月別アーカイブ: 2014年6月

長岡工業高等専門学校の暗闇

ここまで生きた目的 それは『電荷』否定への道であったと言っても良い。『電荷』否定は科学理論の全否定に近い意味であろう。科学が現代社会を支えているから、社会の否定とさえとられる。日本政府に、戦後処理の裏世界での闇に葬られ、排除された人生であった。御蔭さまで昭和55年長岡技術科学大学に転勤・転入でなく、前職歴なしの助手職でお邪魔虫となり、その人生の意味を学習する機会を与えてもらった。長岡技術科学大学の話は上の『電荷』否定への道に記した。長岡工業高等専門学校の話で、忘れていた事を思い出したので、この記事を書く。『電荷』否定は科学理論を根底から解剖して、市民の目線で分るように解き明かす事と悟る思いに今ある。人生を掛ける価値が有ったと。

断崖の道 昭和61年9月からが大きな暗黒の世界になった。高専2年目の8月初め、長岡技術科学大学で電気学会電力技術部門の研究会があった。そこで、「空間瞬時ベクトル解析法と交直変換器への適用」の論文資料を発表した。自分の人生は崖っぷちを歩いて来たと改めて思う。恐ろしい道を歩いていたのだと。この研究資料の発表がなかったら、恐らくそこで埋没していたのだと今頃気付いた。この研究資料の重要なデータは、高専の卒研の学生に手伝ってもらって、シミュレーションで過渡現象の計算結果を出してもらった。それは前年の4年生に『数値解析』の科目担当で、計算の過渡現象の手法(フォートランで、過渡現象解析のための微分方程式の解法で、ルンゲクッタ法だけは出来たから)を教えていたから出来たことであった。『数値解析』などコンピュータの操作も出来ずに、よく知らない自分が授業担当できるとは、思っていなかったのだと思う。だからそれだけでも、高専で潰れると『邪魔者は消せ』の日本政府、大学および高専関係者には見えたと思う。しかしコンピュータの操作など今でも良く出来ないのに、学生が良く授業をこなしてくれたと思っている。その御蔭で、研究会の資料を簡単(1週間位で)にシュミレーション結果を出してくれたのだ。高専の教官や学生の卒業生名簿も一度も見ていないから、手元に無いので名前も忘れてしまい、失礼してしまった。

暗黒の世界で殺害危機と生命保全対策 5月、7月および9月に留めの生命の危機を何とか感じとり逃れる事ができた。そこからは食べ物、飲み物すべてに厳重な危機管理の手立てを採った。《観世》と薄紙に筆書きし、南京錠を3個ほど用意し、金属工具箱の鍵掛けに使う。その錠前のカギ穴に《観世》の文字の紙をさらに細く切り、それを張り付けて毎日3個の錠前を(鍵屋が出入りしていたから)準備して学校に行った。一度開ければ二度とは使わない。その工具箱で食品を管理した。3月31日まで1日も欠かさずの対策であった。そんな蔭の秘策をその後誰にも話すことなど出来なかった。そんなことは誰にも理解されないから。筆者も自分がそんな目に合う理由が見当たらなければ、対策の取りようがないから。舞鶴鎮守府の香取丸など、その後10年経ってはじめて辿り着いた『殺害原因』がそこに在ると知る事になったのだから。暗闇の世界が魑魅魍魎に相応しいものと知る。

電気科教官集会室の暗闇 9月からと思うが、電気科事務室が真っ暗闇で、誰もその部屋を使わないようになた。事務連絡もその部屋の通知入れのケースを使うのだが、真っ暗闇で誰も入らないような部屋になった。何故かも聞くだけの感情も無く、四面楚歌の単独の闇の旅の学校となる。10月長岡技術科学大学での川上正光前学長の講演会を聞きに参加しただけで、大学に顔を出す事も出来ない授業と無視の世界での孤独な2年間であり、最後がその厳しさの頂点であった。事務室が閉鎖されたような暗闇になり、殆ど連絡の通知が届けられなかったように思える。きっと電気科で教官への通知は筆者には届けないで過ごしたと思う。電気科の学生の成績会議も無く、それを知る事もなかった。12月の末に電気科教官会議が有ったが、中身は殆どないものであったから、別に全て取り計らっていたのだろう。電気科事務室のポストに通知が入らなければ、誰とも口を利かないのだから、どんな行事も知らないで過ごすことになる。

学年後期について この記事を書かなければと思った事が有る。卒業研究生を7人ほど担当していた。しかし、その最後をどう終了したかを全く覚えていないのである。1月末に全科の教官会議が有った。そこで高橋校長が言った話が頭に残った。どうなるかは分らないが、代議士に話を聞いたら、何とかなるだろうと一安心だ。と言うように記憶している。筆者の人事問題とは薄々感じたが、具体的な意味を知る事は出来なかった。代議士とは、当時の中曽根内閣の副官房長官の渡辺秀央と思った。恐らく12月末に何らかの人事問題の処理業務が有り、それが不発で終わったのであろう。12月に校長から呼び出されて、話を聞いたがその意味を理解できなかった。2月になり、技科大の或る教授から高専に電話があった。多分人事問題の事とは思うが、「残念でしたね」と言われた。その意味も知らなかった。その辺の電気科内での連絡通知も何もなかったようで、卒業研究の発表会もいつ行われたかの記憶も無い。相当混乱していたのか、全く記憶がない。多分全ての連絡も遮断されていたのだろう。2月24日に長岡技科大の難波江教授から呼び出しを受けた(既に記す)。3月になって、確認のため、高橋校長に校長室を尋ねて聞いた。星野(技科大から一緒に監視役できた?)事務官を呼んで、長岡技術科学大学から『割愛』の話になっていると、告げられた。意味は分らなかった。3月の中頃かに、全科の教官会議の話を聞いた。人事関係の話が全て出た。しかし筆者については何もなかった。校長にその場で聞いたが答えが無かった。会計課に保険証を3月31日返して、生命保全対策の終わりにしておさらば。4月に校長から自宅あてに教官会議への出席要請の連絡があった。無視した、ただそれだけである。道が閉ざされたのか、美空ひばりの『みだれ髪』の意味なのか。

電気科の送別会? 電気科は羽賀?科長であった。卒業式に第2代の田校長がまだ出席していた。その雰囲気を異様に感じた。卒業式後、卒業生と一緒に街の料理屋(平潟神社付近)に集まり、お酒の出る会が有った。学生は二十歳過ぎだったかな?教官はひな壇に座っていた。筆者だけは学生の居る末席で過ごす。教官とは口も利かない間柄。

素粒子と言うもの

今朝のNHKニュースで『ミューオン』と言う素粒子に因る原子炉事故の溶融原子核燃料を調べる研究の話題が放送されていた。それも研究の一つの大切な事ではあろう。ニュースにも日常に素粒子と言う用語が沢山出て来る。素粒子と言う用語を聞くたびに思う事がある。科学用語で誰もが聞くがその実態がつかめないものに素粒子と言う物理量であろう。専門家が研究対象としている世界の話題の分野である。そんなに多くの世界を構成する根本物質があるだろうか。全ての素粒子の名前を挙げれば、どれ程になるかは分からない程多い。それらの素粒子の或るものは宇宙からやって来る。その素粒子は何かの検出装置で捉えられて、光や実験装置に因る検出信号に変換されるから、その飛来や存在が確認出来るのであろう。その検出信号情報は必ず何らかの過程を経て、捉えたと考える素粒子が、エネルギー変換されて検出されるものに成るからである。その変換信号は捉えた素粒子その物を見る訳ではない。変換された結果の信号は「質量はエネルギーと等価である」と言うエネルギーの有る検出量に変換された結果を見ているのである。だから素粒子が素粒子と言う世界の根源物質ではなく、あるエネルギーの一つの形体物質でしかないのだ。光が何から、どんな素粒子から出来ているかを論じないで、素粒子と言う特別の世界の根源要素があるような「素粒子」と言う専門用語を特別視しない事が大切である。専門的に研究している素粒子研究者が唱える「素粒子」は無限に存在し、世界の根源要素と言う解釈で捉えるべきものではないと考える。

糞烏のいろいろ―犯罪国家―

忘れていた事を突然思い出す。新潟県教育行政の過去と未来―犯罪?-に記す。極秘県知事部局発令主張命令の項の末に記した。怒り心頭に発する。という言葉が当てはまるのか?

いろいろと糞烏が居るものだ。上の話は昭和54年夏の事件だ。昭和55年長岡技術科学大学に移って(辞令には前歴なし・空白で入ったから、移動ではない)から事件のたびに『糞烏』が現れていた。

子供のサッカー大会に、応援で参加したとき『糞烏』が現れたようだ。

昭和62年3月~4月の電気学会全国大会での発表のため、仙台への旅には2人程の『糞烏』が現れた。

同年5月のゴールデンウイークの休暇を利用して、日光・鬼怒川温泉方面に家族旅行をした。その時も『糞烏』が居る気配を感じた。

同年10月8日? 電気学会電磁界理論研究会(EMT-87-106 電磁エネルギーの発生・伝播・反射および吸収に関する考察)、千葉県館山市、国民宿舎にて。糞烏が出没尾行。

昭和63年春。5月の休みに柏崎市米山大橋の米山会館に家族ドライブ。翌日長岡技科大で、難波江章教授がそのドライブの行動を知っているような口振で聞いてきた。今考えると糞烏の雇人か。この時期は昭和62年の5月の間違いであったかも知れない。3月に、朝日新聞で、『ノーベル城のお殿様』と言う漫画が掲載された。4月にはフランスのイブモンタンさんが来日した。もう難波江教授には接触する筈がなかったから。長岡高専の昭和62年2月24日頃、難波江教授に呼び出されて、面会した。約束通り、長岡技術科学大学に戻る覚悟でいたから、それを変えて他の学校に移動させようとの話であった。津端教授にも会えと言われたが断った。そんなことがあって、先行きが見えない事は気掛かりではあったが、約束は果たそうとの覚悟であった。教授に睨まれて立つ瀬が有る訳がない。ここまで、私が生きる事が邪魔であった訳が何故かを知らなかった。ただ美空ひばりの、「川の流れのように」と言う歌が故郷を暗示してはいた。舞鶴鎮守府に繋がる等とは驚き桃の木であった。

昭和63年9月、長岡技術科学大学から雲隠れしてからの事件記事。

  • 昭和63年10月10日頃 電気学会電磁界理論研究会(EMT-88-145 瞬時電磁界理論の実験的検証とその意義)、於:滋賀県近江八幡市琵琶湖湖畔での発表には尾行はなかったようだ。無届の個人的旅程のためか?
  • 不思議な事件(糞烏でない)を経験。自動販売機の100円投入時の電源遮断で、料金強奪。最初の経験は、長岡市釜風呂温泉の通りでのコーヒー自販機。二度目は、夜になって国道117号線、長野県野沢温泉付近かと思うが、やはりコーヒー自販機で、のどが渇いたので100円投入したら電源遮断され、100円戻らず。この時は、長岡技科大の職員の車が2台程、尾行していた。それまでもいつも尾行していたようだ。自動販売機の遮断原因は、想像の域を出ないが飛行機からの何らかの信号操作か?不思議と言うより脅しの策略か?この二度の自販機事件は今でも話したくない、理解できない事だ。
  • 長岡技術科学大学職員の尾行。車で雲隠れする度に、尾行していた。

日本犯罪国家。

知識と真理

人生は修行の連続だ。小学校入学から、様々の事を学習しながら、多くの知識を習得する。それは人が生きるに役立つ筈だ。社会に貢献するには知識を基に職業の能力を磨いて育つ。それが成長と受け止めて、努力する。筆者も過去にはそう思っていた。しかし今老境に入って、世界を見る観方が変わってしまった。仕事も無い長い闇の世界で過ごしてきた。役立つと思った知識がことごとくうたかたのように消えてしまう寂しさと過去と異なる不思議な世界が見えて来た。筆者が思い描く知識とは、殆ど自然科学理論に限定しているのかもしれない。

知識と真理

そんな心境を筆字にした。脳と心、頭と心と言ってもその区別がつかない。人が生きるとは何をその評価基準にするのか。人生を豊かにするとは、人との繋がりを豊かにする事かも知れないし、特別の優れた技術で社会貢献できる豊かさであるかも知れない。その時知識がどんな役割を果たすかを考えて見て、どんな印象に纏められるだろうか。こんな事は言いたくないが、大学の学問の意味を問い直して欲しい。特に科学技術に程遠い理学関係及び教育分野で。『電荷』の意味を問い直して欲しい。『基礎科学』とは何だろう 

地震発生の原因

地震は地球の生き様である。地震が無くなった時には、地球は死の星になる。熱く生きた星ではなくなるのだ。余りにも地震関係学者の専門的学識・認識と異なるので、専門家の誤りを正しておかなければならない思いで書く。

地球の核 検索によれば、核コアは300万気圧で6000°c程度とでている。その値が正しいかどうかは全く分からない。確認する科学的実験の証明法が無い。学説で示す数値については、その根拠が不明だから当てに成らない。ただ高温の高圧の液状だとは考えたい。液状とは流動的な状態である。ただ、その核の意味を高エネルギーで、暗黒の灼熱の坩堝(ルツボ)と解釈する。検索すると、どうしてそんな認識をするのか信じられない専門家の解釈がある。赤く光輝く色で捉えているようだ。しかし、色が見えるという事はその物体が光を放つ空間に存在するからである。密閉されて、どこにも空間の隙間が無ければ、光を放射する余地が無い。光・熱が放射されなければ、それは暗黒である。地球の中心の核は暗黒で、灼熱の坩堝である。赤く見えると考える人は、その核が光を放つ空間の中に浮いて存在していると考えているのだろう。空間が無ければ暗黒である。何万度の高温度であっても暗黒である。地球核と地殻運動

核と地殻運動 地球内部を監察できないから、想像の絵図を描いてみる。地球の一部カットした内部を描いてみた。内部は地殻も闇黒であるから表現のしようがない。それでは意味がないから、すこし色付けして表した。内部は当然複雑な層を成しているだろう。マントル、コアあるいはプルーム等と言うらしい。マグマは核の熔流体が地表側に噴出して途中に溜る物に対しての用語と解釈する。それを赤く表現すれば、分かり易くなるが、検索での解釈が高温で光輝くと示されているので、それは誤りだと言うことを強調する為、敢えて薄黒く描いた。マグマが地球の表面の火山などから噴出する時に初めて赤く光を放って見えるのである。その火山の様子を一つ示した。光の放射余地空間が無ければ、マグマも暗黒である。その感覚的捉え方が、物理現象を理解するに最も大切な事である。ここに示した絵図は何の科学的根拠をもって示した訳ではないが、地球内部には多くの地殻の断層があり、その動きが地球そのものの生命活動であると認識している。その意味を図にした。『学問は頭で学んではいけない。心で捉えるのだ』。頭で勉強すると、業界論理に染まる頭脳に成る。一度叩き込んだ学習内容は間違いと気付くのが困難である。語学や算盤・暗算計算などはその限りではなく、早くから鍛えれば脳に良いのだろう。身体能力も同じく鍛える事が良かろう。しかし、頭で学習する『自然科学』においては極めて怪しいと考える。科学技術としての範囲に限定したものであれば、宇宙の真理等と『電荷』概念を唱える過ちもしなかろう。兎に角「理学」が怪しい。少し余談に過ぎたか?さて、地震や津波の解釈で、プレーとの滑り込みと言う現象が取り上げられる。その地殻の移動は何故起こるのだろうか?地球は何故そんな運動をするのだろうか。地球に聞いて確かめないと本当は分からない。専門家はどのようにその訳を認識しているのか。ここからはあくまでも筆者の推測である。それは地球が生きる為であると。地球が生きるとはどのような事かと言えば、この今の様な生命の溢れた生きる姿を保持する為であると。月はもう生命が燃えてはいない。何故地球は生命が燃えているのだろうか。核が地球の生命の源であり続けているからだ。核は熱く燃えている。太陽系の太陽が燃えていると同じ意味である。中心がその生命を支えている。地殻運動は核が燃える燃料を得る為である。地球の生命を保持するエネルギー供給機能である。地球の表面で太陽からのエネルギーを質量に変換し、その質量を中心核に運ぶための地球の生命の活動である。地震も津波も全て地球の生命活動の一環でしかない。あらゆる生命はその地球の生命の活動の上に生かされているのだ。以上が筆者の解釈である。

石炭層と原油油田 地下深くに石炭層がある。原油の油田層が海底にも陸地の深い地層にも埋蔵されている。石炭は黒いダイヤと言われ、良質の石炭は黒い岩石のような資質に見える。しかし、それは古生代の森林の巨木が地下に埋もれて、石炭層を形成した過去の地球の足跡・歴史を書き残した歴史の記録である。原油は、古代の古生物・古代動物の化石油と解釈されている。古生代の地球の生物体系は現在の貧弱な姿とは比べようもない生命の爆発状態であったと推測している。その地表の生命がどのような仕組みで、地下深くに埋もれて、その層を作る事に成ったかを地層・地球内部に関する知見を解く専門家はそれらの石炭層・石油層の構成機構についても明確な認識を示す必要があろう。石炭層がどのような規模でどの程度の深さに在るか確認して、何故その場所でそのような層に成ったかを示さなければ、プレーとの滑り込みと言うだけでは、その専門性は信頼できる合理性に欠けるのではなかろうか。自然科学は広い見識なしに狭い分野での学説はもう役に立たない緊急な事態に来ているのだ。どんな断層解析でも石炭層の生まれる由来を示さなければ、信頼できない。相当広い範囲での地表・地層の断裂陥没がなければ石炭層一つの説明にも繋がらないと考える。それは現代の地球には起きない自然現象だとは言えまい。大規模断裂・陥没が起きた時、それは「想定外」等とは言わせられない。市民が専門家に対する信頼を寄せるだけの広い見識での解説を示して欲しい。狭い専門業界の学説では、「想定外」だけの世界に成る。

地震と陥没 地震現象は決して地殻の歪み蓄積による反動の跳ね上がりなどではない。あくまでも地球中心への陥没現象である。地殻の回転移動・滑り込みが地球中心への燃料供給の為であるから、地殻内部には常に陥没の空洞が出来る。その空洞・地殻間断裂が地下崩落を引き起す。その崩落の規模が地震のマグニチュードとして評価している大きさを示す量である。その震源が海底の地殻の断層付近に起きると、大きな海底断裂になり、巨大津波を引き起す原因となる場合に繋がる。

巨大津波 上に述べた、海底亀裂の規模の大きさにより、巨大津波がいつでも発生する可能性があると認識すべきだ。いやしくも歪みによる跳ね上がりなどと言う誤りの学説は即刻破棄すべきである。東日本大災害時の津波の発生原因として、海底亀裂が見つかったいる。東北地方太平洋地震震源海域に大きな亀裂を確認 に「しんかい6500」の海底亀裂調査結果が公開されている。(余談で、IT検索記事に関する疑問。上の記事も最初の写真が空白の囲み枠で出る。左上隅に〇に\で示される。しかし写真は見えない。ところが、「海底亀裂」の用語で検索すると、その写真は表示される。)

関連記事 大津波の発生原因を探る 、津波(tsunami)を解剖する  地震とは何か にも記してある。

親不知海岸の陥没と柏崎刈羽原発の危険性

原子力発電所が全国に設置されてしまった。この地震地帯の日本列島に。世界最大の原子力発電所が新潟県柏崎刈羽にある。専門家の活断層調査をテレビ映像で見ると、僅かな深さの地表の状態を調べているだけであるようだ。ボウリング調査しても、活断層の様子は調べられない。津波の上陸地点はボウリングに因ってもある程度推定はできるが、海底の活断層の調査は出来ない。海底陥没が巨大津波の原因であるという基本認識が地震災害・防災の専門家には無い。こんな危険な科学認識の下で、地震列島での原子力発電等恐ろしい限りである。

原子力防災ガイドブック(長岡市) 原子力防災ガイド・今年2月発行の原子力防災に関する冊子を見て、この記事を書く切っ掛けに成った。この冊子を作り、全戸に配布した訳だが、その意味を理解できない。この冊子が何の役に立つのかが理解できない。

親不知海岸の陥没現象 急峻な絶壁の海岸線は親不知が有名である。福井県の東尋坊も有名な柱状節理の断崖である。柱状節理、板状節理と不思議な陸地が何故発生したかも解けていなかろう。岩石が巨木の化石であると考えるが、その証明は難しい。石の囁き聞こえますか 。東尋坊の断崖で気掛かりな事がある。福井県は恐竜の化石が発見される点で中国・韓国との陸続きであったのではないかと。そこまで太古の地形を思い描けば、日本海での大陸の分断は何が原因かと思い巡らせれば、陸の陥没を思う。その断崖が、いつの時代にどのような状況を原因として出来たかは分からないのであろう。断崖によってその発生形態も様々ではあろうが、急峻な断崖は地層の断裂に因る陥没が原因と想定する。それは断裂に因る陥没以外は考えられない。特に大陸との繋がりが想定される事を考えれば、何故日本列島が分断されたかと、その地球的変動要因を考察する必要がある。何万年、何千万年の地球の地殻変動を検証して示すことなど出来ない。

海底陥没に因る津波 原子力発電所の安全性は、地質学的な断層診断から、その震度に対する耐震性を基本に設計される。しかし、津波に対する対策は防波堤の高さを高くする以外ない。ところが、津波の発生原因を防災の専門家は認識していない。気象庁の解釈さえ海底陥没の力学的津波計算が出来ないのである。例えば、海底4000mに1㎥の真空空間が時間0.1秒間に発生したら、どんなパワーが生じるか?その上部の海水面に対して、どんなエネルギーの影響を及ぼすか?そんな現象を解析しているだろうか。地震がもたらす地表での形状変化は、やはり山崩れや道路・地表面の陥没にその特徴が現れる。それは亀裂として裂け目が発生する。その亀裂の空間体積分は何故生じるのか。どこに行くのか。地球の地下に陥没するからである。そんな単純な現象も、専門家の学説によれば、地殻の滑り込みによる断層での何か摩擦のひずみが蓄積されて、その歪みの開放現象である地震を捉えている。だからその歪み解放として、上部の地殻の跳ね上がりが起きると。その海底の場合の跳ね上がりが津波の原因だという。こんな嘘が専門家の常識的学説なのである。頭で学説を唱えるからこのような噓が罷り通るのだ。水力学の基礎計算が出来ないのじゃないかと疑いたくなる。トリチェリの真空やボイルの法則は知っていても、実際の水の中での感覚が身についていないから、何の役にも立たない学説で生活の糧を得ているように見える。よく水流に実験設備で、波を作る様子をテレビで見せるが、あんな溝の中で波を作っても水力学の実験にお決まりの様子しか見えない。水の底を伝わる圧力エネルギー考えてはいなかろう。水面の現象を見て考えるのは「横波」の間違った理論から来るのである。日本海側の断崖海岸の発生原因が誰もが理解できるような科学的認識を示さない限り、その近辺の原子力発電所の安全性など政府が唱える事は出来ない筈だ。

原子力発電所は民間企業活動事業か その運転の安全性や避難計画を政府が法律で規定するという意味をどのように民間企業活動と認識すれば良いかが理解しにくい。上に挙げた「原子力防災ガイドブック」を各地方行政で作り、原発事故時の住民の安全対策の責任負うとは奇妙な法体制だ。安全を守るのが絶対に保障されなければ、そんな技術は住民の近くに在ってはならないのだ。安全であれば、ガイドブックなど作る誤魔化し行政は不要だ。安全でないなら,住民が避難する様な住む、食べる、活動する全ての自由を奪う科学技術が許される訳はない。福島原発事故が住民の住居を奪う、基本的人権を侵害している事実は、日本国憲法が保障する基本的人権の侵害でなくて何なのか。自然災害の津波による事象とは異なる事犯なのである。人為的な基本的人権侵害なのである。化学工場が爆発する事に因る、住民避難とは異なる事象である。しかも核燃料の廃棄処理にも見通しも無く、その方策も政府が設計し、莫大な政府予算が充てられる。そんな企業活動は民間ではない。全部政府が責任もって取り仕切るか、全く手を引くかでなければならない。原子力村の狢組織の予算分捕りを喜ばせるだけに成っている。基本的に原子力発電は決して安全ではなく、生命を奪う可能性のある危険な科学技術である。どんなに体裁を繕おうと安全性は保障されない。今福島県の避難住民は日本国憲法の保障する基本的人権を侵害されている事実を政府は認識しているのか?誰がその大きな責任を負うのか。新潟県で、ヨウ素剤の未配布問題があるが、何故そんな予算を行政で採らなければならないのか。原発が危険でないなら不要の筈だ。電力会社が全ての安全対策をすべきだ。自然災害とは異なるのだ。

関連記事 地震地とは何か  道草問答(5)津波と真空破壊力  エネルギーで見る世界ー津波ー  津波(tsunami)を解剖する

原子の解剖

原子は小さい。どんなに頭でその姿を描こうとしても描きようが無い。電子顕微鏡でも原子を捉えきれないのだろう。 『電荷』否定への道で自由電子の意味を考えると、原子模型をどう解釈するかに突き当たる。銅の結晶構造も分からず、どうして自由電子が生まれるかの疑問を解きようがない。自由電子の矛盾の示し方が難しい。困って原子の事を考えてみた。原子1つに 物を観測する 電子顕微鏡と言っても、その原理も理解できないので、原子を観測できるという事が理解できない。顕微鏡として物を観測するのに、電子が物に当たって反射する事で観測できるという事の原理が理解できない。光学顕微鏡は、光が物に当たって反射するからその反射光をレンズで拡大(反射光の方向を屈折率により変える結果の目の錯覚を利用するー虚像ー)して、観測するのだと理解できる。電子が負の電荷を付帯した固い粒子とすれば、物に当たって反射しても物の大きさを拡大する観測結果には成らない筈だ。電子もエネルギーの空間的に集約化された雲のようなものとすれば、エネルギーの波として認識出来るから、光の反射現象と同じ空間的なエネルギー屈折現象を利用した観測装置と看做せ、観測の原理を理解できる。光の波長は可視光線なら空間的寸法で、3800Å以上だから、とても原子寸法数Åと比べれば、観測できるものでない事は分かる。それに対して。電子は空間的に原子より小さいかと教科書的には考えられる。電子は、原子の外殻を廻る原子の構成要素というのが教科書的概念だから。その位小さいなら、原子の大きさなら見えても良さそうだが、それは無理だろう。電子が大きさで解釈できる実在性を備えている訳ではないのだから。雲の大きさを計れるかと言うのと同じ意味で。光のエネルギー波が固まりの光子と言うようなものでないのと同じことで、物との相互作用で寸法などは変幻自在に変わるのだ。原子の寸法は幾ら位かという疑念は、市民的疑問として当然誰もが抱くだろうと思う。専門家が其れにきちんと答えられないのが、現代的自然科学論の問題だと思う。気体原子がボイル・シャルルの法則で体積の膨張・収縮をする等と言う解釈は、現代物理学理論には無い。気体分子運動論は、原子は寸法が変化しないという前提で構築されている。原子は石ころのような硬い塊で、その粒子性で捉えるのが基本概念である。酸素原子が膨張収縮する等は物理学論理に反する事に成る。電子顕微鏡でも、電子が雲のように捉えどころがなくて、原子までもが寸法が変わるとなれば、原子を観測する等と言う事は無理である。原子模型 原子模型 筆者は空間的に頭に描けないと考えが進まない。抽象的な高等数学は能力が無く理解を諦めている。だから形を空間に描いて考える習性が脳の経歴的特性に成っていると思う。だから、いい加減でも良いから頼りに成る形を捉えたい。そんなことで、原子模型を描いてみた。あまり教科書的概念に囚われないように適当に形を図にした。全て、原子も電子も『エネルギー』一つで出来ている世界だという基本原則に立っての解釈である。自由に形も変化するのが当たり前と。そんなエネルギーが様々な容量の原子を構成するという多様性の世界の不思議が堪らない魅力に成る。自然の魅力は固定した解釈を超えた無限の多様性にある。地球上の生命の多様性は誰がどうして創造したか等を考えただけで、震えるほどの不思議にひたれる。高校生の時から『共有結合』の意味が理解できずに悩みのタネであった。負の『電荷』同士がクーロン力に反して何故繋がる力に成るかは、現代物理学の人間的矛盾の姿に見える。やっと教科書を信じなくても何とか解釈できるところに辿り着いた。分子結合は原子の磁気結合(エネルギーの回転流間の相互作用)によると認識すれば良いと。そんな思いで描いてみた原子模型図である。原子の外殻を周回運動する電子等は否定する模型である。原子の中心にはエネルギーの高密度の集約状態の核がある。それと原子外殻は同じエネルギー流の磁気的回転流がある。その核と磁気は繋がっている。量子力学の電子のエネルギーレベル変化を運動エネルギーで解釈する方法はいらない。エネルギーが付与されれば、原子はどのようにもエネルギーを貯蔵する。そのエネルギー量が連続的でなく、飛び飛びに安定性を示すと解釈する。それが原子の周期律表の特徴として表れているのだろう。 結合磁気 炭素結合の秘め事 原子と分子の妙 等に原子結合の解釈を記した。エネルギー流の回転流が電子の姿であり、結合の手になると考える。磁界・磁気概念の本質 が基本に成る。

『電荷』否定への道

全てがそこに始まった。『電荷』否定の社会的挑戦の道。昭和60年3月、長岡技術科学大学から不要人材と追放され、4月長岡工業高等専門学校での歓迎されない会での、『何の為に来たのか?』の孤立の戦いに始まった。『中曽根臨時教育審議会』の存在も知らなかった。知ったのは長岡高専から逃げてからの、昭和62年9月、テレビニュース画面に映った中曽根康弘総理大臣の姿を見てからであったと思う。自分がその抹殺対象だ等とは微塵も知らなかった。中曽根総理大臣は海軍主計局に居たと微かなうろ覚えにある。ミズリー号での、『無条件降伏』調印式への日本代表団送迎ボートクルーであった父とその後の戦後処理を知っていたかとも考えられる(2014/6/2 これは今考える想像の話である)。このゴムボートによる送迎の映像は隠されてしまった為もう見られないのかも知れない。そこに戦争の意味が示されているが、教育には生かされないのが残念である。戦争の実情を教育に生かせず、隠している。私は何者でしょう(3)故郷貝野村と舞鶴鎮守府 に関連。社会的な絆を持とうと社会に関わると、裏方で怪しい雰囲気に苛まれて来た。理由は分からないが、存在を否定されているように思える。そんな具体的な事件が起きた。私は偽物か の様な事がいつも有ったようだ。『電荷』否定への道は遠かった訳だ。

信じられない疑念事件 高専での4月始業後の最初の授業で感じた違和感。5年生の卒業研究のテーマを決める説明オリエンテーションの時間であった。何か廊下に人の気配を感じたが、見た時には誰もいなかった。相当ザワザワした雰囲気があった。その後相当経ってから、教室授業(4年生電磁気学)が盗聴されているのだと確信するようになった。翌年の4月から、電気科4年生の教室が変更に成った。今まで一度もそのような教室が変わる事はなかったらしい。それは、廊下側に窓が無かったのが、新しい教室は廊下から良く見える部屋に成った。何月だったかは定かでないが、ある日明らかに教室の授業内容・黒板の板書を写真に撮って行ったことを確認した。写真を採るには、窓が無い教室では巧くないからの教室変更だったのだ。写真に撮ったのは、丁度アンペアの法則を、直線導体からの距離に対する磁場分布を計算していた内容である。微分演算rotによる解釈をして示していた内容だった。きっとそんな計算をした事が無い人達であっただろう。

孤立無援の精神的緊張 電気磁気学授業内容を準備するに、特別に意識が研ぎ澄まされていたのだろう。皆当たり前の『電気の法則』が全て吟味対象となっていたと思う。『アンペアの法則』『ファラディの法則』を矛盾に感じ始めたのが全ての始まりに成った。創造は深い傷から生まれる(斎藤進六先生の言葉)。精神的緊張感が『電荷』否定への確信を生んだ。教科書的の電気理論は理屈に耐えるものでない事を確信した。しかし、大学の教授陣や電気の先生に話をしても、誰もチンプンカンプンで、何の疑問も持っていない事だけは確認できた。そんな中での理屈の組み立ての戦いをどうするかも、全く先が見えなかった。全くの無鉄砲の中に立たされたと感じた。真剣に考えれば考えるほど、未知の矛盾と立ちはだかる壁が増えるだけであった。中でもアインシュタインの『特殊相対性理論』の不可解な論理には頭が混乱する程悩まされる壁であった。専門の解説書を読めば読む程、難解な論理で覆われている。たった光の速度の意味がそんなに複雑な瞑想の世界を理解しなければならないのかという混乱。ミンコフスキーの光空間もその混乱の最たる原因である。今になれば、みんなまったくの無意味が綴られているだけであると言えるのだが。周りを全て無視して進むよりほかに道はなかった。それが『電荷』否定の道であった。無法松も、無鉄砲も何でも御座れの道しかなかった。科学と人間 自然科学と人間性 人間とはどこに自然の真理を求めている等と言えるのだろうか。人間程自然の実相からかけ離れた自然の生命の容は無いのじゃなころうか。この自然界が生んだ人間であるにも拘らず。他の動植物を見て、どこに人間程真理、純粋、真剣さから掛け離れた存在があるだろうか。裏と表の両面性の人間。みんな真剣な一直線に生きている。人間程、特別に裏の世界が大きい生き物は無い。矛盾をあたかも正義のように繕う人間。原子力に『爆弾』も『発電所』もみんな社会的正義のように振る舞う人間。人間の自然科学性を研究対象とするのも必要かもしれない。こんな論も『禪』からの道かもしれない。日本から発信の世界に向けた東洋哲学的自然観。

コイル磁場とアンペアの法則 コイルの磁気導線に電流I[A]が流れているという。その導線の周りの磁界H[A/m]を周回積分すると、電流に等しくなる。2πrH=I がその数式表現である。導線をコイル状に巻いても、そのコイル導体の周りには同じように関係する数式が成り立とう。 この関係は以前の記事ファラディ電磁誘導則・アンペア周回積分則の物理学的矛盾に示した図版⑥にある。その原図を載せておく。アンペア周回積分則と・ その図版⑥のコイル周りの磁気をエネルギー流として解釈すべきとして示した。コイル磁場の断面図②と平面図③にエネルギー流を示した。図①の磁束Φなどは物理的には決して存在しない。あくまでも人間の仮想的な解釈概念でしかない。ここで、コイルを採り挙げてアンペアの法則の意味を考えてみよう。何故コイルかと言えば、コイルの外側out side の部分には磁界が無い。もしアンペアの法則が正しいなら、コイルの周りには外側であろうと内側であろうと、コイル導体に対して、同じく磁界が無ければならない筈だ。もし電流が導体の中を流れるものであり、その電流が空間的な遠隔点に磁界を作りだす超能力を持つと仮定できるなら、当然コイルの外側にも磁界が出来なければならない筈だ。コイルの外側に磁界が出来ない訳を誰も説明できないのである。誰もが説明できない訳は磁束も電流も人間が仮想的に解釈法として考えだした仮想的物理量でしかないからである。自然界の電気現象には、電流も磁束も無いのだ。だからコイルの外側に磁界が何故出来ないかを説明できないのだ。結局、導体の周りにはエネルギーが流れているので、そのエネルギー流と磁石のコンパスのエネルギー流との間で相互作用が生じて、エネルギー流間の近接作用力による力の働きが観測されるのである。その磁石にかかる力を電気現象では電流と磁界と言う捉え方で認識している。アンペアの周回積分則が直線導体ではなんとなく解釈に便利であるかも知れないが、少し変わったコイル導体などになると、説明に矛盾が生じる。説明が出来ないのは、元々の電磁気量の概念に矛盾があるからなのである。このような説明は、なかなか科学論としては異端の論に成り、認められないのが実情だ。普通は科学論は数式に依り如何にも原理的であるが如き解説でなされ、こんな科学概念の否定という論法は殆ど科学論には成らないのである。しかし自然の本質を見極めるには、数学的抽象論など余り役立つとは思わない。例えば、アンペアの法則でも、その式が表す意味を実際に計ろうとしても決して実験的に計れるものではない。空間の磁界を測定するには、例えば磁針を空間に持ち込めば、その測定対象の磁界を乱してしまうから、測定値が狂うのである。光の空間伝播量の瞬時値が計れないのと同じで、磁界の数量が計れる訳が無いのである。だからアンペアの法則も、電気回路現象を理解する一つの方策として、こんな数式で解釈したら良いだろう位の事なのである。アンペアの法則が自然現象の本質だ等と考えるのは間違っている。磁界などを計っているのではなく、エネルギーの光速度流のあるいは近光速度流間の相互作用を捉えて技術的に測定方法を確立したという事である。あくまでも磁界や磁束と言う仮想概念が本当に実在する物理量である訳ではない。ここまでの話で、電流が本当は流れる等と考える事が物理的に矛盾していると確信したのが、昭和62年8月である。電流を切り捨てる。自分が長い間回路解析で最大に信じていた電流を、その基本概念を切り捨てなければならない羽目に成ったのだ。自分を斬ると同じ踏み絵であった。『電荷』否定の実験的検証がその電流切り捨てを後押しした。その時点まで、『電荷』の概念が怪しいと睨んで、考え続けていた。『電荷』が怪しく、その否定を確信した実験が昭和61年秋の、高電圧電界内・コンデンサ内の磁場検証実験である。昭和62年電気学会全国大会、仙台市、東北大学での発表『静電界は磁界を伴う』-この実験事実に基づく電磁界の本質ーである。この検証実験に取り組むまでに、考えた事がある。それは地磁気の空間での意味が、それに対して関係する電界とはどのようなものかと言う疑問であった。有名な物理学者・P.A.M.ディラックが唱えたモノポールはその時点で棄却した。その地磁気の変動に対して、空間に直線導体を張ったら、どんな電圧が現れるかと考えた。しかしその電圧は検出する事は出来ない筈と知った。そんな磁界と電界の関係を色々探る思考を重ねた。10月初めに、長岡技術科学大学で、初代学長川上正光先生の講演があった。その時、パワー研で、赤木先生に『電荷』は本当にあるだろうか?と言うような話をした。赤木さんは実験で証明しなければという。すぐ帰って考えたのが高電圧実験での磁界検出であった。十月末の、空が大嵐の日に、高電圧の値を上げて行くと、ロゴウスキー電極間にぶら下げておいた検出用磁針が静かに指示方向を変えるではないか。全くの驚きであったと同時に、しめたと予測の手掛かりに未来が見えた。この自然の神秘を探り出されるのを天が嫌って朝から雷の大嵐に成っていたのかと勘繰りたくなった。自然の神秘を探り当てたと驚愕を感じた。科学技術から掛け離れた物理学の根本の否定と言う、理解されない混乱の発表だった筈だ。『電荷』否定の道のりは、変人・狂人の社会的『逸脱者』と非難されながら、対処する術を知らなかった。それこそ法の範囲を超えざるを得ない道のりである。『電荷』否定の実験の意味を新世界への扉ーコンデンサの磁界ーとして記した。

一言追記しておきたい 静電界中における磁界検出実験に対しては、誰にも理解できない事であったと思う。昭和62年長岡技術科学大学に逃げてから、理学センターの小口武彦教授にゲラ刷りを渡した《高専の方ですか?と言われた、居所の無い身である》や電気系の教授にも話したが相手にされなかった。電気系長石崎彰教授には、『ホール素子』で計ってみたらどうですかと、頓珍漢な返答が返って来た。空気中の光に近いエネルギー流を『ホール素子』で計れると考える話では、議論に成らない。ついでに記す。私は分限免職の処分を受けたらしい。その処分書を見たのは、根本原因が舞鶴鎮守府の軍歴表にある事を知って相当経ってから(平成10年頃?)である。長岡技術科学大学の事務局・庶務課に出向いて、泉職員から手渡されて初めて知った。その中を見ると、昭和63年10月7日?頃、長岡技科大で私に事情聴取をして、処分を決めたという事に成っている。しかしその日は、こっそり無届で、びわ湖湖畔での電磁界研究会で丁度筆者が大量の『写真データ』公開した学会発表の日であった。昭和63年9月技科大から去ったのは、6,7月頃学内の図書館に調べ物をしようと、入館の図書カードで受け付けられず、身分がない事を知らされた。石崎系長に問いただしたら、そんなカードを使ってはならないと、いとも簡単に言われた。じゃ何を使えと言うのか?大学に居てはいけないのだと理解した。

クーロンの法則 物理学で『電荷』が基本概念として、何故社会的にこれ程広く認知されて来たか。筆者が『電荷』否定を唱える事の意味は、自然科学理論の根幹である社会的合意の常識に挑戦する事だったのだ、と改めて怖ろしさを思う。考えてみると、自分のこれと思ったら我慢できない無鉄砲さの社会的には幼稚さと非難される性格が原因には成っていると思う。そんな先行きを考えない行動は今でも非難される事である。自己分析すれば、科学理論に挑戦する事は、社会の反逆者的な批判と無視の憂き目にあう覚悟を持たなければならなかったのだ。しかしそんな思慮深さを持ち合わせていない幼稚さから、今の自分の世界に辿り着いたかと。と同時に、何故人はここまで、『電荷』を世界の基礎として信じて来られたのかと不思議でたまらない。『電荷』が物理学理論でその構成原理として必要とした意味はクーロンの法則である。『電荷』と同時に、否定すべき原因はクーロンの法則にある。距離の長さが法則の『力』の値を決めるという科学的認識に疑問を抱かない、人間の非論理性を考えないでは済まされない問題なのだ。クーロンの法則を斬る に『電荷』否定の論証の為の記事を記した。距離が数学的法則表現の変数である代表例がニュートンの万有引力則である。それもクーロンの法則と同じ意味を持っている。

導体内の自由電子と外部磁界の矛盾 電流概念の原因たる自由電子を取上げてみよう。ここからは時間を置いて記す。金属結晶と自由電子―怒りの科学論―