青空と白い雲

青空に雲の浮かぶ 何故透き通った青か。

新雪に朝日が輝く。真っ白い雪。青空に浮かぶ白い雲。青と白には特別に色の不思議を感じる。僅かな科学知識からその不思議を読み解こうとすれば、感覚的なものに頼らざるを得ないようだ。実験的に検証する方法が無ければ止むを得ない。

冬の晴れた日の青空 その青色はどこから来るのだろうか。人が見る光はすべて一筋の光の総体である。青空の一点からの光をその点の光の情報として取り入れている。その空の一点の先には何も無い暗黒の色の宇宙しかない筈だ。眼とその宇宙との間にあるものは地球の空気層のみである。空を見るとは空気を見ているのだ。ならばその青色は空気の色と考えるしかない。眼と空の視点の先の空気の一筋の直線の部分の発する光の流れを取り込んでいる事になる。幾重にも繋がる直線状(ユークリッド幾何学)の光の筋の流れを見ていると。一筋の光路と青空

その直線状の空気の発する四方八方への放射光の内の、眼に届く光のみをその空のその一点の色と認識している訳である。その空気の発する光が青に見えると考えざるを得ない。空気は光が伝播するに障害に成るとは考えていなかった。しかし空気に色があるとすれば、その空気は太陽光線を受けて、その光を原因として空気から光が放射されているとしか考えられない。空気分子が光を放射するとすれば、太陽光線の内の一部を空気が一度は吸収して再放射する以外なかろう。この現象を散乱と言う用語で解釈しているのかも知れない。散乱と吸収・再放射とは少し意味が異なるだろう。それは光の波長が変換するかしないかの異なる解釈で分けられる。空気が太陽光線の障害になる周波数成分は眼に見えない紫外線ではなかろうかと想像する。太陽光線のスペクトラムがどのようであるかは宇宙ででも観測しなければならないだろうから大変だ。直接フィルターなしですべての太陽光線スペクトラムの強度分布を測定するとは至難の業かと思う。特に紫外線領域の広い範囲の強度分布がこの青空の意味には関わって必要かと思う。もう一つの青空の意味に関わるかと思う事は地球表面からの反射光が空気層に反射して見えると言うことも考えられる。海の色も青いかと思えば、その色を写しているかとも考えられそうだ。兎に角空気も光の吸収放射をしていると考えなければ、青空の色の意味が理解できない。光の吸収・放射は光の周波数変換現象でもある。青空の青い色は太陽光線の青い色が散乱して眼に入ると言うものとは違うだろう。眼に見えない波長の太陽光の紫外線が空気中で吸収・再放射されて目に見える波長の青色に波長伸長(周波数低減)変換されていると解釈する。光は変換する基本特性を持っている筈だ。それは世界が変化する原理でもある。

青空に浮かんだ白い雲 雲はなぜ白いのだろうか。雪が何故白いかが分かれば雲の白い訳が同じ意味として理解できるだろう。雪の結晶は誠に美しい六角形の花模様である。その結晶が積雪として雪の山を成すと、その雪は内部に構造空間に富んだものとなる。そこに光が当たると光はどのような雪との関わりを産むのだろうか。その雪の色は白である。太陽の日が当たれば、雪の表面が純白に光り輝く。その白と言う色は周波数がどのようなスペクトラムに成っているかに強く興味を覚える。白いと言う雪の表面の或る一点から周りの世界を見れば、その点に全立体角の風景の色彩が見える。それは天然色の色の光が到達している訳である。その色の光が雪の表面かその内部で一度反射や屈折を経て、雪の空間構造に因る周波数変換によって新たな周波数成分の光として放射されていると解釈する。新雪の雪の結晶と融けた雪の表面とでは周波数変換に違いがあるだろうが、見た目で余り白さに違いは見えないように思う。それでも雪原に太陽光線が当たっている面は明るく白く、日陰の表面は少し青みがかった白に見えるように違いも感じる。雪の表面に窪みが有れば、その中はより青みが増しているように見える。それでも白かと意識では思う。窪んだ穴の空間内で光は反射を繰り返しながら幾らかの光が放射されることで、同じ雪を見ると言っても雪の白さとは異なる色合いに成るのだろう。無垢で純白の白と言うが、単一周波数の光成分で白色は無い事に成っている。同じ光の周波数成分の空間環境の中で、雪の白さが目立つ。同じく青空の中に浮かぶ白い雲。雲が白い訳ではない。雲の表面、内部での光変換後の放射する光の周波数成分のスペクトラムが人が見て白と認識する仕組みに成っている訳である。その周波数成分分析が可能なら科学的結論が得られるのだろう。

光の色 世界が彩り豊かなものとして映る。虹は七色に輝くと言う。だから光は七色で出来ていると考えるかも知れないが、光に色がある訳ではない。光の三原色と言う物理学的解釈がある。目立つ赤色も光に赤色と言うものがある訳ではない。光は様々な波長成分を含んでいる。どんな光もその光の空間構造は多くの周波数成分の混合による合成波形として、その波形が違うだけでしかない。波長の違いとして光の周波数分布の分析を科学的共通理解の解釈法として採っている。光の色の違いと解釈しているのは、実際は見る光の周波数スペクトラムの違いに因っているだけである。光の波長が違う即ち波長が長いか短いかで光そのものの物理的空間像が異なる訳は無かろう。光の空間形状に周波数が異なっても本質的違いがある訳ではない。あるとすれば、合成波形に違いが出るだけである。その特徴的な例を挙げれば、揚羽蝶の翅の色彩豊かな世界であろう。燐粉の微細構造を拡大して見れば、その格子模様に因る空間構造内での光空間周波数変換現象に因る光の特別の輝きを発生させていると解釈している。その空間をColor Cell (*)と名付けている。人が光の波長、波形に感応する感覚器官の仕組みで色の違いとして捉える生命の世界との繋がりに意味を持たせるための機能でしかないのだ。機能でしかないと言うと夢も無いことに成りそうだが、その単純さが人と天然の世界の懸け橋に成っている仕組みとすれば、何と素敵なことかと思う。科学技術で、テレビの光の三原色で全ての色が表現出来ると言う誠に素敵な手法が利用できる恩恵を自然が与えてくれたと感謝すべき事なんだろう。それにしても白と言う色は赤、青、緑のそれぞれどの周波数成分とその強度の組み合わせで演出されるのだろうか。ノートの白色、絵具の白色はどんな分子構造が生み出す仕組みなんだろうか。

Color Cell (*) : 色の世界を尋ねて (2012/01/05)。

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