月別アーカイブ: 2014年1月

問答実験

 

半導体のバンド理論が理解できない。筆者には、そもそも半導体の特性が理解できていないからだ。そこで、半導体とは何かを物性から考えて見ようと思った。問答の対象として、『問答実験』を取上げる。問答実験筆

『問答』の文字を良く使うので、隷書体を調べた。文字がはみ出し、欠けてしまった。『答』の文字に、竹冠の字体が無く、草冠しかないことを知った。だから無い竹冠で書いてみた。『問』の字は人が『門』前で、『たのもう』と問い尋ねる意味を『口』の文字を入れて表現したと解釈する。『実』の文字は昔人の食糧で、貴重な「貝」の実を意味したのかと?『験』の文字は難しく意味を解釈できない。

半導体の特性を理解するには専門家が見向きもしない、道端の片隅に隠れている『疑問』に光を当てて観るしかないかと思う。そんな実験を拾ってみようか。思考実験ではあるが。点接触ダイオード

半導体とは 半導体の最初の、ささやかなしかし偉大な発明がこの点接触ダイオードであったのだろう。今でもガラス封入で使われているようだ。ゲルマニュウムGeの結晶に、タングステンWの針を刺した単純な構造の製品だ。タングステンは白熱電球のフィラメントとして優れた熱特性を持っている。この電気的特性がダイオードの整流、検波作用を備えている。特に微弱信号に対して優れているらしい。さて、このダイオードの整流原理をどのように解釈するのだろうか。解説には、ゲルマニュウムはn型であるように説明されている。それならダイオードの順バイアス方向は、タングステン針が『正』ゲルマニュウムが『負』となるのかと思う。しかし、何か気掛かりだ。上の図はそれと逆極性で表示した。細く尖った方がエネルギー噴射の強度が強いと思う。エネルギーは電源の負側から流れ易いと解釈している。上図が順バイアスの方向であると確認したいが術がない。間違っているとしても、『整流作用』の半導体原理が解らないことには変わりがない。初めにこの点接触ダイオードの機能をどのような視点から気付き、発見したかを知りたい。フェルミレベルなどと言う概念はなかっただろう。写真997

関連元素と周期律表 殆どの半導体元素は表のように、3,4,5および6価の価電子(その本質は不明で、磁気と考える)のようだ。主体のシリコンSiを中心にして、その周りにある元素が関係している。セレン整流器は6価の元素だ。窒化ガリュウムGaNは青色発光ダイオードの基らしい。その不純物分子が混入すると、半導体特性が何故n型になるかp型になるかは分からない。Siにホウ素Bが入るとp型半導体、ヒ素Asが入るとn型半導体となると言う。

問答実験

『電子』の導体中の速度は? 初めに導体中の『電子』の速度について考えておきたい。電気材料は良導体、絶縁体および半導体の三つに電気伝導性からは分類される。その特性の違いを何によって判断するかと言えば、導体中を内部伝導する『電荷(電子)』の通過の良し悪しで評価する。半導体の電気伝導性の物理的評価基準が本当に電気材料の中を『電子』が通過すると解釈することで良いと論理的に、感覚的に納得できるのだろうか。電気信号は、海底ケーブルでも、宇宙通信でも、ほぼ光速度で伝播する。電気導体の中を『電子』が光速度で伝播するとは誰も信じてはいない筈だ。電気信号が『電子』の導通速度(光速度)で伝播すると解釈するなら、その信号源の『電子』が送電元に戻るには光速度でも二倍の時間が必要だ(?)。この矛盾を避ける為に、『電子』の伝播速度では解釈せず、意味不明の波動伝播で解釈する。『電子』が導体中を移動すると解釈するなら、情報信号の光速度伝播をその『電子』の運動から解説できなければ、科学的論理性は無い。その『電子』の捉え方が論理的でない事は量子力学の半導体を研究している専門家の方々は光速度で考える必要は全く無く、極微寸法しか考えの基には無い筈だから、『電荷(電子)』の概念で理解できるのだろう。。科学論は本来矛盾を抱えて構築されている。粒子性と波動性の解釈にその意味が現れている。この時は『粒子性』で、あの時は『波動性』でと矛盾をそのまま抱えたまま構築された論理性である。「不確定性原理」も粒子で解釈しようとするところに速度を捉えられないという本質的矛盾を抱えている点に、その原理の真の意味がある。光子、光量子も粒子ではなく、エネルギーの空間分布流でしかないのであるから、速度の中心位置が何処と捉えられないのは当然のことである。少し論がはみ出してしまった。半導体とは

半導体とは? 右に挙げた具体例で、半導体の特性とはどんな意味かを考えて見よう。特に、エネルギーの具体的具現量の一つが『熱量』であることを基本的視点として考えて見る。光は空間に極限として存在するエネルギーの形態であり、熱は物質に集積されたエネルギーの形態である。熱も光も一つの『エネルギー』の姿である。このエネルギーをどんな「素粒子」で解釈するのかを素粒子論の専門家に聞きたい。世界は全て『エネルギー』に集約される。半導体をその熱に着目して考えて見よう。

①n型と炭素棒 n型半導体とSi上(周期律表)の炭素Cとを接合して、電圧を印加した。電流は流れるか。当然n型は純粋のシリコンではないから、導電性はあるだろう。どの程度の固有抵抗率かが知りたいが、単独での測定実験など実用的な意味がないから、なされてはいなかろう。純粋の物理的特性測定となる。そこには、不純物原子の含有率と結晶構造との関係がその伝導性に影響するだろうが、技術的・経済的利益に結びつく研究ではないから、誰も行わない。しかし、半導体とは何かを明確にするにはそんな利益に結びつかないかもしれない実験が必要であろう。どの程度の不純物濃度で導通性が生まれるのか。その特性で炭素棒の放熱が決まろう。

②順バイアス pn接合のダイオードに順バイアス電圧を掛ければ、ダイオードがオンしてその順電圧分に因るエネルギー消費が起きる。そのエネルギーが熱として放熱現象に現れる。不純物濃度の量的変化に対して、どのような電気的特性の違いを生むのだろうか。余り変化は無いのかもしれない。この熱損失(放熱)はpn接合面で空間に放射される。pn半導体内部の結晶構造空間をエネルギーが通過しうるか。Si原子の寸法と比べて、通過エネルギー(縦波)の空間的面密度と寸法をどう理解するかの疑問が解けない。n型半導体内部から接合面を通して、p型半導体内部を通過すると解釈できるか。導線の場合はその導体表面の外側をエネルギーが光速度で流れると解釈できるが、半導体については判断がし難い。長野県松本に『佐久間周波数変換所』が有る。日本全体の送電系統の50サイクルと60サイクル間での電力融通を行う電力変換所である。そこでは電力用半導体素子によって制御している。その制御素子(SCR?)の接合面は相当の面積である。導線と半導体のエネルギー通過面を同じとは考え難い。『電荷(電子)』を否定すれば、熱、光を含めた『エネルギー』の一つの流れで解釈しなければならない。単独のn型半導体内をエネルギーが流れるなら、p型内部でも同じ流れになる。接合面でのエネルギー通過に障壁が存在すると考えたいが、その障壁の意味が捉えきれない。

③逆バイアス ダイオードのスイッチ機能オフ状態である。②順バイアスと逆の極性で、接合面がエネルギー通過を遮断する。接合面のエネルギー流をオン、オフする障壁の結晶構造にその原因が有ると考えるが、疑問のままである。

④ペルチエ効果 物理現象の一つに『ペルチエ効果』が有る。それは解説によれば、pn接合半導体で、順逆の電圧バイアスで接合面での放熱と吸熱現象が起きるというものである。この場合の半導体は、p型n型の半導体結晶は一般的ダイオードの半導体と何か異なる特質の結晶構造を持ったものなのだろうか。ペルチエ効果を発揮する半導体接合面はダイオードと異なる空間結晶構造を持っていると解釈しなければならなくなる。エネルギー通過障壁が異なると。何故かに答えられない疑問のままである。

⑤トランジスター トランジスターは能動素子として現代技術文明を支えている基本である。その製造工程は厳密な環境制御空間で、高度な工程(ドーピングなど)の基で製造される。その工程で完成される半導体組成について、どのような半導体内部結晶構造になっているかは知る術がない。Si(高純度の)結晶基盤に、順次不純物を重ねて、npn型結晶接合面を造るとあるようだ。このトランジスター制御は、順バイアスのベース・エミッタ間のpn接合面の制御で、逆バイアスのコレクタ・ベース間のnp接合面が逆バイアスであるにも拘らず、エネルギー通過するという理解できない現象になる。これは丁度『ペルチエ効果』と同じ意味が有るとすれば、少しは理解の糸口に繋がるかもしれない。現代生活を支えている科学技術の根幹であるトランジスターの動作の意味も、その物理的現象として十分理解できない自分を知るのみかと。

半導体とバンド理論の解剖

『電荷』を否定する。さて半導体の理論はバンド理論が担っている。ケイ素(シリコン)Siの共有結合で真性半導体の結晶構造を理解する。不純物元素により、P型、N型半導体となる。バンド理論で重要なエネルギーレベルの指標に『フェルミレベル』と言う概念がある。何か電子の存在確立が50%のエネルギーレベルをフェルミレベルと解釈するようだ。『電荷』を否定する立場から考えれば、そんなフェルミレベルの意味が理解できない。それは、技術的な半導体製造過程で具体的な設計に重要な役目となっているだろうか。半導体の特性決定に『フェルミレベル』を役立てられるかの問題である。 半導体に関する解説書が書店には沢山そろっている。「バンド理論」の解説である。しかしその意味するところが理解できない。理解できないような筆者がバンド理論を解剖するとはどういうことかと訝しいでしょう。その事を少し素人なりに解剖してみようと思う。理解できないなりに、昔学習に努めた。例えば、オックスフォード物理学シリーズ5 触れ合う原子ー液体と固体の物理ー 三宅彰訳 丸善株式会社 (ATOMS IN CONTACT  B.R.Jennings and V.J.Morris) 等を読んだが、全く自分には理解するだけの能力がない。

半導体結晶とenergy band 半導体結晶構造とエネルギー順位 半導体素材はシリコンSiが主体であろう。教科書的には外殻の荷電子の数が4個で、立体空間的にダイヤモンド構造を成す結晶体と考えている。その構造を平面に表現できないが、右①のような平面図形で教科書には表されている。シリコンだけの純粋な結晶は絶縁体であろう。そこに不純物が含まれると、導体と絶縁体の中間の電気伝導特性を示すようになる。不純物の混在結晶で、半分導体に近い特性を示すという意味で半導体と名付けたのだろうと考える。そのダイヤモンド結晶の不純物により、結晶構造にひずみが生じる。上の①ではホウ素Bを不純物としてシリコン結晶内に、ドーピングさせた場合の様子を平面図に表した。・・が電子同士が対を成す『共有結合』を表す。炭素結合の秘め事に関連論。原子同士を結び付ける力は磁力であり、エネルギーの回転流であろう。電子の『電荷』等は存在しないのである。さてホウ素Bが結晶に混在すると、電気特性が何故変化するのだろうか。教科書の説明は、ホウ素の最外殻電子が3個で、結晶構造に電子の欠損が生まれ、その欠損部は丁度電子の穴、正のホールと看做せると解釈する。その電子欠損部に向かって、隣の電子が移動すると考えるようだ。その時、電子が逃げたSiに電子の欠損部が移り、また次の隣から電子が移って来ると考えるようだ。次々と電子の移動が起こり、それが電流として半導体の特性を示すと解釈するようだ。電子の移動は電荷間の電界に因る以外は不可能である。どんな電荷分布により、電子を移動する電界が生じると解釈するか。この電荷移動については力学から見た電流矛盾で考えた。ホウ素が混在しても、電気的には原子の電荷は中性の筈である。

半導体と回路素子 半導体と回路素子 現在の科学技術を支えている基本が半導体製品である。送電系統の大電力制御の半導体製品から、pcのcpuや情報端末まであらゆる基本製品が半導体に支えられている。なかでもその基本となる幾つかを拾い上げて、半導体の特性とその解釈理論を考えてみよう。簡単な製品で、a diode、b transistor、c LEDを取上げて考えてみよう。

diode  最も単純な半導体機能はダイオードにある。カソードKに対してアノードAが高電位になる順電圧がかかると、ダイオードはスイッチオンで、導線で繋がったとみれば良い。電源電圧が逆になれば、ダイオードはスイッチオフで、回路が遮断される。こんな電気的動作、スイッチング動作を自動的にダイオードが電圧の逆、順方向を判断して、自動的に切り替える特性を備えている。こんな自動制御機能が半導体の優れた基本特性となる。このダイオードで、電気回路のエネルギー流を一方向だけに切り替える pn 接合の結晶構造の意味をどのように捉えるかである。それが何故かの『疑問』であり、『問答』の原点である。ここで視点を変えて、セレン整流器に触れておこう。古い整流器としての実績がある。調べると、セレンSe(99.99%以上の純度)はp型半導体とある。セレンは周期律の酸素の列にあり、6価であるから結晶構造はダイヤモンドとは異なるだろう。セレン整流器はセレンに錫ーカドミュウム混合体を吹き付けて整流作用を作り出していたようだ。この場合も、半導体のスイッチング機能としてはシリコンダイオードと同じ原理であろう。整流作用の解釈には、幅広い観点からその本質を見極めなければなるまい。

transistor 次に能動的制御性を備えたトランジスターを考えてみよう。b 図にそのnpn型を記した。そのトランジスターと言う電気回路素子は、特性としてp型のベースBからn型のエミッタEへの信号(普通電流と言う)供給を制御すると、コレクタC側の負荷への供給エネルギー量(出力信号)を自由に制御できる機能を持った素子である。簡単に電流制御半導体素子と言えば良いのだろう。しかし、このトランジスターの空間構造がnpn接合になってはいないのだろう。n型半導体にp型半導体をドーピングして製造されているのじゃなかろうか。三層構造でなく、ドーピングの二層構造ではなかろうか。もし内部接合部の構造が明確に三層のnpn型に構成されているなら、基本特性は2個のダイオードを逆接続しても得られる筈だ。そんな単純なpn接合には決してなっていない筈だ。コレクタ側の接合はダイオードの逆バイアスとなる。だから、ベースーエミッタ間を制御しても基本的にはコレクターベース間は逆バイアスで、ダイオード基本特性から決してスイッチオンの状態には成らない。即ち負荷制御は出来ない筈である。トランジスターの科学技術は現代社会の全てを支える根幹を成している。しかし、その科学的理論は極めて曖昧な論理が世界を支配している。

LED 三つ目に発光ダイオードを取り上げよう。中村修二氏の功績で、青の光源が得られた。窒化ガリウムGaN系で光の三原色の一つ青色が得られ、三原色が揃ったと言えよう。そのLEDの半導体構造がどのようになっているかが良く分からない。製造過程がどのように成されるかが分からないから、その出来上がった完成LEDの接合部の空間構造の接続状態を認識できない。しかし、pn接続の間にドープ発光不純物(?)が有る訳でもなさそうだ。カソード(n型)基盤の上で、p型アノードの近くにドーピングされているのかと思える空間構造だ。この発光分子材がどのように電源供給エネルギーを吸収して、一定の周期で放射する発光エネルギーに変換するのかが発光色の周波数となる訳である。エネルギー変換機能の詳細は発光物質のエネルギー貯蔵・放射特性で決定されると観て良かろう。白熱電球のフィラメントにタングステンが優れている訳は素材の蒸発や加工性エネルギー変換効率など様々な要因から利用されて来たと同じく、LEDの場合もその素材の発見に掛かっている訳で、分子構造等の空間的エネルギー変換特性は中々捉え難かろう。理論で示すことが難しいのである。技術の利用は理論に関わりなく進展する。殆どの科学的発見は常識的理論から導き出されて来ただろうか。

思考実験 暗中模索の中で、手掛かりを得たい。半導体とはどんな性質なのかを探りだしたい。決まり切った解説からは新たな手掛かりを得ることは難しかろう。少しでも無理に物理的意味を捉えたいとすれば、上に考えた『疑問』を具体的にすることかと思う。問答実験で別に取上げる。

技術劣化の未来危機

技術力が劣化している。情報網が世界を時間的に、空間的に矮小化している。19世紀末から空気伝播の通信が可能になって、現在の情報通信社会に進展して来た。情報信号の細密制御に格段の飛躍を生み、情報通信・制御の軽量化と高度化の中での日常生活が普通になっている。しかし、技術進歩の異常な革新競争の中で、神経を擦り減らす技術開発が人間の尊厳までも無残に踏みつける強制的過負荷時代に突入したと考える。全ては経済成長と言う人間の欲望を虜にした、過剰な競争の押しつけが生んだ現代的社会情勢になってしまった。
IHクッキングヒーター 調理熱器具のIHヒーターという具体例を挙げてみよう。オール電化生活が政策として進められた。ガス供給の無い、全てが電気を熱源とした生活住宅である。3.11の福島原発事故で、エネルギー問題として考え直さなければならない事態を来たしている。運悪く、電気ヒーターの据え付き調理装置(200ボルト用)がスイッチの不具合で使えなくなった。スイッチの取替え修理をと考えたが、既に電熱器は生産していないため、修理が不可能となった。電気ヒーターの電熱器で十分使えたし、装置費用も安くて機能も単純が故に、使い易く便利であった。何処のメーカーでも生産していないとなれば、ガスが無い為、他の調理器を使わなければならない。そこには『IHクッキングヒーター』しかなかった。据付型とビルトイン型であり、何十万円もする電気器具である。慣れないIT通販で少しでも安くと購入した。各メーカーも開発に凌ぎを削って、創り上げた製品であろう。IHヒーターだから、制御方式も複雑な設計を経て、高級感のある製品に仕上げたと思う。しかし使う側から見ると、多寡が調理用の熱器具であれば良いので、単純に熱量調節できればそれで十分なのである。それが複雑で極めて使い勝手が不便であり、使用者の思い通りに調節が出来難いように造られている。何でこんなに複雑な制御方式を設計するのか理解できない。お年寄りがもし使うとしたら、その時どんな戸惑いを覚えると設計者は理解していたのだろうか。多寡が電気ヒーターである事は単純に使える事が何よりの設計指針で無ければならない。装置の見たくれを考えたのか、驚いたことがある。電熱方式が電磁誘導方式であるから、鉄鍋系の物を使う訳で、重い鍋であるにもかかわらず、表面が「硝子盤」で覆われている点である。鉄鍋を落としたら、割れる筈だ。修理が効かない表面にガラスを使うとは、どんな設計指針で造られたのか大変驚いた。これで高価な価格設定をされたとは理解できない。修理が可能でなければ製品の価値がない。『技術欠陥』の社会にいよいよ突入したのかと恐ろしい時代になった。(2016/11/19)表面のガラス系素材は今のところ損傷はしないが、どの程度の衝撃に耐えるか心配だ。

『魚焼き器』 多寡が魚を焼くヒーターで、器具も大がかりである。先日、安い鰯を買ってきて、塩焼きをした。受け皿に水が使えない設計のため、網や受け皿の洗いに多くの水の無駄使いと多量の洗剤、更に大変な手間がかかる。今までなら受け皿に水を張りコメのとぎ汁などを入れれば、簡単に洗いもし易かった。それが高級品のお値段が高くなるととても使用に不便な製品になるのである。これを未熟技術と言わずに何と言えば良いのか。テレビ等も、ブラウン管方式で十分であるのに、わざわざ複雑な制御形を導入して買い替えの高額出費を強制する時代の流れが、何で幸せの技術社会の目標なのか。庶民の生活を優先することを政治は目標にすべきだ。

安価な電気ヒーター調理器の技術が消えてしまう社会に生活の安全はない。技術欠陥社会への道を経済成長という名目の基で進んでいるようで恐ろしい。

カラスとの一駒

カラスはとても利口である。長岡市の南陽工業団地で、工場汚水と言っても油脂分がほとんどであるが、その汚水浄化槽の管理をしていた。バクテリアを効率良く爆気により増殖させ、油脂分を分解させる方式である。ある日その油脂の中にカラスが落ちていた。カラスは身動きができずに油の中にもがいていた。とっさに板を探して、その板で油の中から救い出した。少し油にまみれていたが、何とか自立して、助かったようであった。めでたし、めでたしである。

その事が有って数日後に気掛かりなことに気付いた。どうも帰りにいつもカラスが付いてくるように感じた。いつも家に着くとき、傍の電線などに止まって見ているようなことに気付いた。鳶の婚活ー集団見合い の記事をご覧になる方が居て、その中に記していたことを見て書きとめておこうと思った。カラスに尾行されるとは縁起が良いことだと思った。

パフォーマンスレポート2013年版

WordPress.comの年間まとめレポートが見られない。
接続されない為か、理解できない。解決法を教えてください。

評価すべき(花火の打ち上げ)投稿がなかったと解釈した。

折角なので自己評価で、年間のまとめをしたい。 不思議にも、2月の球と立体角が今でも見られている。

電気磁気学関連 殆どが現代物理学理論の基礎理論に反論する、革新的な自慢の論考である。クーロンの法則を斬る(1/6) 電流と電圧の正体(5/16) 電子科学論の無責任(5/24) 力学から見た電流矛盾(6/3) 回路とエネルギー流ー電流解剖論ー(6/10) 生活電気と『光速度』(6/13) 等に未来の電気磁気学の指針を示した。

自然観 空間が世界を創造する(1/24) 自然と科学の間に(5/26) 無限を手のひらに(6/11) エネルギーと空間と質量(6/30) 世界は重層構造(7/1)

熱・光および電波 自然は『光と舞台空間』(1/30) 焚火と蝋燭(2/1) 熱輻射理論に関する考察(2/9) 花が光か 光が花か(2/10) 白熱電球(3/1) 照明と配光曲線(3/3) パラボラアンテナと正反射(3/6) レンズと光路(3/13) 天眼鏡と屈折司令官(3/18)

力学 隕石突入の衝撃波(2/19) 不思議の国の弥次郎兵衛(5/8) 地球の運動と速度(9/12)

哲学・宗教 科学を語るとはどういうことかを読んで(7/22) 禅と日本文化 を読みながら考えた(9/8) 宗教とは何だ(10/14) 禪とは?(10/21) 日本の魔境ー靖国神社ー(10/24)

(2016/06/27)追記 現在につながる記事を残したと思う。

人間と結ぶ絆の世界

以前『スズメの恩返し』と言う記事を書いた。自然は愛響ー揚羽蝶ーの揚羽蝶との触れ合いにも人間的な視点からの解釈では理解できない事がある。雀の行動で、不可解が有る。2011_0620_110850-雀

雀

人間の科学技術の成果と看做せない程の急激な生活空間の激変の時代に遭遇してしまった。草原や空き地が有れば、資本主義の競争原理で、道路を作り、ショッピング街に一変してしまう。草原で生活していた、人間の知らない生き物たちは地球上の「生命」とも見做されずに、その大事な生活空間を失ってしまう。

2001年に書いた記事が有る。その詩が雀。

当時はまだ身の周りに地球の季節にあった生命が溢れていた。自然の仲間と一緒に生きているという感覚が得られた。最近は、季節の気温が四季のリズムから外れてしまい、花(花海棠)も咲かずに春を過ぎたり、秋の実をついばむ小鳥も訪れなく、突然秋に雪が降る。

2001年の記事を拾い書きしたい。 “ 何年か前の秋のこと、庭のハウス小屋の中に、ふと見ると落ち穂が数個散らばっている。落ち穂といっても籾粒ではあるが。そこで籾を扱うようなことをした覚えがない。何でこんなところに落ちているのかと訝しい思いで、拾って捨てた。ところが数日後にまた籾粒の穂(結構大きい穂)が落ちている。その当時は、格別深く詮索もしなかった。今年の夏(2001年)のある日のこと、残り残飯を雀の餌にと庭にばらまいていて、小屋の籾粒の一件を思い出した。《待てよ、あの籾粒は雀が運び込んだのだったか》と。雀は雪がまだ残る春早くから、餌の食べる量が急に増える。早々と子供を育てるようである。夏までに何度も子供を生み、せっせ、せっせと育てるのである。その様子を観察するに、子供を生む回数も餌が十分あるかどうかの状況に合わせているように見える。その年は貰ったカビ臭い古古米があって、それを冬から7月はじめまで雀の餌に撒いた。多くの雀で、近所迷惑だったと反省している。7月になると、急に雀は来なくなる。暑い夏を避けて、山にでも引っ越すのだろうか。夏場の過ごし方を子供に教えるのかもしれない。”

雀の恩返し 落ち穂

小屋に落ちていた籾粒は、自分が扱ったものではない。考えられる事は雀が持ち込んだと思う以外ない。最初の籾粒は、稲籾がぱらぱらと落ちていた。しかし次の籾は右の絵図のように稲穂のままで落ちていた。雀が運び込むには大き過ぎると思えるような籾の穂である。他に稲穂を扱うような者が居ない事から、雀の仕業としか考えられない。その意味を考えた。雀の恩返しか、来年も子育てに協力して欲しいという願いなのかは分からない。小屋の中に籾粒が二度も落ちていたことをどのように理解すれば良いかは本当のところは分からない。雀が運ぶには重すぎるとも思うが何とも不思議な出来事であった。

イルカは利口だから、人間と海の中で遊んでくれる。動物がどんな思いで人間を見ているかは、人間側からはなかなか理解できない。しかし太古から同じ地球上に生まれて来た生命であれば、どこかで人間がそのつながりの絆を見失ってしまったのかも知れない。人間より、人の身の回りに居る多くの生命は人間の心と行動を良く理解しているのかもしれない。言葉は動物との絆を失う最初の切っ掛けになったかもしれない。雀の生活権をいとも易々と破壊する人間の所業は同じ地球上の生命の仲間を見捨てているように思えてならない。いつかは人間が生きられない地球環境になることを分かる時が来るだろう。人間以外の生命を殺し続ける人間の科学技術依存の生活が原因で。地球 いのちと神

『正義』は死語か

今世界は何を目指しているか。一人ひとりが生きる目的を認識出来るだろうか。。世界の指導的立場の人がどんな未来像を描いているのか。経済競争で利益を上げる経営者の姿が人生の理想と考えているのだろうか。資本主義が世界の未来像の理想と考えているのだろうか。労働者を酷使しても、経営者の企業利益を上げる事に心血を注ぐ意義を人生の目的にしているのだろうか。食品偽装、食品虚偽表示、過酷な労働搾取等何でも御座れの日本。欠陥技術隠しを日常業務と考える隠蔽企業体質。『正義』を唱えれば、『過ち』を告発すれば干されてしまう。丁度大日本帝国軍人の精神訓話のように上官の命令なら、ただ服従するだけの我慢の生き方しか許されていないかの如くである。効率、効率と寸暇を惜しんで働き続けるしかないのだろうか。グローバルと言う地球規模に広がった、資源獲得、安い労働力確保に凌ぎを削る資本主義の経済競争が人の生き方の『理想』に値するのだろうか。何を目指して、何処に行こうとしているのだろうか。その先に何を見ているのだろうか。政治は何を目的として、どんな世界観を抱いているのだろうか。政治の世界に『正義』等求めるのは幼稚な戯言なのだろうか。

資本主義は人の生きる理想なのか。世界の指導者は企業利益を上げ、人より豊かになる事を人生の生きがいとしているのだろうか。

『電荷』と言う科学的嘘概念に従う理論物理学と同じで、政治の目指すべき姿が理解できない。『正義』や『理想』を語れないグローバルのようだ。