圧力水頭「理科基礎(仮称)」の題材として

理科教育の事など余り考えなかったのだが、先般の日本学術会議の提言を読んで、日本の科学技術との関係での「理科教育」の未来が全く見えない事態にあると考えざるを得ないと思う様になった。余りにも学理。学術と言う権威に支配された実態が日本の教育制度の硬直性を曝していると言わざるを得ない。責任は文部科学省の官僚的支配にある。教育は基本的に「自由」を建前にすべきである。政府支配と専門家的権威支配は教育を荒廃させる。制度ばかり小手先の変更をして朝令暮改の繰り返しに過ぎない。現場に負担を掛ける縛りが文科省の仕事のように見える。中味はもっと現実的な内容にすべきである。理論・法則などを覚るだけでは役には立たない。役に立たないような内容の教育しかしていないからだ。そこで、今回は「圧力水頭」と言う水力技術の問題を取上げて見たい。理科教育は科学技術教育に切り替えるべきだとの意味も含めて。能力不足の者が言うことじゃあまり役に立てないかとも思うが、考える題材として取り上げたい。「水」は地球の生命であれば、その様々な現象は学習するには余りあると思う。原子力発電所の再稼働で心配な日本ではあるが、水力発電所はもう過去の忘れ去られたエネルギー源になってしまった。その水力発電所の科学技術としての水の力学とエネルギーを眺めて見ようと思う。津波の意味を知るには圧力水頭の意味を知ることが重要だから。

フランシス水車の水力発電所

水力発電所の圧力水頭発電所の圧力水頭 貯水ダムの水のエネルギーを利用する発電所。水の水力学はベルヌーイの定理で理解している。結局は水のエネルギー保存の理解の問題である。ただ、圧力水頭と言う概念は運動エネルギーでも位置エネルギーでもないもう一つのエネルギーである事を理解しておくべきだろう。ファイルにしたものを載せる。

運動エネルギー流体の質量

エネルギーと水頭エネルギーと水頭 流体には3つのエネルギーがある。位置のエネルギー、運動エネルギーそして圧力エネルギーである。圧力エネルギーは総水頭から位置エネルギーと運動エネルギーを除いた残りのエネルギーになる。

圧力水頭圧力水頭 現代物理学の分野に気体分子運動論がある。気体の圧力と熱エネルギーの関係の基礎理論である。気体と液体の圧力で、基本的にどのような違いがあるのだろうか?余り物理学理論では、圧力エネルギーの実在性を認識していないのではないか。静止水圧については道草問答(7)水圧と水頭に述べた。この圧力水頭が波 「理科基礎(仮称)」の題材としての葛飾北斎の波の理解に欠かせない意味である。なお水車についてはフランシス水車-水力ドットコム-によく説明されている。

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