貯金通帳の不可解

(2021/02/15)。

銀行通帳についての無知を恥じる。何も知らずに来た、まるで社会常識に自信が持てないから、『電荷』否定の科学論など意味が無いのかとさえ。

過去のデータが分からない。残ったデータが何を意味するかも分からない。何処にも既に給与の振込は見えない。二つの通帳のデータが僅かに残っている。

通帳①。

最初に作った通帳と思う。

昭和55年に、初めて給与の振込用に使った筈だ。古いデータが何も残っていない。平成2年の最後の年の分しかない。

 と印をつけた。何故か22,590円が長岡技大に抜き取られたのか。5月、6月、7月に技大が通帳から引き抜いたとしか思えない。何故か不可解でもあり、不愉快だ。誰にどの様な権限で、本人が知らない内に、勝手に人の銀行口座の中身を扱うことが許されるのか?

6月29日に 431,400円が振り込まれている。何故か不可解。

その7月には免職処分にされた。それらの関係との意味が不可解だ。

平成2年の年末、12月26日。ここで通帳①は解約されている。【ご使用済 今後もよろしく‥】と。

丁度年末で、私は措置入院と言う強制的な処置により、閉鎖病棟に閉じ込められたときだ。絶食による抵抗で、意識不明になった為、他の病院へ転院された頃か?。

この 3,810,002 円の意味は全て原因が分かり、了解。兎に角本人の知り得ない処理での公共料金支払いなどの通帳解約だ。人権は無い事に成るのか?

通帳②。

誰がどの様な訳で新規に作ったか全く不可解。

昭和63(1988)年8月1日。(新規)。ヨキンキから誰が振り込んだのか?最初の振込が、「十日町土木事務所」と言う得体の知れない者が使っている。何かそれらの者が作ったように思える。

新潟県道の用地の新潟県用地買収費用の振込通帳は?

そうこうしている内に、平成2年に入る。

長岡税務署 差し押さえ」として、金 8,010 円が抜き取られている。訳が分からない不可解だ。

平成2年12月27日。*02-12-27BT ナガオカギジュツカガクダイガ 技科大  87,368円 の振込?

平成3年1月31日。*03-01-31BT ナガオカギダイ  387,750円の振込?

の二つの振込機関の間の関係は何だ。長岡技術科学大学で、二つの別の銀行振込口座を使い分ける訳は?

「ナガオカギダイ」()の振込は特別の架空闇振込口座と判断せざるを得ない。昭和55(1980)年の最初から闇金を振り込まれていたと解釈すれば、辻褄も会う。

平成3(1991)年3月5日。 *03-03-05BT コクゼイカンプキン 国税 2,390,100円の振込?すべて私本人の与り知らぬ処で、不可解な処理が成されている。私が分かるように質して頂きたい。何方にお尋ねすればよいかお助けください。社会的に幼稚な私は知らされないで済むのか、不可解だ。

1988(昭和63)年9月下旬、①の通帳で、琵琶湖の電磁界理論研究会に研究発表の為に行くため、大学へ無届だったから、通帳から旅費をカードで引き出そうとしたら、無効の通知で下ろせなかった。窓口で下ろし直した。そんな時期に、新しく通帳を作る訳が無い。新規通帳が何故出来たか?誠に不可解。

授業料等の非納付の訳?

自分はそんなに記憶力が無かったのか?まさか、父の給与(東京電力KK)から天引きされた訳ではなかろう。一切、納付した記憶がない!

新潟県立十日町高等学校。東京の予備校の研数学館。新潟大学(最近年額9000円とある方から教えてもらって知った)すべてに『授業料』を納付した覚えがない。新潟大学1年生時、新潟六花寮で1年間過ごしたが、寮費を収めた記憶がない。全て無しで過ごして、その訳を今も分からずに居る。

「電気学会会員資格?」 長く加入してお世話になったと思っていた「電気学会」の会費納入の痕跡がどこにも無い。自分が無知であったことは確かで誠に申し訳ない。1970年3月(新潟県立新津工業高等学校所属かアルバイトか?)の電気学会全国大会で発表するための予稿は提出した。会費未納で、発表しなかったのかも知れない。その後、長岡技術科学大学でも、入会手続きを改めてした覚えもない。一体どう解釈すれば良いか誠に理解困難。電気学会に、一度お尋ねしたことがあった(平成8年10月)。

入会年月日:昭和44年10月1日。送本:電気学会誌、論文誌A,B,D 平成元年4月、会費など代金未入金により送本停止。平成2年7月(免職処分時)、会費請求書が戻る。 平成3年4月、除籍(入院病棟屋上をヘリコプター(?)が轟音を立てて通過したのはこの関係だったのかも知れない)。

との御回答を頂き、本当にご迷惑を掛け、お許し頂きたい。なお、電気学会誌も昭和55年3月までは送本されていなかった筈。しかし、誰が会費を納入して下さったのか全く理解できない。

銀行通帳の不可解と通じているようで、薄気味悪い。

事件  1956年(昭和31年) 9月30日 新潟県中魚沼郡貝野村 廃止。   村域を二分割し、中魚沼郡水沢村と中魚沼郡中里村に編入され貝野村は消滅。

中里地区。有名な景勝地⦅清津峡⦆の柱状節理どんと迎える。如何にも古代の巨木に思いを馳せるに充分である。

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