物理学理論の社会的責任を問う

『エネルギー』の欠落した理論の意義?
日常生活に根差した科学論が求められている。市民社会からかけ離れた、日常生活用語で語れない科学論には未来への責任が観えない。

地球温暖化問題の核心は『エネルギー』に在る。
【温暖化ガス】の削減という科学者の認識、提言は地球の未来への責任を果たし得るか。温暖化ガスの CO2 にどれ程の熱的意味が有るのか。海水の蓄熱量と比較して論じるべきだ。『エネルギー』発電、その汽力発電所の復水器の海水加熱による地球蓄熱量を計算すべきだ。そこに回復不可能の地球の未来の絶望が見える筈だ。

自然界に『電荷』など存在しない。
何故気付かないのか。存在もしない『電荷』が物理学理論の根幹の概念となっている事の矛盾に!

みんな『エネルギー』認識の欠落理論が原因だ。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください