日別アーカイブ: 2016年5月8日

電池電圧と『エネルギーギャップ』

科学リテラシーと言う用語がある。みんなが科学に理解ある社会に成ろうということなんだろう。しかしそれには余りにも多過ぎる分野と内容を覚え、記憶する必要が高い絶壁となって道にそびえる。日常生活での不図思い付く科学的疑問に答が得られないのは何故だろうか?『乾電池の電圧』は何故1.5ボルトなのか?『鉛蓄電池の電圧』は何故2ボルトなのか?答は突然難しい化学反応方程式で説明されて、『電子』が解説の主役の舞台の演舞場となる。化学方程式を覚えないと『電池電圧』の値の訳が理解できないのかと、必死に科学の学習に努める。しかし、その内に『電池電圧』を尋ねる事も忘れてゆく。どこにも『電池電圧』の訳を解説するものが無い。化学方程式から、『電子』をとりだして鉛蓄電池のセルの電圧が2ボルトに成る事を説明できなければ、『電子』による科学論の科学リテラシーなどと言えなかろう。電池の原理を問うで鉛蓄電池について述べたが、昨年からの電気回路の線路電圧のエネルギー分布の解釈が纏まった事から、電池電圧の意味を改めて考え直してみた。
何が電池電圧を決めるか

電池電圧の命題電池電圧の命題 電池には多くの種類がある。乾電池、鉛蓄電池、太陽電池更に燃料電池とその動作原理が異なるように見え、しかもそれぞれに決まった電池電圧の値を発生する。その電圧値に成る訳を説明できないようである。科学理論は数学の解析式で解釈するのが高度の科学論と誤解されているようだが、電池電圧値の訳さえも数式では決して示せない。『電子』や『電荷』では決してその電池電圧値を論理的に説明できないのだ。
エネルギーギャップ 『電子』で電圧の発生原因を説明できないとなれば、他に何かその自然現象としての本質的な原因がある筈である。

鉛蓄電池の原理鉛蓄電池の原理 鉛蓄電池の基本単位はセルと言われ、その端子電圧が2[V]に決まっている。それを6個つなげると12[V]の電源となる。化学魔の還元ー電池電解編 には標準的な解説が成されている。電圧の発生原因を陰極電極の金属元素の鉛Pdと電解液の希硫酸H2SO4間の接触面で『エネルギーギャップ』が生じる事と観る。すべての電圧発生原因は陰極に掛かっていて、陽極は殆ど影響なしと解釈したい。更に鉛蓄電池の放電現象の説明を見ると、陰極面の鉛が硫酸との化学反応で表面が白く覆われると有るから、勝手に亜硫酸鉛PdSO3 が出来たからでないかと考えた。その意味は、陽極PdO2がエネルギー的に硫酸と平衡していると考え水発生の意味をエネルギー放出の原因と捉えたからである。燃料電池のエネルギー放出の直接的原因は水素と酸素の反応の水発生である。水は生命の基であるだけその世界は限りない謎を含んでいる。水のお伽の世界 に描いた絵図のように水の生成・分解は『エネルギー』そのものの根本原因を成している。鉛蓄電池も水の生成として陰極面の『エネルギーギャップ』を電池電圧の空間エネルギー分布として負荷へのエネルギー供給に資するものと考えた。

物質間のエネルギーギャップ 物にはその物に特有の特質がある。特に純度の高い金属、気体あるいは分子、原子となるとそれぞれ特質が際立つ。硫酸は物を溶かす化学的性質が強い。その製造方法では、硫黄から酸化硫黄更に水と反応させて、硫酸となる。その製造過程では、すべての過程で発熱現象を伴うように説明されている。普通は分子結合で発熱を伴えば、基の物質の方がエネルギーを多く保有していて、分子結合によって熱エネルギーを放射すれば、そのエネルギー分だけ結合分子のエネルギーは減少すると考えたいが、最終段階で出来上がった硫酸はその化学的反応作用の強さを考えれば、むしろエネルギーの保有状態が高まっているとしか考えられない。その訳が理解できない大きな疑問として残る。物理現象、化学現象を考える時、先ずその現象の前後に置いて、『エネルギー保存則』は成り立っているかを思う。鉛蓄電池の電解液と言う硫酸の化学的反応力は何故そのように強いのかをエネルギーの保有の対象物質への影響力に成るからだと考えたい。硫酸の持つ特有な性質が何故生まれるのかを『問答』として取り上げるかどうかが「考える理科」の課題であると思う。蓄電池は放電すると電解液の比重が低下する。硫酸が分解して、水分子に成る変化と考えたい。その『水』の分離のエネルギー放出を蓄電池のエネルギー源と考えたい。金属鉛と硫酸との二つの物質間の保有エネルギーレベルの境界面での処理現象が『鉛蓄電池』のエネルギー源としての原理と観たい。物質とエネルギーレベルあるいはエネルギーギャップの問題は熱エネルギーと金属の接合問題として、トムソン効果、ペルチエ効果、ゼーベック効果などに観ることのできる現象である。