月別アーカイブ: 2014年11月

電池の原理を問う

電気の不思議に魅せられて、自然の意味を説き明かす科学技術の大きな足跡として、ボルタの電池を挙げて良かろう。電池について、電池・電気分解に良く解説されている。しかし、残念ながらその解説では私は満足できない。理解できないのである。電圧ー物理学解剖論ー に乾電池の電圧は何故1.5ボルトなのかと疑問を呈した。マンガン乾電池は塩化アンモニュームや酸化マンガンを澱粉で練り合せて、炭素棒(+極)と亜鉛(-極)の電極材で構成されている。そんなうまい組み合わせを見つけた技術に感服する。1.5ボルトと言う標準電圧に決めた過程も中々興味あることだ。設計者・発明者はその電池構成が1.5ボルトになる事を理論的に認識していた訳ではなかろう。今、何故1.5ボルトになるかを問うても明確に答えられないのじゃないかと思う。乾電池の練り物が1.5ボルトと成る意味が分からない。これは日常生活の中の極めて科学技術の本質を問う『問答』のように思う。難しい一般相対性理論等の学問に対して、より市民科学のあるべき姿を問う問題であろう。一つの解決の道のりとして、乾電池の使用済みの電解質練り物の状態が初期状態と何がどのように変わっているかを調べる事かも知れない。しかし、決して利益を生まないかもしれない事には、現在の科学研究体制は許さない窮屈さに縛ららている。しかし、理科教室の場合はできるかもしれない。乾電池1.5ボルトの意味を探る実験。学校の理科教育・科学教育の在り方を問うのである。化学式で解説されるが、少し疑問に思うと、本当の事が分からなくなる。教える先生方は、その内容を深く理解しているなら、当然応えられる筈だ。電子が流れて化学式のように巧く説明され、実に世界の真理のような印象を与えるに十分な説得力を持っている。はじめて学習する子供達に対しては。その子供たちが学習すべき世界標準の教育内容が整っている訳である。その事がとても多くの学習すべき、記憶すべき負担を強いているとは考えないのだろうか。むしろ疑問を提起することで、より印象強く記憶に残るとも言えよう。

金属のイオン化傾向 これは化学の学習内容になるのだったか。金属元素にはイオンになり易いものとなり難い物があると言う。しかし『電荷』を否定する立場からすれば、原子のイオン化と言う意味さえ理解できないのだ。しかし、実際に原子の間にはイオン化と言う或る特性において、決まった序列が発生している訳である。その意味をどのように解釈するかの『問答』である。『熱エネルギー』で解釈したい。金属が溶液内で変化する溶融と析出の現象をどのように解釈するかである。物理学、化学では電子のやりとりで解説される。電子と言う意味を何で捉えるかと言うと決して『質量』では考えず、『電荷』だけで理解するだろう。全く『質量』のやりとりの意味を説明できないから。それなら電子等と言わずに、『電荷』と言えばそれで良かろう。物理学では、『質量』が無いと論理を展開できないジレンマを抱えているのだ。『電荷』だけが独立の世界の実在とは言えないのだ。

硫酸銅に亜鉛板を入れた時の現象 イオン化傾向と言う金属特性の解釈法。原子量の小さい原子程、一般的にイオン化傾向は強い。亜鉛Znと銅Cuでは、亜鉛がイオン化の力が強い。だから亜鉛が融け、硫酸銅の銅が固体金属として析出すると言う風にイオン化傾向で解釈される。何故金属にイオン化傾向と言う差が生じるかは問わない。イオン化傾向と言う順序を覚える事を要求される。イオン化傾向と言う金属元素間の物理現象の意味は、熱エネルギーのやりとりの問題なのである。亜鉛が融解し、銅が析出するのは銅から『熱量』が亜鉛に移動する現象である。電解液の温度の環境下で、銅と亜鉛の保有エネルギーの余剰と不足の関係から起こる金属元素間の物理現象と観る。固体の状態がその元素の保有エネルギーレベルのより低い状態に在ると観る。融解するには熱などのエネルギーを吸収する必要がある。分子より原子の方がエネルギーレベルは高い。燃料電池は水素(高圧エネルギー)と酸素のエネルギーレベルの高い元素が結合する事により、水分子のエネルギーレベルの低い状態になるから、余剰熱エネルギーを放出し、動力源として利用できるのである。金属だけではない。水の沸騰も気体になるには蒸発熱を吸収する現象である。元素には特有の熱エネルギーに対する特性差が潜んでいると解釈したい。原子と分子の妙 を書きかけのまま結論がまとまらない。物理・化学の基本問題に素人が意見を書く失礼をご容赦ください。燃料電池は水素が燃料だ。エネルギー問題で、自動車の排気ガスはなくなり、水だけを排出するから空気汚染は解決される。しかし水素製造には電気エネルギーを使わなければならない。その社会システム構築に費やすエネルギー消費問題は、経済成長と言う美名の基に隠されてしまう。地球温暖化の問題が燃料電池自動車で解決される訳でない事を科学技術社会の基本問題として捉えた置かなければならない。水素を創るエネルギー消費と燃料電池の社会的エネルギー消費問題。

鉛蓄電池 1859年、フランス人プランテの発明とある。鉛蓄電池は今も使い続けられている優れた発明だ。150年以上使われ続ける科学技術製品だ。驚くべき歴史を踏襲した製品だ。そんな意味も意識したい。鉛蓄電池も『熱エネルギー』で原理を解釈したい。

鉛蓄電池の解釈鉛蓄電池と陰極

『電荷』否定の新しい蓄電池の解釈を図に示す。鉛蓄電池の電極は陰極の鉛と陽極の酸化鉛で構成される。硫酸が電解液で、陰極の鉛が溶融して、硫酸鉛となると、蓄電エネルギーが消費され減少する。陽極の酸化鉛(二酸化鉛PbO2で上の図に誤りあり)は教科書的解釈では、水素による阻害を抑える減極剤としての働きを兼ねていると。もし陽極も鉛Pbなら電池にならない。鉛蓄電池の原理は陰極と硫酸との境界面に全てが組み込まれていると観る。イオン化傾向で、PbとHは隣接する。硫酸に亜鉛を使えば、激しく反応して、やはり電池にならない。穏やかに蓄電エネルギーを放出できるのは、隣同士のエネルギー保有差が小さいからと考える。鉛が融解して硫酸鉛PbSO4になる時、保有熱エネルギーを放出する。この保有熱エネルギーと言う意味も分かりにくいかもしれない。それは、原子構造が電子概念を否定したうえでの解釈でなければ分かりにくいと言う事になろう。上に挙げた『原子と分子の妙』のエネルギー流の磁気模様で捉える必要がある。磁気エネルギー流は、その量的増減は自由に変化しうると考えれば良かろう。その環境自身がエネルギーの空間だから、エネルギー吸収・放射も変化しうる自由にある。鉛の外界へのエネルギー流の影響と希硫酸の電解液のエネルギー環境との間の何らかの干渉がエネルギー不均衡の修正として関係づけられると解釈する。それが鉛の融解現象の意味との理解である。更に水素も酸素と反応して(燃料電池)更にエネルギーを放出する。その合成分が陰極から負荷に供給される電気エネルギー(熱エネルギー)である。この解釈では、陽極は殆どエネルギー放出に関わらない。その為、鉛蓄電池の『電圧』は陰極と電解液の接触面に、その全ての原因を秘めていると観る。図②にその意味を示した。熱と電気の関係は雷は熱爆発に於けるものに同じである。

太陽の贈りもの

太陽が地球の生命を創る。お日様は神様だ。

太陽とアミノ酸太陽とアミノ酸

紅葉も終わりとなる。落ち葉が雪の下で、じっくりと熟成される。植物が地球を育てている。しかし、太陽からの光が全てを支配して来た。地球の誕生からの全てを。光が質量になるのだ。雪解け水が海に栄養分を運ぶ。妖精クリオネも踊る。

ツツジが咲いた

今、ツツジが咲くとは。植物はその季節の移り変わりを生命の営みの基準にしている。ツツジが狂い咲きツツジと炉開き

最近は気象の流れが余りにも狂っている。日本の四季の移ろいが消えている。寒椿の『炉開き』が9月に咲いた。その椿と一緒に皐月(ツツジ)の揃い咲き。経済成長と言うエネルギー過剰消費が気象を狂わせている。原子力、火力発電の汽力発電方式が海の温度上昇を担保にしている事を科学技術社会の基本認識にして欲しい。発熱量の半分を海で冷却する地球加熱システムの物理現象である事を。

エネルギーフロー022エネルギーフロー

古い図であり、少し%の数値が正しくないかもしれないが、基本的認識にと。

水晶の起源は?

水晶の透き通った濁りの無さが神秘的である。石英(SiO2)が熱で結晶化したと言われているようだ。何故石英が熱変換で透明な結晶になるのか、その物理現象はどう解釈すれば良いのだろう。水晶は時計振動子としても良く知られている。山の岩石が古代巨木の化石であると考えるが、ダイヤモンドや数多くの宝石も、初めから結晶石ではなかったのである。何かが熱、高圧下で変換して結晶体になったものである。巨木は宝石にはほとんどならないと思う。黒い宝石とは石炭を言うが。大きな松脂の塊は琥珀と言う宝石になる。海の亀などの甲羅は地球の熱変換を受けて、何らかの宝石に代わるのだろうと解釈したい。地球の起源も確証的な姿を捉えてはいなかろう。どんな状況を地球が辿ってきたかも分からない筈だ。地球の歴史45億年というが、そうだとする理屈を知らない。水星や木星あるいは金星の誕生と地球の関係も知らないので、45億年の意味も理解できない。

笹川流れ産笹川流れ産 (ずっと手元に在った。記憶を辿れば、大学のクラブで笹川流れにピクニックに行った。昭和35年の、その時拾った石である。)

表面は灰色の普通の石ころに見える。ただ、普通の石ころとは表面の凹凸が特徴的である。如何にも溶岩の高熱で溶けたような形状にも見える。しかし中は水晶のように透明な結晶が密集した状態になっている。この結晶化する過程が不思議に思えるのだ。何で石英と言う分子が塊として存在し、不純物も混じらずに透明な結晶体になるのか、その訳が不思議なのである。人間が生まれる以前の地球の活動の産物であろうから、知る由も無いのは当然かもしれないが、決して水晶になるべき当然の訳が有ると決め付ける道理も見当たらないのだ。何故と思う。今まで手元にこの結晶石が存在したのかさえ不思議な因縁とも思う。今石の由来を考えて、地球や他の天体を思うに、やはり何か運命的なものさえこの結晶に惹かれて手元に置いた意味を重ねて考えてしまう。庭石置き場で、石との出会い石の囁き聞こえますかとの繋がりを思う。

pq理論のリサジュー波形を見つけて

本箱(木製自作、釘なし組み込み書棚、約160cm×190cm)にくすぶっている古い研究ノートをひろげてみた。一体何の意味があって、研究をしていたのか今考えても、自分の所業を理解できない。ただ無為の時間を已むに已まれず、何かを求めて心の遣る瀬無さを紙とペンにぶつけていただけかも知れない。

とても古いリポート用紙の計算記録が出て来た。ファイルの表紙に1984年(昭和59年)とだけ記されている。その中に意味不明の写真が載っている。pq理論(瞬時実電力・虚電力理論)の意味を追究していた長岡技術科学大学での物のようだ。とても面白い波形であるので、折角だから投稿しておく。

pq理論の?pq理論の?

p,q,ip,q,i

pp

qq

以上の4枚の写真である。多分第6高調波のp、q等の軌跡であろうが、系統負荷アドミッタンスなどと記されているから、科学研究費申請用の基礎資料だったかもしれない。いつか計算資料の意味が理解出来たら、データ写真の意味を説明できるかもしれない。

佐渡赤玉石に連想

石には不思議な表情が見える。石はどんな生い立ちを秘めているのだろう。何処からどんな旅を重ねて来たのだろうか。道端に転がる石ころ一つにも、それぞれ違う石の歴史を積み重ねて来たのだ。高い山の頂上に残る石の姿に、古代史の地球の営みを見る。岩手山山頂の円形岩も巨木の根回りの化石なのである(自説)。佐渡に産した赤の際立つ赤玉石がある。

赤玉石赤玉石に野紺菊(ある祝いに頂いたもの)

磨かれた表面にも、積層構造の形跡が見える。解説には、鉄分と石英が高温・高圧で焼き固められたとある。地球の造形物である。

赤珊瑚が小笠原の近海で育つと。赤珊瑚も植物の一種なのだろうか。中国の船団が領海内で根こそぎ採り尽くしている事件。大昔、何十億年も前の地球は想像できない。赤珊瑚も鉄分を吸収して赤く身を飾るのだろうか。赤珊瑚が山のよな巨木で繁茂していたかも知れない昔の話を夢に。

佐渡の赤 佐渡には赤い物が多い。赤泊。赤泊港の地名は何処から来たか。昔小さな港の入口に、赤い大きな岩があった事から付いたともある。鎌倉時代に親鸞が流罪を許されて、出航した港がこの赤泊とある。江戸時代(慶長9年)に金山の周辺整備で、代官が置かれ、港が整備されたとある。

佐渡の無名異焼 金山からの出土で焼いた焼物らしい。色合いが独特の赤である。

日本海を挟んで 対岸の弥彦・角田浜で拾った石がある。

角田浜産?角田浜産 今から10何年も前に、海岸で拾った。多分角田浜近辺と思う。色合いが佐渡の赤玉石と同じである。何から生まれたかは謎である。日本海の謎に数えておきたい。

細胞とその機能

人は60兆の細胞からなると言う。その細胞が生命の仕組みを司っていると考えて良いのだろうか。少しも理解が進まないで、疑問だけが増えて行く。それが自分にとっての生化学の分野のように思う。最も基本である細胞と言う意味が理解できない。全ての細胞は核酸を遺伝情報の取締役のように、その機能を支配していると思っている。しかし、説明を受けると、益々意味がボケて理解できなくなる。細胞分裂と言う現象と細胞が持つ日常的な働きは、別物のようにも思えてくる。DNAが細胞分裂で生命の仕組みの個性を伝える役割を持ち、それがDNAの全ての意味かと思っていたのは間違いだったようだ。細胞とは完成した機能を持つものかと思っていたが、どうも日常の細胞の機能はいつも何かが不足していて、DNAの情報をmRNAに伝えて、タンパク質の合成を日常的に行っているように教えられた。OKWaveへの筆者の質問に対する御回答からそのように理解した。そのタンパク質の合成機能は、細胞分裂時の話とは異なる様に思った。と言う事は細胞は完成したものでなく、いつもタンパク質を合成していると見做せる。そのタンパク質は、細胞内に蓄えられるような回答と理解した。それではそのタンパク質は、細胞内でどのような役目を担う為に造られるのかが理解できない。細胞の外に行くなら、酵素などの製造も細胞が担うとすれば意味が理解できる。生命はタンパク質を燃焼しながらその機能を継続しているものであろうが、その意味が細胞内のDNAの転写とかに意味を持って役割を果たしていると言うのだろうか。細胞の全体像が?

細胞の終末制御 一つ一つの細胞も寿命の時計仕掛けの基で生きていると解釈する。細胞が終りを告げ、分解する仕組みも備えている筈だ。タンパク質の生合成だけでなく、より重要なのは間違いなく分解して消える機能が必要である。その仕組みが狂うと、『癌細胞』になるのじゃないかと考える。

細胞の基本認識 最先端の生命科学研究はその解説で、像の尻尾の一部を説明しているようで、像の全体像が見えない。自分のような知識の無い者には、なかなか細胞の意味一つさえ捉えきれない。出来たら全体的な姿を、解説して欲しい。細胞分裂はどのような条件で起きるのか。新しい細胞に生まれ変わるのは、古い細胞が分解したときに起きるのか。その時の細胞分裂は新しい細胞が二つ生まれるのか。分裂とは二つになる時の用語と理解している。済みません。幼稚な疑問で。ニューロン(Neuron)を尋ねてにはまり込んで、益々闇夜を彷徨うような心境である。

石に宿る古代神の面影

山梨県の乾徳山をNHKの番組「小さな旅 祈りの岩峰」で見た。まさに岩石の山である。夢想国師も修行した山と伝えられている。奥秩父の標高2031mの山である。その山の岩石を見て、今回も興奮した。山の成り立ちは、火山性でないと観た。火山でなければ、その山は『巨樹の化石』の山以外はないと観た。人がその山に在る石の姿に見惚れている。古代の歴史の深さに感じ入る事があるからと観る。ブログ「乾徳山(奥秩父) 日帰り登山」に良く紹介されている。地球の古代を想像してみてください。生命の基になる巨木が地球を覆っていたのです。石は古代巨木・巨樹の化石なのです。石の囁き聞こえますか から始まった古代の地球の姿ほど想像の楽しみを与えるものはありません。

不思議に乗った夢路にも

希望と悔恨の色を見る。自分の氏名を検索したら金澤と金沢では異なっていた(今はまとまったようだ)。氏名は法務省が管轄かと思えば、自治省《内務省》今は総務省の管轄下の地方政府機関(意味不明の呼称の地方公共団体と言う都道府県庁、市区町村役場・役所)かとも思う。金沢の様な「沢」の字で表記される名前が如何に多いかが不可解だ。戸籍表記に「沢」の字は使われていないだろう。市販の印鑑は『金沢』しかない。氏名の漢字表記不可解の混乱放置の原因はどこの省庁機関に責任が在るのだろうか。私は何者でしょう(2)氏名と長岡市政責任。全て、社会的常識に欠けた自分の責任となるようだ。学校の社会科等では『戸籍』や政治的行政機関と個人との関係を教えられなかった。過去を振り返れば、無知が故に、社会的悔恨の多い事を知る。日本では、「行政機関」の非民主的特殊権力村に情報秘密管理権能が集中している。『特定秘密保護法』によりますます個人情報も閣議の思惑で処理の秘密に葬られる危険を危惧する。今まで、社会常識からみれば、偏屈と看做される自分勝手な生き方で過ごしてきた。常識に照らせばアスペルガー症候群と看做されるかもしれない。そこで、調べてみた。

アスペルガー症候群とはアスペルガー症候群

人の中に居ると、確かに浮いてしまう。相手にされなくなる。人に『先生だった?』と疑問符付きで皮肉られる。その意味を考える。知っている人は新潟県の教育委員会に採用されていない事を知っていたようだ。新潟県教育行政の過去と未来ー犯罪?- 本人の自分が知らない事で周りの社会が動いている。コミュ障に曝されていたようなもの。先日、「29WD-1 ニュートンの万有引力則の矛盾(回転と波動)領域11」が検索にでた。天体の問題であるから、長岡技術科学大学の電力工学の分野ではない?小泉連立第2次改造内閣の頃だったようだ。一つ心当たりがある。2004年3月に、長岡税務署で確定申告する時に九州まで発表に行くなど、免職処分では無理と訴えた記憶はある(内緒話)。不可解は如何ともし難い。自然科学の本質を求めて、『電荷』否定の道に入り、今絶対的確信の境地にいる。考えれば迷惑を多くの人に掛けて来た。常識からみれば、確かに想像力に障害があると観えよう。この2004年は申年で、不吉にも10月23日中越地震にみまわれた。11月に翌年の2つの発表登録をした。そこから発表を加速した。市民的科学認識を追究しているうちに、全く専門性の無い世界に踊っているような科学感覚に染まっている。ニューロン(neuron)を尋ねて お邪魔している。

ニューロン(Neuron)を尋ねて

アミノさん(amino acid)を追って いるうちに、ニューロンさんの噂を聞いた。早速尋ねてみることにした。それは役に立たない己の頭の中にも、沢山抱えているらしい。IT検索で様々な解説に辿り着ける。特にニューロン細胞の発光した画像には、その複雑に絡み合った光の模様の美しさに驚かされた。そんな模様を見ながら、ニューロンの全体像を想像してみた。独善と偏見でファンタジックな世界を描いてみよう。 ニューロンニューロン網(想像図) ニューロンの解説を見ながら、勝手に想像をめぐらして描いてみた。ニューロン細胞はその細胞の他の細胞との連結網の広がりと強さが情報処理の豊かさを示すものと考える。自分には欠けている人間同士の繋がりが世界を広げると同じく、その情報処理の豊かさと深さで、ニューロンの本領を発揮する原理と観た。上のニューロン網の図の意味を説明しておこう。軸索が情報信号の伝達路で、2つの細胞の模様を描いた。その入り組んだ繋がりが全て沢山の細胞との連結の情報処理網と成る。上の図で独断と偏見の1つの特徴は、2つの細胞間の信号のやり取りがあるだろうと言う点である。

信号とシナプス信号とシナプス

信号(電磁波)は軸索の中を伝播し、相手の細胞に伝わる。細胞AとB間で、互いに信号をやり取りする為の伝送回路が構成されているだろうという考えを表現した。細胞Aから細胞Bに信号が伝えられる回路はaの受信点(シナプス)を通してなされる。電気信号の伝達方向を決める丁度『ダイオード』のような役目をするのがシナプスと考えた。細胞にもそれぞれの役割で何種類かの階層になっているようだ。同一の役割の細胞間では、対等に情報のやり取りを行うかとの解釈から、細胞Bからも同様に、シナプスb点を通して細胞Aに信号が伝達されるかとの考えを図に記した。脳の情報処理の信号伝達回路は単一な方向性の流れだけではなかろうとの考えである。

電気信号と伝送路(同軸ケーブル、ファイバー) 樹状突起がニューロン細胞から無数に枝を伸ばしたように、ニューロン網を構成して広がっていると考えた。受信突起と発信突起があると観たい。信号は電磁波であると考える。光と同じ縦波エネルギー波である。電気導体でないから、電気信号と解釈し難いかもしれないが、光通信の伝送路はファイバーである。ファイバ内を信号が伝送すると解釈せざるを得ない。軸索がファイバーである。髄鞘は絶縁体とあるからケーブルの外装に当たるものだろう。信号伝送路のファイバーの構造を詳しく知っている訳ではないが、樹状突起が形成されて伸びて行く過程を想像すれば、ファイバーの中心が最も初期に発生したと考えられ、太く強力な伝送路と成っているのではと思う。それが最も遠い細胞に届くと考える。樹状突起の枝が増えるにつれて、外側に新たなファイバーが構築されてゆくだろうと。その枝分かれする場所が髄鞘の切れ目に発生するだろうと。髄鞘の切れ目からは外部に信号が漏れ出る事で、新たな神経細胞への繋がりを産む樹状突起の発生を促すと解釈したい。また、受信信号を受けるシナプスの発生も同じく受信用樹状突起の髄鞘の切れ目から信号をキャッチしてシナプスの構成経路を構築すると考えたい。以上が素人の電気信号を考慮したファイバーの信号伝送路の解釈である。それを図に描いた。信号伝達速度を120m/sと観る意見もあるが、それは遅すぎるだろう。 信号伝送樹状突起の構成(シナプスが樹状突起でなく細胞に直接存在するなら、上の解釈が間違いで訂正する必要がある) 今回の不思議に感じての思いを綴った。未だ幾つかの疑問を残したまま、公開する。

残る疑問は
ニューロン細胞の核の役割? 一般の細胞分裂のDNAの役割とは異なろう。と考えていたが、少し専門的な内容にアクセスしてみたら、己の無知のはるか遠くにトンデモナイ世界が闇となって現れた。「神経幹細胞」、『局所タンパク質合成』等の専門用語に遭遇した。大人の神経幹細胞を、長期に維持させるたんぱく質を発見局所タンパク質合成

神経幹細胞 それは専門家にとっては常識のような概念らしい。一般細胞のDNAの分裂現象解釈とは何か次元の異なる複雑さを秘めた細胞らしい。神経細胞は一度壊れると回復しないかと以前は考えられていた事もあるようだ。しかし、専門家の話から考えると、幹細胞が神経細胞を作り出す基になっているように思える。老化すれば、脳も細胞が減少し、記憶喪失、思考力減退を来たす。寿命の壁は越えられないのが生命の原理だ。神経幹細胞から神経細胞が造られるとしたら、脳細胞は使いきれない程あり余っていると思う(ニューロンの結合網の高密度化の未完成)が、新しく神経細胞が生まれるとしたら、どのように古いニューロンにとって代わり、情報網に組み込むのだろうかと理解に苦しむ。神経細胞があっても情報網を構成する樹状突起の接続状況が脳機能の価値を決めると考えたい。一般の細胞分裂に果たす核の役割と異なる特質を示す機能を脳細胞が持つという理由は何なのだろうか。素人の素朴な疑問である。
シナプスの信号伝達物質ドーパミンと信号との変換過程の物理的現象は何か?
グリア細胞とは?
最大の疑問 思考、認識、記憶及び感覚はどのようなニューロンの信号伝達模様で脳機能が発揮されるのか?脳内の信号のパターン?『眼耳鼻舌身意』の感覚はニューロン網にどのように反映されるのか。 全て電気信号の模様で決まるかと想像したい。
電気技術的観点から解釈してみよう。生命のはじまりと脳