『以下余白』の不覺

(2015/02/06) 追記 過去を振り返るなと言う。自分が辿って来た道は全て過去を振り返る事から始まった。科学理論の矛盾は過去に戻らなければ明らかに出来ない。自分の生き様も過去を振り返らなければ理解できない。この記事『以下余白』の不覚からまた過去が浮かぶ。昭和61年の深い意味ー闇ーを思う。中曽根臨時教育審議会の抹殺対象の主人公であった。4月に電気学会論文誌に初めて自分の研究らしさの論文(電圧型PWM変換器を用いた瞬時無効電力補償装置の動作解析と設計法)が載った。8月には、電力技術研究資料に自慢の研究内容を発表した。秋から『静電界は磁界を伴う』の実験データをまとめた。それは過去のあらゆる科学概念を根底から検証する必要な事を示す「科学革命」の始まりとなった。その基本認識が今日までの科学漫遊の基を成して来た。その時期が、『以下余白』で履歴から抹消されている。研究の山場が消されている。中曽根臨時教育審議会とは日本にとってどんな意味を残したのかとまた振り返ってしまう。禪と科学紹介研究の歩み等に記した。それを見ればすべて赤面の至りである。それでも未来の教育の在り方を教育行政と人間社会との関係で考えてしまう。

『以下余白』の不覚 私の存在は何処にあるか?。本人が知らない決定『以下余白』。今も気味の悪い裏工作行政?本人無視で、知らせずに何を画策するか。全てが本人の『不覺』か?日本国憲法の法の下の人権侵害行政。こんな事を書けば、すべて私の妄想から出る話として世間や政府関係機関からは見られるようだ。(2015/02/25 追記)実はこの記事を書く切っ掛けがある。1月8日の年明けに、人事院総裁 一宮 なほみ様に人事記録の請求者資格等についてお尋ねいたしました。人事院事務総局総務課から御返事を頂き、それぞれ、新潟県や長岡技術科学大学等にお尋ねくださいと言う御指導を受けました。しかし、尋ねても話が理解できなかった。

前後余白の履歴書前後余白の履歴書

以下余白の昭和61年4月1日は長岡工業高等専門学校に勤務していた筈だが、私の勤務実績が無い。転勤していない『以下余白』が、何故長岡技術科学大学の証明に使われるのか?長岡技術科学大学で、(分限?)免職処分された事になったいるようだ。何処にその処分記事を記載するのだろうかとても不思議だ。私には対処は無理だ。昭和62年4月1日東北大学での電気学会全国大会、 『瞬時電磁界理論』とはが科学革命の原点となる発表である。筆者にはこれ以上の研究内容は無い。しかし、履歴無しの無所属の発表と成るのか。

年金加入?年金加入

「4月末日」がいつの間にか「4月0日」になる?(2019/02/12)追記。この年金関係の記入については本人の自分の書くべき書類を長岡市台町の厚労省の事務所の職員が取上げて、勝手に書き込んだ。しかも記載内容が後日「4月0日」に変わっていた。振り返ってみれば、節目で自分が書いた履歴に関わる書類が無かったようだ。新潟県、何処に加入したか?新潟県教育行政の過去と未来ー犯罪?-の新潟県知事部局の画策は何だったのか。採用事務手続きが一切なかった。辞令交付も宣誓式も無かった。犯罪行政が罷り通っていた。

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