月別アーカイブ: 2016年1月

等価回路変換の定理 (The Theorem of Equivalent Conversion)

電気回路理論は長い伝統に育まれて完成した。その中で、定理などと言うのも気が引けるが自分には初めて知った事である。クランプメータの原理で回路変換に触れた。その等価回路変換の条件を考えた。極めて興味深い結果が得られたので報告する。

写真171直並列変換 電気回路の基本は二つの回路要素の直列接続と並列接続の構成と看做せよう。誘導性はインダクタンスL[H] 、容量性はキャパシタンスC[F] を含む回路である。その回路の等価変換をどのような条件で分析すれば良いかが一つの要である。「エネルギー」が等価であることを条件に考えた。

等価変換定理等価変換定理 電源角周波数ω[rad/s]と回路の時定数T[s]によって、変換相互間に上のような関係がある事が分かった。抵抗R[Ω]、インダクタンスL[H]およびキャパシタンスC[F]で、並列接続の値を「´(ダッシュ)」付きで表した。上の表によって相互の等価回路変換が出来、電気要素の値が決まる。

 

版画二題ー蹄齊北馬と・・-

再び、載せたくて。壁に掛けている額がある。お正月の内でもあるし、ご覧ください。

蹄齊北馬

摘草圖

蹄齊北馬解説解説 蹄齊北馬の解説が裏打ちされている。傍にこんな版画を飾っておくなど、畏れ多いようにも思う。髪の生え際、着物の紋様の重なり方、ヨモギか薬草を摘んでいるのであろう。その多色刷りの境界の寸部違わぬ刷りの見事さ。絵師の絵の美しさ以上に、摺り師の腕前が如何に卓越した技量で有ったかに驚嘆する。この繊細な腕前が古き日本文化の底知れぬ深さを物語っている。職人の魂が光っている。資本主義の現代精神と比べたくは無いが。名も残らぬ摺り師にこそ拍手を送りたい。知らない者が想像してはいけないが、この版画の世界は当時の一大企業集団であったのかも知れない。絵師はその中のエリートであり、時代の文化創造の旗手であったのだろう。しかし細密な絵柄を版木に彫る彫師がいなければ出来ない事業であった筈だ。例えばサクラの版木に彫るとなればどれ程の彫刻刀の切れ味が要求されるかと考える。今と同じ版元も有っただろう。こんな事をこの版画を見ながら考える。

満月に湖上遊舟

満月に湖上遊船、と勝手に題を付ける。仲秋の名月を湖上で楽しむ。そんなさび、侘びの世界に見える。いつ頃の誰の作かは知らない。『版権所有 西宮與作』とある。

周期関数(科学技術と自然と数学)

また生活の足しにならない事に時間を費やす。どこにも売っていない無駄話かと記事にするのも恥ずかしい。

寒い北風も吹けば、春のそよ風もある。太鼓の響きも、花火の音もする。津波もあれば、さざ波もある。ラジオから流れる声も電話の声もする。稲妻もあれば、陽射しもある。そこに共通なものは波である。自然現象も科学技術もある。波を表現し記述しようとすれば、数式に頼ることになる。物理学では、シュレーディンガー波動方程式と言う有名な式が解釈の基本になっているようだ。自然現象は気ままであるから、なかなか決まった方程式に収まり難い。波は正弦波が、その波動解釈の原則のようになっているが、それも「横波」意識で捉えられる。波が縦波に見えるから、どうも正弦波では馴染みにくくなる。

周期関数を考えて見た。どうすれば作れるか?

三角関数写真158 三角関数式がどのような仕組みで計算されるかも知らない。実にうまく出来ている。三角関数以外に周期関数があるのだろうか。

自然の波形 自然界には周期性の波もあれば、単発現象の波もある。

写真160

 

 

 

 

 

方形波と衝撃波 欲しい関数がある。科学技術の典型的な波形が電気回路の方形波電圧波形であろう。直流を交流に変換する回路がインバータである。一定の直流電圧をトランジスタなどで切り替えて、交流に変換する出力波形が方形波である。しかも周期的に切り替え時間を変化させれば、複雑な方形波波形になる。また、光のエネルギーを空間分布として捉えれば、衝撃波の繰り返し周期関数波形になる。

周期関数に・・

 

 

 

 

 

周期関数例 図のy1 、y2 のような波形の周期関数が欲しい。こんな単純な波形でも、任意の時刻t における値を求める周期関数計算は出来ない。例えばt=1.24Tで、t=0.24Tと同じ値の繰り返しが欲しい。y1 は波長周期Tの光の波動関数として。

写真161

 

 

 

関数式 関数式はどうすれば作れるのか?

 

「削除」後「復元」そして追記『問答』 投稿後、余りにも浅はかな記事と後悔して、削除した。少し、ネットでフーリエ級数展開やオイラーの公式の指数関数周期論を確認して、やはり復元した。数学の記事を見ても感覚的に共感しない。自分に能力が無いせいだ。『問答』には成らないが、フーリエ級数の計算例を。

フーリエ展開フーリエ展開。 方形波電圧の立ち上がりの急峻さや直角の先頭波形を表現するには程遠いが。また、衝撃周期関数は無理な望みのようだ。

クランプメータの原理

電線路の電流を測定する便利な器具である。電線導体内に電流(質量と電荷を持った素粒子である電子の流れ)など流れている訳ではないと言いながら、クランプメータで測定する電流の測定原理を説明しようと言う誠に『禪問答』のような話で申し訳ありません。電流は流れず と論じながら。

クランプメータークランプメータの接続 配電線路や電源分電盤などで回路電流を計るのにクランプメータが使われる。図は特殊な測定である。

写真153クランプメータの解剖

写真154等価回路

写真155電気回路 このクランプメータの電気回路の並列・直列変換には少し留意しなければならない事がある。その点は別に論じたい。等価回路変換の定理にまとめた。

写真156電流実効値と電力

ベクトル図ベクトル図 一応クランプメータと負荷の間の電圧、電流の関係をベクトル図で示す。負荷電流の実効値Iに対して、クランプメータに掛かる僅かな電圧分がrI2であり、それを測定基準に利用している。

クランプメータの回路で、鉄心の機能は変圧器の1次巻線が1ターンの特殊な場合に相当しよう。元々変圧器も鉄心磁束は変圧器1次巻線の1ターン分の電圧で生じる事になっている。磁束Φ=∫(V1/n)dt ただし、1次巻線数n、印加電圧V1 である。こんな意味で変圧器とクランプメータが繋がるとは。

哲学の意味?

今年は書き初めの代わりに、哲学の意味を考えた。

写真150哲学 日常に無関係な内容かもしれない。その文字に込められた、偉大な中国文明の漢字の意味を探りたくなった。

現代社会は人類の智慧を確認したくなる様相を示している。グローバルと言う経済競争で世界が利益を求めて混沌の中に彷徨っているようだ。先日、NHKの番組に法隆寺を尋ねる紹介があった。聖徳太子の願いが自然災害、疫病更に権力闘争の災いを無くしたい事にあっての建立であったのだろうと思う。世界は現在も宗教と言う信仰心で、それぞれの人心がまとまる事を願って営まれている筈である。宗教が昔からの智慧の拠り所として尊ばれて来た。しかし,今ますますその宗教が世界の対立の火種になっている。国家間の権力闘争と同じく、己の権力による支配を宗教と言う精神的呪縛力を利用した手段で危険な日常性を作り出している。そこに哲学の意味を重ねて考えて見た。今世界は哲学など、先を競って利益を獲得する為の経済競争の中では何の価値も認められない時代になったようだ。哲学など生活の足しには成らない。それどころか、経済性追求の意識には邪魔者かも知れない。人の幸せ、社会の安全より自己の経済力が社会支配の求める意識になっている。派遣労働による人の生活不安など政治は競争の正当性に隠して、社会的不健全性を広めている。そこには政治の正当性は見えない。格差は人の能力によって生まれても、それが当り前な社会制度と進める。こんな政治は間違っている。社会正義や哲学は意識外に押しやられる。

哲学の文字の意味を自己流で解釈してみた。

写真152文字の意味 勝手な自己流の解釈を付けた。今世界の智慧は宗教でなく、科学者にとって変わられたように見える。科学理論が人の理解を超えた内容になっており、如何にも科学理論が世界の真理を言い当てていると勘違いし易い状況を生み出している。『哲』の字の意味は昔優れた指導者を哲人とも言ったようだ。日常生活で、生活の道具や生活技術の優れた事を「手」の文字で言い当て、仲間を守る統率力を武力の優れた意味を「斤(マサカリ)」に託し、理屈や説得力を「口」の文字で表現したと。現代社会は、科学技術が生活の豊かさを労働の苦役から救った形で社会の基盤になった。生活の安全な有効性の限界を超えてしまった今は、「ドローン」等の危険な手放しの上空輸送まで正当化しようとしている。「ドローン」はひも付きの制御可能な安全性の範囲でしか利用できない筈である。「ドローン」を操縦する者には危険のリスクが無い。それが社会的危険となる。無人爆撃機も科学技術の許される規範を超えている。社会的安全性に歯止めを無くした人間の驕りの精神構造が世界に溢れている。考える事は踏み切れない壁がある事を自覚することでもあろう。考える事が哲学だ。そこに現代哲学の意味がある筈だ。福島原発の悲惨な事故とその後遺症も解決できずに、人の幸福に生きる権利を奪いながらも、政治はその事に対する哲学を忘却している。

科学技術や科学理論と哲学 大学の哲学学科は文学部に属している場合がほとんどであろう。古くは宗教がその担い手であっただろう。しかし哲学は現代の社会に直接かかわる事柄を考える事がその使命であると考える。本当に電気回路の導体に電流が流れると考えるのだろうか。金属導体の中を電子が電荷と質量を背負って移動すると考えるのだろうか。科学理論には論理的矛盾が多過ぎる。欲望と権力支配とが哲学を忘却している。電気回路一つを取上げて考えると、益々理解できない疑問に突き当たる。解った心算でいても、不図気付く疑問が膨らみだすのだ。

加減は乗除に先出す

新しい年が公正、安全でありますように。

先日気掛かりな算数計算を見つけた。四則演算には「加減は乗除に先出す」と言う規則がある。

9-3÷1/3+1=1

ある計算の質問に、上のような回答がなされていた。しかもベストアンサーに選ばれていた。これは明らかに、四則演算の規則を無視した計算結果である。加算、減算、掛算および割算が含まれている場合には、どこから計算するかが規則が無かったら分からない。だから加算と引き算を先に計算することに決められている。上の計算の答は 4.5 である。

例題

① 2×6-2÷1/2= 2×4÷1/2=2×4×2=16

② 2+6×1/3+1/2=8×1/3+1/2=8×5/6=20/3

③ (2×6)-2÷1/2=12-2÷1/2=10×2=20

④ 2+(6×1/3)+1/2=2+2+1/2=4.5

加減算より先に乗除算を計算する意味を含めるには、カッコ()で指示する必要がある。