(2020/09/12).
給与の手渡額。何故銀行口座振り込みでなかったのか?
昭和55年の給与表。
①短期共済掛金。9110円。②長期共済掛金。12908円。(公立学校共済組合加入者の掛金だ。然し加入していなかった。何処に振り込まれたのか?闇の違法給与表か?)。③銀行口座振込でなく、現金渡額(手渡し)?扶養手当3000円?
昭和55年4月。電気科主任手当てが既に「願いにより職を免じる。」の辞令で勤務が無いのに、筆者名義で労働金庫に振り込み(誰に行く)?私の役目は?
なお、この主任としての任命辞令もなく、形式的な主任だった。当時は組合で、それぞれ決めて、少なくとも筆者に関しては新潟県教育委員会が選任した結果での任命ではない。今に成れば、新潟県教育委員会の管理課には、採用時の事務手続き(昭和39年2月末ごろ?)に基づく記録が何も無い筈だと分かる。新潟県教育委員会とは昭和53年4月の長岡市市役所の受付ロビー(母の死亡手続きで立ち寄る)での放送による呼び出し、新津工業高等学校 八子正平校長からの不可解な要請の事件以前は、全く新潟県教育委員会の存在も知らず、関係が無かった。だから、財政上の何処からの闇給与だったかも分からない。新津工業高等学校の事務管理としての給与(アルバイト?)の支払いだったはずだ。
公立学校共済加入の証明(加入期間昭和39年4月~昭和55年3月)が欲しい。