知識と真理

人生は修行の連続だ。小学校入学から、様々の事を学習しながら、多くの知識を習得する。それは人が生きるに役立つ筈だ。社会に貢献するには知識を基に職業の能力を磨いて育つ。それが成長と受け止めて、努力する。筆者も過去にはそう思っていた。しかし今老境に入って、世界を見る観方が変わってしまった。仕事も無い長い闇の世界で過ごしてきた。役立つと思った知識がことごとくうたかたのように消えてしまう寂しさと過去と異なる不思議な世界が見えて来た。筆者が思い描く知識とは、殆ど自然科学理論に限定しているのかもしれない。

知識と真理

そんな心境を筆字にした。脳と心、頭と心と言ってもその区別がつかない。人が生きるとは何をその評価基準にするのか。人生を豊かにするとは、人との繋がりを豊かにする事かも知れないし、特別の優れた技術で社会貢献できる豊かさであるかも知れない。その時知識がどんな役割を果たすかを考えて見て、どんな印象に纏められるだろうか。こんな事は言いたくないが、大学の学問の意味を問い直して欲しい。特に科学技術に程遠い理学関係及び教育分野で。『電荷』の意味を問い直して欲しい。『基礎科学』とは何だろう 

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