で、原子と周回電子の関係をグラウンドを例に取り上げて解説していた。ピッチャーの位置が原子核で電子の周回軌道は観客席の位置に当たるというような解説であった。それ程離れた位置関係で解釈される電荷同士のクーロン力での原子構造結合論が真理として公共放送で取り上げられるとは不思議の極みだ。教育効果が絶大だからその責任は大きい。『電荷』とは何かと認識できているのか?と疑わざるを得ない。さて、電子がどの様な原理で原子から解き放たれるのか。何故電子が原子核の周りを回らなければならない事に成っているのか?自由電子は如何程の『エネルギー』を保有しているのか。その速度は如何程か?速度は直線的でも原子空間に矛盾はないと説明できるのか?原子構造の間の空間でどのような速度を保ち得るのか、そのような自由電子は如何程の『エネルギー』を保有していて、それをどのような機能によって放出する事に成るのか?その時の『電荷』の機能はどう働くのか?その論理的説明は可能か?自由電子となる前と変わりない『エネルギー』を保有している事に成っているのか?具体的理屈が自由電子の空間での機能として求められる。電気回路の金属内に『電子』が存在し得る訳が無いのだが、教科書は違う。茫洋とした曖昧さで論説される教科書の理論であってはいけない。

原子からの光放射論の意味を問う。

 もう一つの論点は量子力学として現代物理学理論の根幹を成すものだ。原子からの光放射を解釈する理論だ。その原理には電子の周回軌道の運動が基礎に据えられている。白熱電球の発光現象もタングステン原子の周回軌道の電子によると言う解釈だろうか。蛍光灯の発光現象は水銀蒸気の放射紫外線が蛍光物質の分子を励起し、その電子軌道の変換により電子のエネルギー差分を光として放射すると解釈されている。さて、ここで原子からの光放射は、原子の軌道電子の運動エネルギーが光のエネルギーに変換されるという解釈である事にその原理は採られている。

 それでは電子が周回軌道を変える原因となるものは何だと解釈するのか。さらに、電子が速度を変えることによって、何故光のエネルギーとして電子から放射されると解釈できるのか。

 電子が原子の周回軌道を回りながら、下の軌道に落ちるとき光を放射すると教科書で解説される。その原理は電子の速度エネルギーの差分を放出する意味と解釈せざるを得ない。そもそも電子、その構成が「質量と電荷」の混合体と言う事らしいから、空想でもなかなか描けないもどかしさがある。空間の物理的実在粒子・電子が電荷と質量の混合体と言う定義をどの様に捉えたらよいか、その実態を認識できずに困惑にある。専門家はとても優れた頭脳によって、筆者のような電気回路現象しか分からない、原子論の素人にとっては理解し得ない理論を構築成される。ご指導を乞いたいものだ。

 レントゲン検査の技術理論とその原理について確認したいと思った。『熱電子』が登場し、原子構造論が解説される。再び真空管の『熱電子』の意味を電気回路動作から考え直さなければと思った。『熱電子』の物理的概念の不可解さを。『熱電子』とは単なる「熱エネルギー」の流れでしかないだろうと。『電荷』などそこには不要だから。この辺の事はまた宿題としたい。

 レントゲン検査の原理を調べると、原子の周回電子論がその解説の基に成って論じられている。そんな教科書的解説が溢れている現状で、未来の教育が良い筈はない。何も考えない古い知識を踏襲するだけの理科教育は未来につながらない。科学者すべてが考えるべき問題だ。専門分野の研究だけで済ませられる時代ではない筈だ。周回軌道電子の速度がどの様な原因で減速し、その減速によって何故光の放射になると言えるのか。その意味を上の図にしました。

 その発光現象には多くの軌道電子の内、特定の電子が減速する訳は何だろうか。電子が原子空間の中で、摩擦ブレーキでも受けてその熱エネルギーを光として放射するとでも言うのだろうか。電子の運動エネルギーが光エネルギーに変換される原理・訳が全く理解できない。電子の運動を何が止めるのか?そこには、光のエネルギーとはどの様なものかと言う疑問に答えなければならない、初めの前提が関わる。電子の運動エネルギーと光のエネルギーで、『エネルギー』に違いは無いことを知らなければならない。光のエネルギーは光量子の運動エネルギーじゃない。プランク定数との関係で解釈、評価できる空間像は有り得ない。

光の振動数とは?

 振動数γ[Hz]によって認識しようとしても、それでは光のエネルギーを理解できない筈だ。例え電子の存在を認めたとしても、電子一つの放射するエネルギー量はプランク定数によって評価するエネルギー量には成り得ないから。プランク定数で評価するエネルギー量は光の強さが強かろうと弱かろうと、その表現する意味のエネルギー量は同じ量に成るから。そんな『エネルギー』がある訳はない。完全な論理矛盾だ。即ちプランクの表式はエネルギー量を評価できない概念なのである。プランク定数による評価式の『エネルギー』は光の単一の波長成分の作用性を評価する概念でしかなく、『エネルギー』量の評価はできないのだ。光は空間を伝播する『エネルギー』の空間分布の縦波なのだ。この認識をすべての人が理解しなければ、物理学の未来はない。残念ながら、この光の空間エネルギー分布の概念は物理学概念には無い。理科教育でも教えていない。それは空間分布のエネルギーを計測できない科学論の限界の問題でもある。だから現在の科学理論の実験的検証を前提とした限りは無理かもしれない。そこには哲学的な論理性を極める考え方が必要になる。そこには自然と科学理論との間の統合性が求められる。光の『振動数』とは何か?に答えなければならない。

光の空間像。それは『エネルギー』の縦波伝播現象である。

まとめ。空間の『エネルギー』の流れを認識する事に、考える理科教育の未来が掛かっている。

花の名は?

(2021/04/07)追記。先程削除された記事を書き直した。しかし再び削除された。何故、誰が削除するのか。ボールドにした。気味が悪い!!

不思議だ。吉祥草に似ている。しかし、春に咲くとは考えられない。10月頃に咲く筈だ。

(2021/04/06) 名を知らぬ。

吉祥草の株根の処に咲いている。何故か文章が削除される?花迄削除された?下書きに移して公開し直す。