月別アーカイブ: 2020年1月

周期関数(方形波)

(2020/02/04)追記。何故自分のブログを印刷すると「購読ブログ」となるのか?

不思議にも欲しかった関数が見つかった。

 

偶然にも円ベクトルを描いているとき、不図閃いた。関数電卓で計算してみたら+1と-1の2値が得られた。波形の極性切り替わり時、ωt= nπ では三角関数の性質上式の分母、分子が必ず『ゼロ』となり、計算不能となる。本来方形波もその場合は値が決まらない筈であり、不能が正しいのであるが。そこで周期角周波数ωに工夫をして、0.003を加えた。しかし、原点のt=0では計算不可能となる。なお周波数と波形の関係は正弦波の場合とは周期が2倍の違いとなる。また、ωの 0.003 の分で、ωt= (π-0.003)t= nπ時には計算不能となる。ここでは、ωt= ωt/10 と置いて計算した。

周期関数(科学技術と自然と数学)(2016/01/13)で欲しかった関数である。

電力p[J/s]の意味と解析法(2)解析法

 

(2020/02/04)。何故印刷すると、自分のブログが「購読ブログ」と表示されるのか?

はじめに(2019/12/03) 9月28日に表題だけで残してあった。電気回路解析法としてアドミッタンス法を考える心算で、そのままにしてあった。分布定数回路現象は電気回路のエネルギー伝送のより物理的解釈になるが、技術解析法として集中定数解析による手法がアドミッタンス法になろう。電流解析法で、瞬時有効電流と瞬時無効電流の分離に有効な手法となろう。再び電気技術解析手法に戻って考えてみたい。(2019/12/09)今、特に気付いたことがある。等価回路変換の定理 (2016/01/29) が回路解析上とても重要な意味を持っていると気付いた。それは電気回路解析であまり注目されていない『時定数』が重要な意味を持っていると考えていた。その『時定数』に着目した解析手法に関係付けて、インピーダンスの直並列等価回路変換に一つの発見をした点である。前の記事、電気回路のエネルギー問答 (2019/10/02) で示した負荷電流の分離(有効電流と無効電流)から電力の解析法を考えてみたい。

回路条件

以前、電気回路のエネルギー問答 (2019/10/02) で取り上げた回路条件である。この回路条件の負荷である直列インピーダンスを次の回路変換定理によって並列回路に変換する。『時定数』が重要な役目を担っている。

 

 

並列回路への等価変換により、ωT=X/R=3/4から、

R’= 25 [Ω] 、 L’ = 106.17 [mH]  および X’ = ωL’ = 33.34 [Ω]

となる。その結果により、アドミッタンス解析を取り上げてみよう。並列回路への変換に『時定数』を使うか、使わないかで算出計算の手間に差がある。また回路動作の意味を理解するに違いがある。

負荷回路電流を『エネルギー』の意味から、有効電流と無効電流に分離して捉えるには、並列回路が分かり易い。即ちアドッミッタンスと電圧の積で分離できる。

(2020/01/26)再記述始める。

アドミッタンス Y=1/R’ + 1/jX’  = G -jB [℧] での解釈をもう一度考えてみたい。一般には負荷の特性を評価する場合、直列インピーダンスとして捉えるであろう。負荷の電力をどのように捉えるか。負荷にはモーターなどその回路要素を捉え難い場合も多い。基本的には、電源電圧に対してどの様な『エネルギー』の流れになっているかを理解することが大切と思う。電源電圧がある一定の周期波形であることで、モーターの回転数も決まる。電圧値が変化することは送電エネルギー・供給エネルギーも時間的に変化する訳である。そのエネルギー流の変化は負荷特性によって電源にも様々な影響を及ぼすのである。そのエネルギーの流れを電源電圧値を基準にした二つの流れに分離する解釈が有効と考える。電圧の2乗によって負荷に供給されるエネルギー流とそれとは異なる負荷で吸収と回生のエネルギー流の繰返し成分とに分離して捉える考え方が有効と考える。

図1.電線路と瞬時電力 

電線路は三相の高圧配電線路で成り立ち、三相回路でエネルギーの供給が成される。変圧器を通して低電圧(対地電圧150ボルト以下の安全性で家庭に供給される)配電線路を通して負荷につながる。図に示すように、『エネルギー』は電圧波形に従って時間的に脈動して負荷に供給される。この『エネルギー』と言う物理量は瞬時的に捉え難いものである。『エネルギー』の量の瞬時値を波形で観測することができない。光や熱の『エネルギー』のように、それを観測できない不思議な物理的「実在量」なのである。代わりに「電力」でその『エネルギー』の意味を理解するしかないのである。図のように、負荷を通して消費されるものと再び電源に回生されるものとの二通りに分けられる。電源に回生される『エネルギー』は供給する電源側にしてはとても迷惑なものになる。単相線路で配電するものを統合して、三相として捉えた時、その厄介な回生『エネルギー』でもうまく吸収する機能が発揮されている。ただ電圧と電流概念で解釈するだけでは捉えきれない『エネルギー』が有るのだ。

図2.回路変換と電流

図の①の直列回路については既に電気回路のエネルギー問答 (2019/10/02) に電流波形、電力波形として示した。

 

アドミッタンスへの変換

 

ここでは、計算結果は直列回路での計算と同じであることから、並列アドミッタンス変換回路に有用性があるかと疑問もあろう。確かに直列回路インピーダンスによる伝統的解釈でも電流や電力の分離は簡単にできる。図の①で考えた時、電流 ia と irはインピーダンスZ=√(R^2 + X^2)  (何故か? (jX)^2^= X^2^ で (j)^2^= 1 の不思議な虚数概念の矛盾が通る。)およびアドミッタンス Y= R/Z – jX/Z によって算定できる。ただそこには、電気工学特有の複素ベクトル記号 j の取り扱い方の問題がある。ピタゴラスの定理とオイラーの公式そして電気ベクトル (2017/01/15) に指摘した。この複素数ベクトルによる虚数の概念は共役複素数による分数有理化などの処理においても、j^2 = -1 の基本が所謂ご都合により科学論の論理性で矛盾した扱いになっている。この記号 j を虚数としての解釈では科学論と言うより、習熟による技術業界論になってしまう。図2.の②で、1/jX’=-j/X’=-jB は、1/j も -j も虚数ではなく、電圧に作用するサセプタンス B がその電流を電圧より位相π/2だけ遅らせる記号として解釈する。

この“ j ” について

伝統的ベクトル計算の関係を生かした、単なる位相の進みと遅れの解析記号として捉える意味を提示したい。+jはπ/2 進相、-jおよび  1/j  はπ/2位相遅れの意味を表す『位相記号』と解釈する。

 

アドミッタンス回路 図の②の場合は、印加電圧 v に対して同位相の電流 ia とπ/2遅れの電流 ir に分離されて、有効電流と無効電流の意味が直列インピーダンス回路より分かり易い。同じく瞬時電力も有効分と無効分が感覚的に分かり易いと思う。

(参考)2017年にベクトルと電気現象を考えた。纏めて挙げておきたい。三相交流回路の負荷と無効電力 (2017/01/01)。空間とベクトル (2017/02/03)。瞬時電力問答 (2017/02/15)。単相瞬時空間ベクトルと瞬時値 (2017/03/04)。三相交流回路の瞬時電流分離 (2017/03/24)。三相瞬時空間ベクトル (2017/04/07)。空間ベクトルと回転軸 (2017/09/07)。また空間ベクトルについて、空間ベクトル解析と単位ベクトル (2011/06/06) 。

 

 

 

無為自然

(2020/03/06)追記。今日確認のために「日本雨蛙の尻尾」と検索すると、多くの写真が有ることを知って愕然とした。殆どが少し赤みを帯びた、一匹の透き通った写真である。それ等は水中のオタマジャクシの生態のカエルだ。みんな間違いの写真だ。日本雨蛙は田圃の畔の土の中などから深夜に生れ出るようだ。それも同時に多くが集団で生れる。6月末から7月初めの雨が多く降って土の表面が柔らかい時の深夜に生まれる。また、水辺の無い街中であるいは公園でも生まれる。日本雨蛙は生まれた瞬間から尻尾はすでに消えて、尻尾を見る事はできない。生まれた時から独特のあの緑色だ。一つ安心したことが有る。それは以前の Wikipedia でも他の記事と同じく、オタマジャクシ説で解説されていた。しかし今はその記述は無くなっていることで間違いが消えて安心した。

(2020/01/22)初めて知った。

「無為自然」老子の言葉らしい。紀元前4世紀の中国春秋戦国時代の哲学者と言う。

墨字に描いた。孔子の儒教に対照的な思想に思える。老子の思想は基本的に自由を根本に据えている。其れは禪の思想の原型をなしているように思う。

無為自然の意味は?

中国の歴史で、当時すでに文字が完成していたのだろう。何という高度文明を築いていたのか。文字が無ければ思想の形成は困難ではなかろうかと思う。インド哲学と中国思想の間の関係はとても複雑に融合していたのだろうとは思う。この言葉の意味を検索しても納得する解釈が観えない。自然への敬虔な思いを抱いて日々生活していたことを考えれば、自ずと自然の不思議と美しさ、その多様性更に恐怖が人の思いも及ばない偉大な神のごとくに思われただろうと感じる。ただ自然を前にして、何も余計な解釈を加えず、ただその心を受け止める事こそ大事だと唱えていると考える。現代的に言えば、高度な学説に捉われず、静かに自然に向き合い、己のこころと感じ合うことによって、そこに本当の姿が観えてくるという意味と解釈する。具体例を挙げる。日本雨蛙に関して、決してそれは水の中の「オタマジャクシ」ではない。また『電荷』などは世界に存在しない。

雅号『空道』について 昭和62年(1987/02)『空則無限なる有なり』と『空』の文字の意味を解釈した。自然界の実相は見える『色』と見えない『空』との間の認識ではないか。真空はすべてが生まれる究極の場である。『空』こそその可能性を無限に持っていると考えた。昭和から平成への変わり目(1989)で、老子の「道」を意識した。「色即是空」と「道」から採った。

帆掛船(2019年報告)

新しい子年を迎えて、今年が平和で、幸せな1年であったと次の年に渡れることを願います(2020/01/09)。

昨年も多くの自己問答を繰り返して、科学論の基礎概念として最後に残るものが『エネルギー』であるとの確信をさらに強くした。新たな不思議の発見のためにも、己を見つめるためにも昨年の記事をまとめておかなければならない。記事の標題の前に投稿の(月 /日 )を付けた。(2020/01/06) エネルギー像(物理学基礎論)と(2019/12/02) 燃料はエネルギーに非ず が参考になるかも知れません。

1.物理学的・化学的エネルギー

(1/5) 独楽の心 (2/7) 熱の物理 (4/22) 物理学理論と磁束 (4/29)  mc^2^から物理学を問う (5/21) 力の概念と電気物理 (6/14) エネルギーとは何か (6/29) エネルギー変換物語(炭火とエジソン電球) (9/14) 空間定数とエネルギー伝播現象 (11/13) 電池(エネルギー)の不思議 (11/17) 電気抵抗と物理特性 (11/19) 電池と電圧(エネルギーの基礎研究) (11/19) 電池と電圧(エネルギーの実験) (11/25) イオン化傾向とは? (12/20) 水の電気分解

2.電子・電荷とエネルギー

(5/26) 不可解な電荷 (6/6) 電子は流れず (7/6) 電子とエネルギーと質量 (7/28) 科学論と電荷 (10/23) 電荷と電圧の哲学 (11/20) サヨウナラ『電荷』 (11/27) 電荷方程式

3.光とエネルギー

(5/3) 光量子空間像(D線) (5/8) 光速度一定とは (11/2) 光と空間 (11/11) 軸性光量子像

4.電気回路とエネルギー

(3/3) 電気磁気学の要-Axial Energy Flow-  (3/17) 電気物理(コイル電圧) (3/21) 電気抵抗体の物理 (3/26) 電気物理(電圧時間積分とエネルギー) (4/3) 誘導エネルギーに観る技術と物理 (4/12) 変圧器の技術と物理 (7/16) 「高電圧」のエネルギー像 (8/11) 電圧・電流とエネルギーと時空 (8/23) 光エネルギーと速度と時空 (8/29) 分布定数回路と実験 (9/16) 電力p[J/s]の意味と解析法(1)意味 (10/1) これが電気回路の実相だ  (10/2) 電気回路のエネルギー問答 (10/6) 特性インピーダンスとエネルギー伝送特性 (10/31) 大学と基礎教育

5.電気工学と技術

(4/14) 励磁電流とは? (5/29) リサジュ―図形と技術 (9/22) 電流1[A]の物理的空間(インダクタンス算定式) (9/26) 静電容量算定式と理論 (10/14) 分布定数回路空間の世界

6.詩と科学と社会と文化

(2/3)負の科学技術と未来 (3/1)記事表示形式の違う訳は? (4/19) 月に立つは夢か (5/13)自然と科学理論の架け橋はいづこに  (5/18) 自然と科学理論の架け橋はいずこに (6/25) 津波前の急激な引き波―専門家に問う― (7/20) (8/2) 不思議とは (9/5) 『エネルギー』それが世界の根源 (9/7) 電流1[A]の論理性-考える理科教育への科学者の社会的責任- (10/28) Find more information here (11/24) 共謀罪は法の押しつけ (12/2) 燃料はエネルギーに非ず (12/25) 質量とMassの間に 

7.自然・日本の風景

(1/16) 地学ガイド 新潟の自然に感応して (4/25) 2019年の春  (5/10) 初夏の花 (5/18)蜘蛛の巣 (6/21) ダンゴ虫が何を? (7/4) 雨粒と波紋 (7/6) 生きる雨蛙 (8/3) 深山クワガタ (8/18)逃げ水現象の解剖 (8/28)実生の水楢 (9/4)岩ヒバ (10/20) 桔梗 季節に戻る (11/15) 秋の色 (12/3)霰の中に咲くサツキ

エネルギー像(物理学基礎論)

自然世界の認識には(2019/12/01)、唱えることを具体的空間像で描写することが大切である。存在するものは空間を占有する形状を持つ筈だから。見えるとは限らなくても、実在するとは空間にしか存在し得ないから。数式の中に存在することはできないから。抽象的な数理式で表現する以前に日常用語で一般市民が納得できる論説が必要である。日常用語が専門的科学論を展開するに不足する程貧相であるはずがなく、十分な能力を持っている筈だから。例えば『電荷』とはどの様なものかを日常用語で説明できなければ、それは実在しない虚概念と見做してよい。空間に存在していながら、目で見る事のできないものの代表が『エネルギー』である。光は存在していることは理解できるが、その『エネルギー』を見る事は決してできない。この記事は年末の12月20日のまま年を越してしまったので最初の公開になる。

不図気になった。『エネルギー』の日本語の訳語が何故ないか?
ほとんどの科学的専門用語には日本語の対訳語が有る。日本が明治維新に外国の科学技術の目覚ましい発展を知り、その導入に欠かせない科学技術用語の翻訳で、名訳の専門用語の体形が確立したのだろう。運動エネルギー、位置エネルギーと言うが、何故その『エネルギー』だけ日本語の訳語がないか。『エネルギー』だけは日本語訳が無い。その訳は何だろうか。先進諸国の科学技術用語の中に、『エネルギー』だけ確立した概念が無かったからではなかろうか。目に見える物体が持つものと言う認識が基本になっているからではなかろうか。敢えて『エネルギー』の日本語訳語を求めれば、『素原』としたい。最も小さな原子が水素である。その水素も『エネルギー』から成り立っている。だから『素原』がお似合いかと思う。

誰もが目にする水の波が有る。水の波と言うが、その水の波は何が原因で発生すると考えるのか?水の波を見れば、同心円で拡がって行くのが分かる。どうも物理学などの科学論は自然現象を観測し、あるいは実験で確認するが、何故そのような現象が起きるかに疑問を抱かないまま、その現象の存在を記憶する暗記の学習に終始しているように思える。水を波立たせる原因が水中に掛かる水圧の『エネルギー』であると言う、『エネルギー』の本質の認識が無いからであろう。水の水中を伝播する、ボイルの法則の体積と水圧の積pV[J]の『エネルギー』の縦波が原因なのだ。電気回路のコイルの『エネルギー』が導線で囲まれたコイルの中の空間に存在することをどの程度認識しているかが心配でもある。その『エネルギー』は目には見えない物理的実在量である。『エネルギー』の空間像が認識されていないところに、大きな問題が有るのだ。だから「津波」の物理現象も分からないのだ。光の『エネルギー』とはどの様なものと理解しているのだろうか。光の『エネルギー』は振動などしていない。空間の『エネルギー』の密度分布波が光速度で伝播する現象が光なのである。その『エネルギー』を観測する方法が無い。だから目で見ることはできない。光によって世界を見ることはできても、その光の『エネルギー』を観測することはできない。

世界・生命は『エネルギー』の賜物である。世界の存在を認識するのは光エネルギーに依っている。人が生きて行けるのも細胞の活動を支える熱エネルギー(体温)に依っている。体温も体温中枢機能によると言われるが、その熱エネルギーは細胞の分解によって保有エネルギーの差が放出されることに依っている筈だ。決して脳が支配する程複雑ではないと思う。細胞自身が周辺環境を整える自律的機能を持っているからであろう。常にエネルギーを放射する必要があり、それが体温を保つ仕組みになっている筈だ。そんな素人の感覚的捉え方も、体温の熱エネルギーの解説が専門的に示されていないから考える自己流の認識でしかない。体温と身体活動エネルギー「理科基礎(仮称)」を想定して (2016/04/08) を読み返して思った。やはりアデノシン三リン酸では全く意味が理解できない生物学的理解力欠如の脳にお手上げで考えた。その原因をやはり理論物理学の『エネルギー』の認識が曖昧であるからと考えざるを得ない現在である。

水の電気分解と燃料電池

とても不思議な科学的現象である。普通の生活環境では起きない現象と理解する。直流電源によって水の中に電極で電圧を掛ければ、水分子の酸素と水素が分離してそれぞれの気体に分かれる。一方水素ガスを酸素と反応させれば、水分子に化合反応して電気エネルギーを作り出す燃料電池となる。化学反応式では、

O2 + 2H2 = 2H2O + E (電気エネルギー)     :燃料発電電池

2H2O + E (電気エネルギー) = O2 + 2H2 :水の電気分解

と燃料電池と電気分解は電気エネルギーを介して水素と酸素および水の間の化学反応現象の逆の関係になっている。ただし、一般の教科書の化学反応式では電気エネルギー E[J] という解説には成っていない。すべて電子の『電荷』が現象を司っているとなっている。それも不思議な科学理論である。決して『電子』では『エネルギー』の関りを説明できないにも拘らず、すべて『電子』で完璧であるが如くの解釈に終わっている。燃料電池でも何故『電子』が通過すると『エネルギー』を負荷に供給できると考えるのか。『電子』が電気エネルギーを背負い籠にでも入れて負荷に届ける役目を担うとでも考えるのだろうか。『電子』は『エネルギー』を運べるのか?このような最も基本的な科学論の根本で論理性のない矛盾を抱え込んでいることを放置して居て良いのだろうか。物理学理論に『エネルギー』の認識が欠如していることが全ての科学論の混乱の基になっているのだ。理学の生物学については全くの素人でしかないが、少なくとも電気回路の物理的な現象については少しは分かっているつもりだ。『電子』はその矛盾のために、論理的な科学論に堪えない概念であると思う。『電子』を論題にするには『エネルギー』との関係で解説できなければならないのではないか。水の電気分解については、前の記事水の電気分解 (2019/12/20) にファラディーの「ロウソクの科学」を読んで考えたことを述べた。過去にも水と水素とエネルギー流の図で水の妖精七変化(エネルギー) (2017/11/02) に記してあった。