瞬時電磁界と概念

瞬時値とは 

電磁気現象を解釈するにも、そこには多くの条件が必要に思える。ある瞬間の電気現象を捉えようとすると、時間が止まった状態を考えなければならない。電圧や電流の瞬時値は幾らという表現をする。少し考えるとその表現には矛盾があるように思う。

電磁気量の概念

電磁気概念と時間 電気磁気学では、電界と磁界が空間場の電磁気現象を論じる時には欠かせない用語である。筆者は電磁場解釈で、瞬時電磁界という捉え方をする。誘電率εo[F/m]、透磁率μo[H/m]の空間に、電磁エネルギーの密度δ[J/㎥]があるとする。そのエネルギーを電気技術概念では電界E[v/m]あるいは磁界H[A/m]という概念で捉える。しかしこの空間に存在する『エネルギー』は質量には全く無関係の物理量であるが、物理学あるいは電気磁気学ではどのように認識しているのかが分からない。物理学での解釈では、エネルギーは仕事をする能力とされている。電磁波が光速度で伝播するのもエネルギーの空間密度波の光と同じ現象の筈である。電磁波は光の電磁気的捉え方として、横波の電界と磁界の波動伝播現象で説明される。しかしその解説には不思議にもエネルギーの意味が無いのだ。そのエネルギーの存在を忘れた解釈の欠陥を説明しようと考えたら、電界や磁界の物理的概念そのものを瞬時値という観方で問い直しておかなければならないと気付いた。そこで標題の『瞬時電磁界』という記事になった。そもそも電界とか磁界という用語がエネルギーの解釈上の科学技術的解釈でしかないのであるから、その意味についてまず考えておかなければならない。携帯端末で送信するのも電池に充電したエネルギーの放射なのである。そのエネルギーの波を波形で描こうとした時、矩形波や正弦波形などでの、その瞬時値という意味でハタと描き切れない困難に直面した。今までもエネルギー密度波を点点の密度表現で済ませていた。エネルギーが空間に実在することには間違いないのだが、その表現法に戸惑う。その辺の表現の困難さもあって、物理学概念での空間エネルギー分布概念の理解の困難さがあるのかも知れない。図に示したように、エネルギー評価するための技術的概念の電界や磁界の瞬時値の意味から確認し直しておこうと思った。電界は電圧が空間に掛るという意味であろう。真空空間に電圧が掛るるという電界の概念自体も不思議な意味である。空間の単位長さに表れる電流という磁界も同じことである。電圧[V]は誘導起電力で[Wb/s]、電荷概念から [C/F]の単位で定義されている。磁界に関係する電流[A]は[C/s]の単位である。電圧も電流も電気回路解釈で、瞬時波形として正弦波などの波形表現するのが科学常識になっている。さてその瞬時値とはどのようなものと考えるか。瞬時とは時間が止まった、時間経過の無い意味でなければならない筈だ。時間で微分する意味の極限概念として「飛ぶ矢は飛ばず」という説明を高校の数学で習った。(2018/10/26 追記訂正)この「飛ぶ矢は飛ばず」の矢は静止状態であるから、空間エネルギーが静止している状態として観れば、正しくその状態が瞬時値の意味に合致している。しかし時間で微分する単位・次元を考えると、極限値という意味は瞬時値とは違うと思う。だから時間に無関係に存在するものは何だろうかと考えると、そこに残る実在はやはり『エネルギー』ということになろう。エネルギー流をポインティングベクトルS で解釈するが、単位面積を単位時間に通過するエネルギー量の意味である。時間の経過1[s]間にという意味も瞬時値とは言えない。30数年前から『瞬時電磁界』などという表現を使ってきた。電界、磁界の用語も使えない“不立文字”の世界に迷い込むような『静電界は磁界を伴う』から辿りついたら、やっぱり『エネルギー』が世界の素原の道であったと確信するに至った。方位コンパスの周りのエネルギー流を見ることはできない。砂鉄模様を眺めてもエネルギー流は見えない。それは科学的検証の出来ない世界かも知れないが、磁気の本質がそこにある。そこに科学の未来を観たい。エネルギーの瞬時空間像をどう描くかを求めて。電荷も次元解析すれば[(FJ)^1/2^] となる。空間のエネルギーとの結びつきは、やはり技術概念のファラッド[F]とヘンリー[H]の哲学的解釈に委ねられているようだ。時間までもが[s]=[(HF)^1/2^]となるから。

嘲りの中で 30数年前も本人が知らない周りのざわつきの中で過ごした。今も出かけるも帰るも知らず、本人が知らない勝手な周りのざわつきの中に居る。買い物しては悪かったのか、鋸を引けばへリコプターに轟音を浴びせられるような脅しの本人の知らない周りのざわつきの中に、知的創造・思考の自由の万引き・天引き悪魔と情報に翻弄されるだけの日々が過ぎている。何が目的か本人無視の犯罪丸抱えの日本人権侵害の世界。健康保険証は身分証明書か に関わる事件が基に在るのか?(2018/12/19)何か変わった事が在るのだろうか?また過去の空洞化人生の一つに気付いた。TEL 0258-36-6899 。30年前の電話番号だ他の人に使って欲しくない。

瞬時電磁界と概念” への4件のフィードバック

  1. コメント有難うございます。仰る通り学生に現在「電気磁気学」を教える立場に立てば、なかなか大変なことではあると思います。大昔から世界の科学論の根源とも成って来た科学常識の『電荷』の概念の実在を否定することが私の科学論の根幹を成しているのです。何が『電荷』に代わるべき物理概念かと言えば、それが『エネルギー』一つに集約されるということです。すべての物理現象の根幹はエネルギーで認識出来る筈である。最初の実験的表明が昭和62年の電気学会全国大会での発表である『静電界は磁界を伴う』-この実験事実に基づく電磁界の本質ーでありました。静電界は『電荷』によって発生する場の電気現象であり、そこには磁界は存在しない筈です。佐藤さんは静電界中に電界強度によって、静磁界の強度が変化する現象のあることを御存じでしょうか。その意味が御理解いただけるかどうかではないかと思います。確かに電気磁気学を教える教壇に立つ立場では大変と思いますが、私なら残念ながら、『電荷』ではなくすべて「エネルギー」一つで解釈する事しか教えることは出来なくなってしまいました。『電荷』は不要な、それは自然には無い物理量と認識しております。御意見有難うございました。
    付け加えさせて頂く。関連記事に コンデンサとエネルギーと電荷 (2017/08/31)がありますので、参考までに。

  2. 僕が、交流に対しては「コンデンサーは不適切な物理量である」と言う以前の問題として、金澤さんは、コンデンサーを形成する導体の「導体内に電荷が流れる」現象に対して、「電線路内の空間を流れるエネルギーの認識が不十分」であり、厳密に捉えられるかどうかは難しいとのことです。そうは言っても、若い人たちに電磁気学を教える立場にある者としては、厳密に捉え、場の理論に基づいて、より精確な説明をすることに挑戦し続ける必要があります。「導体内に電荷が流れる」現象を理解する上でのヒントは、岩波書店ファインマン物理学Ⅲ電磁気学(邦訳版)の「13-6 電磁場の相対性(166頁)」の節の中にあります。「図13-10」とその前後の説明をご覧下さい。電荷が導体外にあって、導体内の電流の速度と同じ速度で走っている場合を考え、電磁場の相対性を論じています。そのとき、169頁の(13.27)式の上に「静止している針金は中性であるからρ-=−ρ+であって」と書かれていて、導体内部では電荷密度はゼロとされています。しかし、この説明は誤りです。「佐藤健次 ピンチ効果(ホール効果)」の項目をインターネットで検索して見て下さい。その僕の論文では、「図13-10」で、導体外部に置かれている電荷を、導体内部に置いた計算を行います。その結果、導体の表面は正に帯電し、その表面の内側では負に帯電します。その昔の電磁気学の参考書では、暗黙のうちにそうした計算が示され、正に帯電する表面の厚さが求められていました。ところが、驚いたことに、その厚さは金属の原子間距離よりも薄くなってしまいました。こんなことはあり得ないと考えたのでしょう、この現象を無視して、導体の内部では半径方向の電場はゼロで、導体内部の電荷密度はゼロと考えるようになりました。ファインマンはこのことを知っていたのでしょうが、頭の良い人だけに、後はほったらかしです。いずれにしろ、こうした矛盾を、古典!!電磁気学では「アウンの呼吸」で飲み込んで、分かったと言う気になる必要がありそうです。しかし、僕の論文で示したように、量子力学の結果を取り入れた、ゾマーフェルトの自由電子模型によれば、正に帯電する表面の厚さは、原子間距離の1,000倍ほどになり、矛盾はなさそうです。また、導体内部のポインティングベクトルで計算されるエネルギーの流れはジュール熱に等しいことが判明しました。このことからして、導体のことは、古典電磁気学では理解できず、量子力学を知る必要があることになり、高校や大学で教える初等電磁気学の範囲を超えることになります。

  3. 佐藤健次様
    コメント有難うございます。電気回路のコンデンサのお話ですが、そもそも導体内に電荷が流れるという電流概念さえ科学技術概念でしかない訳で、電線路内の空間を流れるエネルギーを認識する必要がありましょう。空間構造のコンデンサやインダクタンスが空間エネルギーとの関係で厳密に捉えられるかどうかは難しいことではないかと思います。

  4. 岩波書店ファインマン物理学Ⅲ電磁気学(邦訳版)の「15-6 静場で正しくても動場では間違っている(198頁)」の節の中に、「導体内の電場は電流を生じる。このため変化する場の中にある導体は等電位にはない。また、容量の概念も精確ではなくなる」と書かれていることに、最近になって、気付きました。これからすると、「交流ではコンデンサーは不適切な物理量である」ことになります。われわれ凡人には思い付かないことを彼は述べてはいるのですが、その一方で、Maxwell方程式が解けないためだと思いますが、これ以上の展開は難しく、頭の良い人だけに、後はほったらかしです。金澤さんは「コンデンサーは直流でも交流でも正確な物理量である」と考えていませんか。この考えに基づく限り、ファインマンが言うように論理が破綻し、これと同じ事情で、現代の電気回路や電子回路の回路理論では理解し難い不可思議な現象が発生します。例えば、「コンデンサーは不適切な物理量である」ときに発生する、交流現象であるノイズや電磁波の発生を理解出来ません。「コンデンサーは不適切な物理量である」と言う項目をインターネットで検索して頂くと、僕が書いた論文からヒントが得られるかも知れません。

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