月別アーカイブ: 2014年10月

大学改革と入試

大学入試改革について、中央教育審議会が答申案をまとめたと新聞で報じられた。大学入試 知識以外も評価との見出しが付いている。知識とは何かを問いたい。大学教育の中味であるどんな教育方針で、どのような知識を教えるのかを知りたい。誰の為の教育かを考えて欲しい。教える側の過去の教育内容の伝統に縛られた伝書鳩教育であってはならない。中央教育審議会の目的も良く分からない。誰の為の教育審議会なのか?政府による政府の為の政府の審議会にしか見えない。今回の大学入試改革の記事を見て、一つ問題の例を考えてみた。科学者の社会的責任等と記事に挙げた筆字がある。各人が思う多様な答えを期待して、答えの無い問題を考えた。

大学入試問題例問題例

特別に難しい問題でもないとは思うが。難しさは答えが無いところにある。どのように考えるかを聞くには面白い問題だと思う。採点する側で困る問題でもあろう。知識とは何かを問いながら考えるとは何かを問いたい。

科学者の社会的責任

長く科学漫遊の旅を続けて来た。ここまで辿り着いたと内心安堵できる面もある。しかし、何しろ日本語しか理解できず、研究歴も殆ど無く、未来設計が出来る環境にない。ただ、科学の基礎、特に教科書の内容について、教育を受ける子供達を考えた時、余りにも虚飾的な伝統に縛られた『嘘』で固められていると思う認識をどう繕えば良いかに戸惑うばかりである。学歴も怪しく、基礎資格の博士号も無い者がいう事でないかもしれないが、教育の関係者、科学者は科学技術社会における教科書の内容をどう構築すべきとお考えなのだろうか。その意味で、全ての科学者に問う。その社会的責任は何かと。

浮かぶ印象?印象は?

光も電荷も水も日常的に聞き覚えあり、目にする用語です。この用語にどんな印象を受けますか?この言葉・用語に対する科学者の印象を尋ねたい。科学を数学的に解釈する慣習に習熟されておられる方々はどんな印象を受けるだろうか。この三つの用語を日常用語で、数式無しに説明して欲しい。そんな意味を科学者の教育に対する社会的責任として考えて頂きたい。科学の世界も、盗用や、間違い論文が多く指摘されている。競争に潜む科学研究の宿命的な危険であるかも知れない。公的資金を注ぎ込む上での受給者の社会的責任観の希薄さがそこに潜むのであろう。中には信じられない『200回も・・』という発言の真意と研究実体の狭間に何が?とも・・。自分も『電荷』否定を唱えた時から、物理学基礎理論の矛盾を確信していたからここまで来られた。他には何もない。

学説を疑え学説を疑

教科書の学説を疑ってこそ科学者であろう。『光』を物理学的にどう認識するか。光速度とはその定義空間をどのように捉えているか。光の振動数という時、何が振動していると考えるのか。自分に正直にその意味を理解しているのかと。『電荷』が存在していると信じているのかと。『水』はどのように造られると考えているのかと。水蒸気を気体分子運動論で解釈しているのかと。などなど多くの事を物理学は教育の場で役立っているのかと。失礼とは思いながらも、愚かな者の戯言と。

電気(R-L)回路の解剖

(2015/09/12)謝罪追記。ここに述べた記事についてやはり間違いであったように思います。原因は電流微分式の解釈(三角関数の微分計算)に有ります。お読み頂いた方に誤った解説を示したことをお詫びいたします。ご勘弁下さい。今少しその考えた過程を自己分析し、その結果を示したいので猶予願います。済みませんでした。電気工学の微分計算問答の冒頭に(2015/09/13)追記として、幼稚な誤りの原因を記しました。以下の誤りの記事もそのまま恥ずかしい記事として、削除として残しておきます。

電気工学は科学技術を支える大きな分野を担ってきた。特に電力部門は送配電系統によって、生活のエネルギー源供給の基幹産業としての役割を果たした。電気工学を習得するには、電気交流回路解析が必須と成る。しかし、今その基礎解析の論理的手法、計算手法が自分には理解できない迷い道に入り込んでしまった。回路解析の手法を解剖してみよう。
R-L回路 迷い道を彷徨う技術者のはしくれが『回路解析論』を解剖しようと試みる。交流回路の最も基本の回路がR-L回路だ。

R-L回路と時定数R-L回路と時定数

R-L回路を取り上げ、その電気工学の解析手法を解剖しよう。折角破棄した物理概念の『電流』と『電圧』を使わなければ解析手法の解剖も出来ない己の無能さを曝すけれども、目をつむって御勘弁ください。①に示した回路図も少し観方を変えて、単位を『次元』で書き記した。電気回路解析も、最近は電源が太陽光発電等になり、また負荷もインバーター制御される電気製品が増え、正弦波解析だけで対応できない傾向になっているのではないかと思う。しかし、教科書では正弦波解析しか指導法が無いのではないかと考えれば、正弦波解析でも御勘弁いただきたい。『温故知新』の諺にあやかって、その中から新しい解釈法に辿り着ければ有り難いと思う。

ベクトル図 回路解析の基本手法はベクトル図による解釈が基本になっている。②に一例を示した。相当インダクタンスLの値が大きい場合で、実際の回路条件と異なる図で申し訳ない。このベクトル図の電圧関係の直角三角形表現が、どんな意味を表現したものであるかが問題となる。回路の力率cosθの角度θの意味を解剖してみよう。ここから先に書き記すことは、自分自身の過去の電気技術者としての認識を否定することになる。回路インピーダンスはZ=R+jωL と複素表現で認識する。虚数記号j を用いる。本当はこの虚数表現が、言ってはいけないと思うが大嫌いなのである。ベクトルE=E_r+E_l  の直角三角形表現は正弦波であれば、正しかろう。その訳はRとLの時定数T=L/R [(HF)^(1/2)]=[s] の正接tanが角度θの基を決めると解釈できるから。

時定数と位相位相と時定数 (注意)di(t)/dt の波形は電流に見えるが、次元は[(J/H)^1/2^/(HF)^1/2^]で、[A/s]=[V/H]である。(訂正)上の図の電流i(t)が零点での時間表記で、T=L/Rは誤りである。Tは時間の次元でありながら、時間の物理的意味を持たない。電気回路の角周波数ωの意味は?に指摘した。

電流を公開した。その内容の結果責任に、とても恐ろしく迷いながら過微分di(t)/dt ③図に示した電流微分の解釈。三角関数の数学公式に従わない微分計算式を提示した。数学等の理屈は好きであるが、歴史に認められて来た三角関数の微分公式に疑念を呈する等、専門家でない素人にとっては、歴史的重圧に潰されそうであった。夜中の『便哲』という不図した思い付きに安堵を得た。そこで、続きのこの記事を図面で投稿することにした。結論は、数学の三角関数微分公式が電気工学に役に立たないことが明らかになった。それが上の③図に示した結論である。電気工学のベクトル図は回路インピーダンスZ=R+jωL [Ω]の角速度ωが不可欠で理論付されて来た。それを否定する事がどんなに恐ろしいことかは、電気工学に携わってきた方々にはお分かりいただけよう電気主任技術者の回路解析理論も全てが怪しくなる訳であるから。自分が恐ろしいのである。感覚的僅かな疑念を取上げて論じ始める冒険の自己流論考が恐ろしい。結論の出る前から始めて、後から自分を追い詰めるやり方が恐ろしい。今回は運良く収まりそうなので、記事を公開しながら書きすすめて行く。そのヒントは、e(t)=Ri(t)+Ldi(t)/dt の数値が成り立つことを確認できたことである。

R-L回路計算 計算式から電気工学の回路計算を解剖してみよう。

R-L回路の計算R-L回路計算伝統解釈法の否定削除

次元の『問答』削除

ベクトル図表現の合理性は上の次元問答の解釈に掛かっている(この部分も削除)。

先ずは次元問題を解決しておこう。次元矛盾の解答次元矛盾の解 次にベクトル表現の意味を解剖したい。

4次元空間ベクトル 先程出来上がったベクトル図。

四次元空間ベクトル4次元ベクトル(実在空間でなく抽象的仮想空間)

3次元空間に時間をも導入した4次元ベクトルである。リアクトルの電圧ベクトルElを虚数記号jを使わないで表現したかった。その結果が上の図である。定常状態であれば、電圧、電流のベクトルが三角形を保ったまま、回転角速度で時間tに連れて回転する意味の図である。電圧ベクトルの直角三角形の関係が決してEl=jωLのようなω倍ではない事を指摘した点が重要な論点である。電気工学の微分計算問答の具体的解答でもある

電気工学の微分計算問答

(2015/09/13)追記。 幼稚な誤り記事を訂正します。次の図を基に考えてみます。

三角関数の微分三角関数の微分

単純な事例として、一周期の時間が1秒の正弦波を考える。こんな単純な事例を考えなければ良く分からなかったという頭の悪さを曝す。角周波数ω=2π(rad./s)となり、図の太線で表される。時間表記で、y(t)= sin ωt また角度表記でY(θ)= sin θ と二つの関数表記で表される。それを微分してみよう。同じ図形波の波形を時間で微分するか、角度で微分するかで結果が異なると言う意味を示した。当たり前だとおっしゃるとは思いますが、自分には理解していなかった意味である。①の時刻t=0 角度θ=0点と、②の時刻t=0.1(s) 、角度θ=0.2π(rad.) での微分結果を求める。写真074計算例

波形を見て、時間幅と角度幅で関数値の変化分は同じと考えたことに間違いの元があった。お恥ずかしい限りです。

(2015/09/12)謝罪追記。 やはりとんでもない間違いを書いたようです。お読みいただいて、理解に混乱を与えたら、本当に申し訳ございません。ご勘弁下さい。三角関数の微分計算問題で、、こんな幼稚で、恥ずかしい間違いを記事にした事をお詫びいたします。この誤りに至った自己分析をしております。下記の記事は間違いのまま愚かさを残します。間違いでしたので、もし読まれても勘違いなさいません様に願います。

一体どうなっているのだ。自分が恐ろしい。電気工学の解析理論は科学技術の根本を支えて来た計算根拠である。複素関数の応用である、ベクトル解析理論の論拠でもある。縦横無尽に活用する三角関数の微分計算が『問答』の主題になるとは?『第二種電気主任技術者免許状』をかけなければならない程の覚悟が要求される『問答』提起である。 三角関数の微分三角関数微分 数学の基本である三角関数の微分計算の一例を示した。数学は世界の共通解釈論になっている筈だ。だから、その応用として各分野で利用できると認識していた。数学は純粋理論と。筆者も電気工学に関しては相当の経験を積み、その解釈に間違いがあるとは思いもよらなかった電気工学と微分計算微分計算問答 電気回路解析では、回路インピーダンス(ベクトル)Z=R+jωL のように、虚数によるリアクタンス表現が基本になっている。ωが曲者である。世界の現代物理学理論に対して、その基本概念を否定する論考を積み上げて来た。しかし、電気工学については、それ程の疑念は持っていなかった。しかし、後期高齢者と日本政府が定義する高齢になってから、こんな電気工学解釈論・自己論拠を否定するとは何と皮肉か。何故こんな疑念を抱くに至ったかは簡単にご理解頂けまい。現在、電気の眞相として、電気現象をまとめている過程で、きゅうに疑念が浮かび上がるのである。感覚を刺激するのである。電気の眞相(3)-R-L回路-として取り上げたい電気(R-L)回路の解剖として纏めた。R-L回路の時定数T=L/R[(HF)^1/2^]に関係する視点が必要。 波形の微分問題 次のような波形表記をする。電流i(t)の時間微分の波形を描いてください微分問題正弦波微分

電気の眞相(1)-電気エネルギーとは何か-

今電気理論の本当の姿を捉えたくて、「線路電圧」の物理的意味を考えている。その為には先ず「電気エネルギー」という物理量を明らかにしなければならないと考えた。(1)として電気エネルギーとは何かを解説しておきたい。その上で「線路電圧」を(2)として取り上げる。
電荷も電流も電圧も、それらは「電気エネルギー」ではない。我々が利用するのは「電気エネルギー」である。電圧や電流がどのようであろうと、決して「電気エネルギー」ではないのだ。使っているのは「電気エネルギー」で、それが実在する物理量なのである。電気エネルギーを科学理論としても、人間の感覚的に納得できるものでなければ、やはり理論が怪しいと考えなければならない。電圧や電流が欲しい訳ではなく、『熱源』、『光源』としてのエネルギーを使っているのである。「電気エネルギー」を感覚的に捉えられるかどうかが、全ての人に求められている事である。
毎朝コーヒーを沸かしながら気掛かりがあった。その電気器具は割合小型である。しかしワット数は大きいものもあり、200W ~1000Wと様々だ。コヒーが湧いた後の電力が気掛かりだった。電流測定(クランプメーター)用の用具を自作した(電気用品取締法に触れるが、こっそり自分用ならと)。コーヒーメーカーの容量が650Wとある。クランプメーターの指示値は5.6A  であった。普通なら、6.5A以上の電流値の筈だが、ちょっと数値が合わない。水を入れて試験をしたら、湧きあがってからは電源が切れるので一安心した。しかし頻繁にスイッチのオン・オフが繰り返される。保温動作である。以上のコーヒー沸かし器の動作確認は余談である。クランプ用電流測定器具クランプ用器具 単純な器具だが、端子の結線には電気工事士技術が要求される。

電気エネルギーは実在物理量 コーヒー沸かし器の熱は実在する物理量である。しかし、「電気エネルギー」は本当に実在物理量と感覚的に捉えているだろうか。それは、電気理論では電圧、電流あるいは電力という電気の専門用語で解釈されるから、「電気エネルギー」が電圧と電流が無いと計算も出来ないため、何となく物理的実在量と感じないのではないかと危惧する。理論で学習することも大事ではあるが、実在する物理量を感覚的に捉えられない場合は、理論で思考の闇の中に入り込む危険がある。その考察に絵図を示す。

電気と熱エネルギー電気と熱エネルギー

コーヒー沸かし器は熱源である。何を使うかと言えば、電気のエネルギーであるが、電圧でも電流でもなく、電気エネルギーという『熱エネルギー』なのである。ヒーターは微弱な「電気エネルギー」の流れ込むモノを貯蔵して抵抗体の中に蓄積することで、熱い温度まで高めるだけなのである。上の絵図の②の100V 配線から『熱エネルギー』と同じものである「電気エネルギー」を受け取るのである。「電気エネルギー」も『熱エネルギー』も『エネルギー』の本質に違い等全く無いのである。それを図に示した。配電線(power line) から流れ込む「電気エネルギー」の電線路の分布量は1m当たり、光速度(毎秒30万キロメートル)で流入するから、650÷30万㎞=2.1μジュール(線路1m当たり)の微弱な「電気エネルギー」の流れでしかない。光の速度で流れ込むから、微弱でも1秒間には大きなエネルギーの流れになるのである。こんな学術的には詰まらない話であっても、今までの理論で難しいと思っていた内容も、噛み砕けば何と分かり易いかという意味で大切である。市民が理解する本当の自然の仕組みという意味で。電線路の『エネルギー』の光速度伝播は生活電気と『光速度』にも記した。

(2020/10/03) 追記。以下の部分について、その当時はまだ曖昧なものであった。漸く今ハッキリしてきた。それが、エネルギーが電圧・電流 (2020/10/10) 。(2018/11/26)追記。上に述べた、2.1[μJ/m]の線路分布エネルギーがコーヒー器具に流入するという意味について少し付け加えておきたい。電線路には100vの交流電圧が印加されている。厳密には電源と負荷の間では電線路の配線の距離がある。電気エネルギーは電圧と言う技術概念で計測する電線路空間に分布する量である。電源の電圧と負荷の電圧がやはり光速度の伝播の支配下に在るから、厳密に同じ訳ではない。その線路エネルギー分布も電源と負荷端では異なる。しかしその差を検証する方法は難しい。光速度伝播以上の検証信号伝送は無理であるから。さて、その電圧と言う線路エネルギー分布が負荷が有る無しに関わらず常に存在する訳であるから、負荷に供給される電気エネルギーはわざわざその負荷の為に電源からエネルギーを光速度で伝送する必要はない。電線路電圧と言うエネルギーの線路貯蔵分が在る。その負荷端の分布エネルギーの内負荷が要求する分だけ、負荷がエネルギーを吸収するのである。その結果として、その負荷端のエネルギー分布に欠損が生じ、電圧降下として電線路の歪みになりその欠陥を修復すべきエネルギー分布平衡を光速度で電源側まで補うエネルギー要求が伝わる。2.1[μJ/m]と言う意味はそのようなことを含んでいるのであるから、厳密にそのコーヒーメーカーの為に電源から電圧分布と別に流れ込むという意味ではない。以上追記。

共振現象を問う

不思議は汲めども尽きることなし。

(2021/11/16)追記。回路定数と周期の関係。以下の記事も誤りであった。

一周期 T=4√(LC) [s]

と結論付ける。T=2π√(LC) ではなく、T=4√(LC) [s=(HF)^1/2^] であった。

以上追記。

電気現象の事なら、少しは専門的に詳しく理解している心算でいたが、今日改めて自分の誤解に気付く有様である。はっきり間違いと言えるのは共振角周波数ω=1/√(LC)の式である。係数2πが間違いである。更に踏み込むと、そこには自分との精神的葛藤の基が潜んでいる。恐ろしいのである。電気回路の共振現象をファイルに纏めてみた。

共振回路について共振回路

誤りに気付く。

共振周波数とは何か共振角周波数

エネルギーと周期

共振現象の周期とはエネルギー波

エネルギーの周期を決めるもの

周期は何が決めるかエネルギー共鳴周期

恐ろしいのは最後のファイル④の(6)式である。科学常識を覆すには覚悟がいる。実験が出来ない不安。

『発見と創造ー科学のすすめー』を手元に

初版第三刷(昭和62年)をいつも手元において、自分の科学的感性の方向が誤っていないかと自問自答の頼りにしてきた本である。

SEEDS OF DISCOVERY発見と創造

この本の原著者、W.I.B.Beveridge の卓越した科学研究に対する洞察力には頭が下がる思いでいる。長いことこの本に支えられて、続いて来れたような気もする。自分の思いを的確に表現しているから、その精神的な拠り所にもなっていた。8.素晴らしき新世界(p.155)の5つの研究者の特性はおもしろい。昨日「量子力学」とは何か?の記事を見たら、そこにこの本の事に触れた部分があった。少し量子力学について記しておきたい事がある。上に記事の、150MHzの電磁波で直管蛍光灯が部分点灯する放射現象は量子力学理論では説明が付かない現象と思う。この事は以前から疑問であったので、長岡工業高等専門学校での助教授申請の研究業績の一つに挙げていた。波長2mの電磁波が蛍光灯を点灯するのである。教えた経験も無い電気磁気学を突然教える羽目になった頃のことであれば、もう物理学全体の理論に何らかの疑念を抱いていたのだろうとも思える。今自分の頭の中では、本当に困った状況にある。物理学理論のほとんどが(生命科学や情報技術等科学技術の実用的な面でのことではなく、教育現場での大学教育をはじめすべての教科書の、大仰な大理論という理論の中味が怪しい内容だと言う意味で)、自然科学の科学研究の求める真髄と言えるかとの疑いしか見えないのである。こんなことになった原点は何かと考えても、工業高等学校での実験棟のうす寒い中での半導体回路実験を通してのエネルギー感覚一つしか思い浮かばない。それと、人生全てが人には迷惑な存在でありながら、全くそのことに気付かない勝手気儘な言ってみれば典型的な『アスペルがー』と言える社会的に協調性の欠落した独自性が今日まで続いて来たと思える。常識的世間に従わない性格が、科学常識をも破壊する原動力となって来たことは間違いない。所謂社会の『逸脱者』と看做される危険と現実の狭間に生きて来た。ここまで来るのに、自分が反省しながらも社会常識に与する訳にはいかなかった。自分の愚かさを知り、『大愚』とは良寛さんが使った雅号だから、『小愚』くらいを使えばよろしいかとも。