ドアノブの火花ー熱電変換ー

寒中に誰もが経験する指先の火花放電。感電ショックの後味の悪さ。火花放電あの瞬間の気分は例えようがないものだ。来るかと薄々感じながらに油断を突かれたような後の祭りである。それは自然現象である。物理学では、『電荷』の放電現象と解釈されている。雷と同じもので、電気の放電とされている。しかし、世界に『電荷』など存在しないのである。じゃあ何が原因かとなる。その答えは『熱エネルギー』の振る舞いの現象でしかないのである。電気磁気学の専門家、世界の科学者はおそらく皆が『電荷』で説明していると思うが、それは『嘘』である。自然は極めて単純である。そんなに器用にいろいろの物理量を作り出せはしないのだ。自然世界の本質を見極めれば、『エネルギー』一つの世界なのである。熱エネルギーのことを、昔の解釈で、『熱素』と言うものと捉えていた事もあるようだ。熱が何から出来ているかは、研究対象としては素粒子物理学の専門家が究めなければならない課題の筈である。しかし、素粒子論では次々と新しい世界構成粒子を仮想的に作り出すだけで、自然の本質に迫ろうとする意識に欠けている。自然は単純である。電気磁気学の矛盾から、『電荷』を否定すれば、自然の単純で、純粋な姿が視界に浮かび上がって来るのである。

電気現象 電気と言う言葉は現代社会の科学技術を論じるに欠かせない用語である。それと同じく『電荷』と言う用語も科学論のあらゆる基礎概念として社会的認知の基本を成している。だから『電荷』を科学論から排除したら、科学の解釈が不可能になるだろう。世界中の基本概念として位置付けられているから。だから『電荷』を否定しても電気と言う用語まで排除し切れない現実的困惑に居る。標題で副題にー熱電変換ーとしたのも、本当は電気には物理的に無関係なのであるが、熱エネルギーが『電荷』でない電気エネルギーに形態変換した現象であることには間違いないので、電気の電に字を使うのである。しかし、物理現象としては、電気と言う曖昧な用語で厳密には論じられない筈である。それは世界の物理学の認識が深さで十分でない現実の中の話である。

ドアノブ放電の用語 火花放電と言う用語も電の字が付いている。電の字が付くと、従来からの『電荷』概念で解釈する習慣になるけれども、それは各人の認識の深さの違いとして考えれば良いことであろうから、『電』の字を付けて論じざるを得ない事をご理解頂きたい。

放電現象の原因 寒中は寒さと共に、空気が乾燥している。空気中の保有する『熱エネルギー』は水分の水蒸気量で湿度として、空気中に含まれるエネルギー量が決まる。外気に触れているドアは冷気により冷やされて、ドアの保有エネルギー量は極端に低い状態にある。一方人が、ドアノブに触れる時、その人が保有する熱エネルギー量はどうかと考えれば、暖かい車の中から外に出て、外気の冷気に触れて、衣服の持つ熱エネルギー量が外気温度に対して、余分に過飽和状態になる筈である。その身体に溢れた余分の熱エネルギーがドアノブの外気に平衡した保有エネルギー量との間の差が大きくなり、指先とドアノブの間でエネルギーの差分が移動する現象なのである。それが火花になるのである。火花は光エネルギーである。熱エネルギーが光エネルギーとして空間を通してエネルギーの平衡状態を採る為の現象でしかない。また、衣服の摩擦でも身体のエネルギーが増加する。衣服の材料によりその摩擦の発生エネルギー量も、エネルギーの漏れ逃げ方にも影響されるであろう。その辺の違いが色々放電現象の差となる筈である。電気火花ショック、感電ショックの大きさの違いとして影響して来る筈だ。関連記事に雷の正体がある。摩擦電気(この記事が電気磁気学教科書の論拠としている内容である。しかしこの記事を根本から否定し、物理世界とは異なる内容であることを指摘する為に挙げた。クーロンの法則を斬る )も参考に挙げておきましょう。

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