(2021/01/07)。 独楽、その漢字は中国語かな。独り楽しむと表記される。最近の表記・文章はカタカナ語が多い。明治の文明開化で、西洋文明を理解するに日本語への翻訳が重要な役割を果たした。文化人の翻訳の力によって、優れた訳語が生まれ現在の日本語の基礎を作った。今、インターネットによって情報が溢れる程目に入るが、漢字に依る意味の瞬間認識が出来ず、途方に暮れている。筆者の国際語の能力不足は致命的だ。それでも日本語なら、漢字2文字で『コマ』のすべてが感覚的に瞬時に捉えられる。それが日本語の漢字の威力だろう。
少し漢字の旧い文字形を独楽の形状に表現してみた。「獨」と言う古い形の文字と「樂」の文字を組み合わせた。
お正月。『コマを回して遊びましょう。追羽根ついてあそびましょう。早く来い来いお正月。』などと日本の穏やかな貧乏でも何とか助けられ乍ら生きて行けた時代。生産性向上のため、長時間労働や過酷な待遇に命を削る日常生活に縛られる今。お正月の大切な喜びは何処で味わえるのだろう。何を求めて、どんな未来を求めて行くのか?
科学とは何のためにあるのか。昨日(2021年1月7日)は、人が生活する日常の生き方さえ許さない自然の猛威に晒された。昔の『春一番』の歌が懐かしく思い出された。穏やかな自然の季節の移ろいを。しかし昨日、あるいは最近の自然災害の酷さは尋常ではない。送電線鉄塔が一昨年は千葉で倒壊した。電力技術の誇りも踏み躙られる自然の猛威だ。それが自然の『力』なのだ。しかし、その自然の怒りの猛威は人間が作り出した結果とみる。風の力はすべて海の発生する水蒸気が大きく関わっているのだ。地球温暖化と言う『お題目』の具体的な本質を理解しようとしない人間の科学音痴が生んだ結果なのだ。上空に寒気が来る、風は地上の水蒸気を天空の寒気が冷却し、上空の水蒸気の急冷による体積収縮と言う『ボイルの法則』による結果、地上から空気を吸い上げる渦を発生する現象なのだ。みんな海の『熱量』による水蒸気量と上空の『寒気』との兼ね合いによる現象なのだ。海を加熱する発電システムが大きな原因に成っている筈だ。『復水器』の発電科学技術を勉強してほしい。
『力』とは何か。急に訳の分からない物理学論に入る。経済的に全く価値の認められない『学問の自由』に関する話になるかも知れない。それも妄想のお話でしかないかも知れないが。書く本人が分からない不思議を話題にすれば、それも止むを得ないかと。
『力は空間に於ける“流れ”と“流れ”の近接作用の結果である。』
電子顕微鏡の磁気レンズの中を通過する『電子』なるお伽素粒子に働く『力』の物理学理論での解釈は如何なりや?と尋ねたい。フレミングの法則とは『電子』のお通りなさる道の通行方向が90度違う。さてどんな制御力の発生理論があったかな? 物理学理論には筆者の無知故か見当たらない。それでも科学技術の結晶として世界、人類に貢献している大切なものだ。技術と理論の間の不可解として。ここに学問の自由と教育の大切さとの関りがあると思う。
独楽に働く力を求めて。独楽の周りにどんな力が働くのか測れないから分からない。『エネルギー』の空間分布を観ることが出来ないと同じなんだろう。独楽が回れば、周りの空気との接合面で『力』が生じる。万有引力の法則通り質量に重力ベクトル f1 が働く。回転すれば、物理学理論の通り遠心力ベクトル f2 が働く。独楽の表面に空気との流体間の作用力ベクトル f3(<0) および f4 (<0)が働く。この表面の気流との間の『力』はあの巨大な飛行機が空を飛行する不思議の流体力学から分かるのだろう。なお、全体に掛かる空気圧、1気圧の影響は相殺されて考慮しなくて良いかと思う。問題は f5 = rot w [N/㎥]の『エネルギー勾配』による力密度である。独楽が持つ回転エネルギーの軸流勾配が回転運動の安定に寄与するとの解釈である。しかしこれは“流れ”の近接作用力に因ると言えるか疑問だ?
軸中心力F。独楽が拠って立つ力のすべてがここに掛かっているのだろう。軸に対して、f2 はすべて打ち消して合成力ゼロとなる。しかし、その回転に依ることが生む独楽が持つ不思議がそこに隠されているようで悩ましい。地球の重力と言う f1 だけでは独楽の特性は語れない。しかし、地面に対しての傾斜面でも独楽の軸は重力の方向に向くようだ。
やっぱり謎は解けずに過ぎた。「コリオリの力」の意味も理解できず。 何故、無限に速度ゼロの中心軸に独楽は立つのか。