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摩擦とエネルギーギャップ

(2021/02/19)。

摩擦による火起こし。火は煮炊きや料理に欠かせなかった。人類の文明の起源にも関りを持つとも思える。生活に欠かせない、そこには『神』への思いも繋がる。燈明は神棚に捧げる。

科学論と摩擦。

科学理論と摩擦となると、摩擦電気と言う解釈が生まれる。そこに摩擦電気とはプラスの『電荷』とマイナスの『電荷』と言う対照性の解釈が自然発生的に存在するが如く、科学的な理論的根拠としての解釈が創られる。何故プラスとマイナスであるとの論理性が科学的な検証を裏付けるとなるのだろうか。

(+Q)   +   (-Q)  =  ( ? )

上の式の (?) は何を意味すると認識するか?

正の『電荷』と負の『電荷』が結合したら、何が生まれるか?を問うのである。この事の意味は物理学であるから、基本的には数学の論理に関わる筈だ。数学ではこの場合は『零』と答えて正解となる筈だ。素粒子論では、正解はどのようになるか?その専門分野は日常生活感覚と相当懸け離れているから単純ではないようだ。

プラスとマイナスの『電荷』は引合うと解釈される。その引合う力が何故起きると考えるのか?この意味も決して論理的な根拠を持ったものとは思えない。

正と負の『電荷』間に、その『電荷』の周辺にどのような空間的引力の発生原因を生じると解釈するのか。『電荷』とは空間にどのような状況を生み、影響力を発生する物理量なのか?一般的には、『電荷』はその周辺空間に電界と言う電気的歪を生むと教科書に解かれる。電界が空間に生じれば、それは空間に『エネルギー』を分布すると同じ意味である。電界をE[V/m]とすれば、

w=(1/2)εoE^1/2^ [J/㎥]

その点に上の式のような『エネルギー』が分布する意味である。即ち電界とは『エネルギー』と等価なのである。『電荷』が電界を発生するなら、その『電荷』は周辺に広く分布する『エネルギー』を自分自身が発生した物理量と捉えなければ成らなくなる筈だ。それは『電荷』そのものと解釈しなければならないのではないか。しかし、そんな空間に広がった物を『電荷』と言うのは、点電荷 -Q[C] 等と言う捉え方、表現の仕方との関係で論理的に矛盾している。この『電荷』に因り発生する電界と言う空間概念の物理的実体が空間の『エネルギー』であると認識しないとなれば、これもまた論理性の欠落した、それは虚創(幽霊)概念と言わざるを得ない。

摩擦すると、摩擦し合う物体の間に滑りに抵抗する作用が起こる、その抵抗の力に逆らって力を掛けて動かすから、エネルギーを接触面に与える。そのエネルギーが接触面に蓄積され、熱エネルギーの増加を来たし、温度上昇から発火現象につながる。この摩擦による火起こしと言う現象には『電荷』などは無関係であろう。

下敷きを軽く摩擦すると、何かを吸い寄せる現象が起こる。それを『電荷』の性と解釈するのが摩擦電気の解釈である。異なる物質同士を摩擦させると、どちらかに摩擦熱の『エネルギー』が多く偏って分布する。それは自然に備わった『エネルギーギャップ』としての現れ方と捉えたい。