私は役立たず

今も言われる。何の結果も出せない。人間の皮を被った動物と。確かに世間的には、誰が見てもその通りと思う。私は役に立てないままにある。アベノミクスで、経済が公明党も言う通り、第一の政治目的と。経済的利益に直ちに結びつかない、所謂基礎科学は財政的な支援も後回しになる。その中で、筆者のように、行政が抹殺して来た者が言う事は極めて迷惑となるり、即ち尋常な手法での対策を採る法的仕組みを作り得ないのだから、結局は役立たず者として無視する以外なかろう。日本においては、ただそれだけの事である。筆者も、自然科学に対する認識は、学術論の範囲をはるかに超えた根本的な深さでは人後に落ちないだけの自負はある。例えば、エネルギー[J(ジュール)]とJHFM単位系など。だから、自分から学術機関の尋常な専門分野への参加による寄与の仕方も分からず、到底対応できる能力も無い。しかも高等教育に関しては全く経験も無く、その仕組みも分からない。せいぜい幽霊教職で過ごした工業高等学校の事ぐらいしか分からない。その職歴も書けずにどう社会的に役立つ事が出来ようか。だから人間の皮を被った動物と見られても止むを得ない。また、長く社会的制度の中に入れなかったため、仕事上の付き合いも無く、行政側に存在を迷惑がられる者に知り合いも長い人生で出来る訳が無い。個人で闇の世界で観察し、自分の感性を拠り所として思い描いてきた結果が、自然科学の基礎概念のほとんどが極めて人間臭い俗物概念であるという認識に辿り着いてしまった。この認識を世間的科学理論に戻して、学術機関との関係など築ける訳が無い。だから役立たずである。誠に申し訳ない、生きるに生活の保障も確保できない貧乏者である。残念ながら社会常識の世界から隔絶した世界で30年も過ごさざるを得なかったが故か、はたまた軍歴(私は何者でしょう(3)故郷貝野村と舞鶴鎮守府)にある原因を知った時すでに遅かった我が愚かさが故か、常識的には成長していない為『怒り』だけは消えない。人権侵害国家に対して。何故こんな事が起きたのか?新潟県教育行政の過去と未来ー犯罪?-

今思う。昭和24年4月、貝野村役場(新潟県中魚沼郡貝野村、昭和28年?村も分裂した)で秘かに行われた行政犯罪は何だったのかと。筆者は小学5年生(実際は別扱い?)になったばかりである。小学校の体育館で全校集会があった。背の低い、今から思えば政府の役人と理解できるが、少々太り気味に見える人物が、壇上に紹介されて上がり、話をした。話の中味は全く覚えていない。それは、役場での「戦後処理」作業を終わって、急遽の集会での学校側の要請による講話になったと理解する。それは、筆者の『原戸籍』の処理の日付に一致している事からの解釈である。昭和14年12月1日 舞鶴鎮守府へ戸籍轉籍 貝野村役場から。この戸籍轉籍以前からの戸籍事項が『原戸籍』から抹消された。戦後の昭和24年、戸籍の糊付による偽装工作で形式的に繕われた。しかし、実質的には存在の抹殺処理である。内閣や政府機関は軍歴関連の事件を『特定秘密保護法』を盾に関わらないであろう。

それは戦後の新しい日本が歩み出す中での出来事。アメリカの占領(施政権)下での日本の政治の立て直しの時期でもあった。既に、一応基本的政治制度の枠組みは整っていた。『日本国憲法』(その憲法が、戦争に負けた事に因り、戦前の明治憲法体制をひっくり返された。その国民主権の権力規制法で、人権尊重の基本概念が気に食わない自民党、特に安倍晋三自民党総裁(総理大臣)の思想的思惑が現在の日本の政治に混乱の種を生みつつある訳であるが)がその枠組みを規定していた。日本国憲法下での日本の偽装政治のはじまりがそこにも有った。日本国憲法で許されない行政犯罪である。それは、行政側の立場にすれば、何をしても違法でなく、犯罪にならない手本のようにも見える筈だ。その偽装政治・行政を手本として、その思考・手法が日本人の隅々まで蔓延しているように見える。体制寄り掛かりの役得官僚・政治手法に続いて現在に至っている。

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