月別アーカイブ: 2013年5月

ブラックホールの奇妙奇天烈

ブラックホールと言う宇宙論の話題がある。その論じられる姿の奇妙さに驚く。本当かと訝る人も多そうで、私もそれを全然信じていない門外漢である。今日も検索で参照した。ブラックホールって本当にあるの?を見せて頂いた。ブラックホールの概念で、どうしても理解できない事がある。光も吸収されて、ブラックホールの外には出られないと言う。アインシュタインの一般相対性理論の宇宙論に関係して唱えられたように理解している。アインシュタインが光を『光子』と言う粒子として捉えた結果に基づくように思う。光が粒子と言う固体のように解釈したからであろう。光が粒子なら、『質量』を持つと解釈しても良かったのかもしれない。しかし光は個体のような粒子ではない。エネルギーの空間分布体である。振動もしていないエネルギーの光速度の縦波流である。光である限りは、重力の遠隔力の概念の影響は及ばない。質量が無いから。だからブラックホール概念で、光も重力で捉えられて、外に出ないと言うのは間違いである。宇宙は余りにも広大で、人の思考の範疇に捉えられない『無限』の存在としか言えなかろう。光はその進行の光路に衝立があれば、そこで回折をして、如何にも重力の影響を受けたと解釈したいだろうが、そんな重力など何の関係も無い回折現象でしかない。天体はエネルギーの局所化で、エネルギーの極限に達し、そこから爆発に転じる事が日常的に起こると解釈できよう。そんな無限の時間と空間の人間の想像を超越した世界が宇宙と言うものであろう。宇宙には限界も無く、境界なども無い『無限』が限りなく続いている世界としか解釈できまい。ブラックホールなどの話題は人間が人間の思考の中でお遊びに思い付いたぐらいに捉えて居れば良いことだろう。何の論拠も無いお話が代表的なブラックホールの宇宙論と看做したい。わざわざ、知らない事を話題にする不見識と罵られそうでもあるが、光が重力の影響を受けるなどと言う物理論は間違いである事だけは指摘しておきたかった。

自然と科学の間に

分らないことを・

「教育」の意味・目的は何かと考える。電子科学論の無責任と言う記事を書いた。今、世界は大きな節目に掛かっていると思う。今まで疑いもしないで信じて来た『自然科学』の本質がとても危険な問題を抱えている事に気付き始めた。それは私だけが思う独りよがりで済ませられない事態であると。前にも、自然・科学・哲学で述べた事がある。自然の眞相は深くて、その全貌を捉える事は無理である。だからそれぞれの細かい分野に分かれた解釈で専門的に集団化され、その学問・研究分野は市民の立ち入られない楼閣で囲まれた閉鎖社会の独立形態になってしまった。

自然科学と教育 市民が科学研究、科学技術に参画できなければ、不安な閉鎖性技術社会の危険に直面する機会が増える。教育で教える内容がグローバルな世界に直接繋がる時代であるから、その内容は極めて重要である。日本では、政治が関わると、権力的抑圧の方向に行き易い。市民参加型の教育制度がとても重要であるにもかかわらず、日本人の没個性的意識構造が、政治的支配による体制作りになり易い。大学の教育力が理科教育でも、過去の指導に固執している為、十分な改革力の発揮が出来ないままで過ごしている。『電荷』と『電子』の問題を、その実在性の認識の問題として、どれだけ自分の心で真摯に受け止められるかのところに来ていると思う。原子構造にもかかわれば、原子核理論の根幹の問題でもある。基本的な法則を本当に理解させることが「教育行政」の喫緊の課題である。長い年月をかけて、市民的科学認識を育てなければならない。そんな意味を込めて、冒頭に筆字にした。

科学技術社会の市民監視体制の確保 最も専門的で、立入れない科学技術、それが「核関連分野」である。私にも理解できない先日の事故がある。東海村の放射能漏れ事故。『放射能』と言う用語さえ意味が不明である。研究実験は金元素の試料に陽子ビームを照射して、素粒子の検出をするという内容のようだ。事故はそのビームが多く照射され過ぎて、放射性物質が放散されたように解釈できる。金元素が核分裂すると、その分裂破片が放射性の元素になってしまうと言うことのようだ。金が放射線元素に分解する等と言う事は知らなかった。どんな放射性元素なのかも説明して貰わなければならない。『放射能』と言う曖昧な用語が報道に使われること自体が市民の科学リテラシー問題にもかかわる社会的課題である。放射性物質が外部に放散したと言う事は、その放射線を放射する分裂元素を外の市民が吸い込む可能性がある。その吸い込んだ元素は体内から排出するまでの間、その内部で放射線量を排出し続けることになる。その間その人は被爆し続けるのである。『国』の用語と同じく、『放射能』もとても意味を理解できない科学用語である。放射性物質(放射性元素)と放射線(放射性元素から放射される高エネルギーの見えない光、レントゲン照射のレントゲン線と同じ)の用語で統一して報道すべきである。放射能は使うべきでない。放射能と発熱の正体は何か?で、私も使ってしまった。

電子科学論の無責任

近代科学は『電子』の発見で幕が開かれたと理解していた。しかし、その基本概念が怪しいものである事がハッキリして来た。これからの科学論の未来がどうあるべきかを考える原点はやはり電子科学論の真相を明らかにする事から始めなければならない。正体不明の電子

辞書を調べると、電子の定義が載っている。上のように、質量と電荷量で定義されている。その桁数の多さに驚く。科学理論は正確でなければならない。だから数値の桁数が多ければ、正確で正しいと思うのかも知れない。しかし、こんな桁数の数値が有名な辞典に載っている事自体が科学論の怪しさを示していると言わなければならない。電子による現代科学理論が自然科学理論の主流となっている訳であるから、その定義として示されている桁数の意味を説明して頂かなければならない。

電子の人間感と自然則 自然の本質は単純で多様な素粒子など持たない。みんな人間の思惑と利害によって社会的概念化を進められたものである。その代表的な基本概念が『電子』である。法則の人間性

電子の電荷も質量も何を定義したものかも不明のままで、大原則の法則が出来上がっている。電荷はこの世界に存在しないのだ。だから、電界の電場で電子の電荷が加速されて、運動が始るなどと言う解釈も理解できない。素粒子加速の実験装置を見れば、決して電界で粒子加速などしていないのである。すべて電磁石による磁界加速で、エネルギー付加・増加装置なのである。先ず『電荷』とは何かが日常用語で説明されることが市民社会への責任である。子供たちへの専門家が問われている「教育上の課題」でもある。

(2018/05/17)追記。 記事に過激な表現があったので削除と修正をした。

電流と電圧の正体

(2017/09/13)追記。2013年頃から電気回路の電流や電圧の意味と計測を考え始めたようだ。2015年に変圧器の奇想天外診断に始まり、電気の眞相(3)-電圧と負荷-コンデンサ型配線のエネルギー伝送等の記事で、ようやく電圧と空間エネルギーの関係が分かった。従って以下の記事の電圧測定についての負荷電力に関係すると言うWvの意味は不確かである。御免なさい。

今日は、自分の記念日である。『電流』『電圧』の正体を明らかに出来た。しかし肝心の自分の正体は不明である。電流計・電圧計訂正(2013/09/08)訂正追記。また間違いで済みません。上図の電流計内のエネルギーWiの表記に間違いが有りました。(訂正)Wi=(P/R)Li/(1+r’/ri)^2でした。 先ずは直流回路で考える。電源電圧V[V]に負荷電力P[W]、その抵抗値R[Ω]の負荷をつないだ。回路の『電流』は電流計で計る。『電圧』は電圧計で計る。その電流計と電圧計を回路に接続した。電流計も電圧形も共に「可動コイル型」であるとする。どちらもその内部構造は同じである。マグネットの中に、可動コイルを吊り下げて、そのコイル内の磁気エネルギーの量を計測するのである。コイルの磁気エネルギー量で、マグネットとの間の磁気力により、回転角が変化する。その角度の大きさをそれぞれの電気量として読み取るのである。だから計測原理は電流計も電圧形も同じ仕組みである。回路内部で異なる物は内部抵抗値とその接続の形だけである。 電流計は回路電流値が大きいので、コイルに流せないから、分流抵抗ri[Ω]に大部分の電流を流す方法がとられる。僅かなコイル抵抗r'[Ω]も考慮する。 電圧計は直列に大きな抵抗rv[Ω]をつなぎ、回路電流に影響を与えないような、僅かなコイル電流を流して、電圧値の測定をする。 上の図のWv[J]、Wi[J]はそれぞれ電圧計と電流計のコイル内の磁気エネルギーを表す。普通磁気エネルギーは(1/2)Li^2^[J]と計算される。しかし計器の場合は、コイルの磁気エネルギーでは係数の(1/2)はなくて良い。そのコイルのエネルギーWは結局負荷の電力と抵抗値で決まるのである。電流計も電圧形も共にそのコイルの貯蔵エネルギー量Wは負荷の値で決まることを示している。 電力P=V^2^/R=I^2^R[W]である。 電流値Iは I=(Wi/Li)^(1/2)^(1+(r’/ri)) [A] として、Wiと回路の定数値から算定している事になる。Wiは負荷の定数と計器内の定数から算定している訳だから、負荷のエネルギー消費量から、『電流』と言う概念の数値を算定しているのである。電線の中を流れる物など何もないのである。電流単位[A]は[(J/H)^(1/2)^]である。 電圧値Vは V=(Wv/Lv)^(1/2)^rv[V]として、電流と同じく、Wvと回路定数から算定しているのである。電圧単位[V]は[(J/F)^(1/2)^]である。 もう少し電圧計の計る値Vの意味を考えてみる。電圧計の意味? 電圧は余り負荷の状態に関係しないように直感的には思うかも知れない。冒頭の図は電源電圧そのものを測るだけであると解釈したい図だ。そこで、少し電源側にも電源インピーダンスがある場合で考えた方が良いかと思った。それが上の図である。電圧計の厳密な意味では、電流計の負荷(r_A_I^2^)も考慮するべきかもしれない。そんなことまで考えると相当難しくなりそうだ。負荷Loadにも誘導性のエネルギー貯蔵Wもある。しかし、直流電圧一定の場合では、電圧測定には無関係である。 電流計は何を計るか を投稿したのは2010年11月であった。結局負荷の電力を電流計という電気回路の組み合わせの中に検出する方法を技術として確立した。『電流』という実際は電線の中に流れてもいない、物理概念を技術で作り上げたのである。 (2013/09/08)追記。 無負荷時の電圧はどのように解釈するか?本論の電圧の計測値は無負荷時には意味を成さなくなる。無負荷とは、負荷電力P=0であり、負荷抵抗値R=∞と解釈できる。従って、電圧値Vは√(∞×0) と成り、本論での電圧の評価は不定と解釈すべきかと思う。確かに、電圧値は無負荷でも計測量には間違いない値が得られる。しかし、電圧と言う物理的概念を考えれば、電流との組み合わせで、はじめて意味を成すものと言う見方もできると思う。その事にはまだ不明確な点もあるようだ。 追記(2014/09/22) 付け加えて考えた事。電圧計が計るもの。(2014/10/29)追記。電圧の意味を考えた古い記事がある。電圧計の構造と電池電圧の不可解さを書いた。電圧ー物理学解剖論ー

不思議の国の弥次郎兵衛

昔々ある所に不思議の国があった。その国の住人はみんな弥次郎兵衛と言う世に珍しい一族であった。みんな一本足である。我々が知る物の理で考えれば、重力加速度に逆らって、安定に立ち続けるには、重力を支える力の平衡が無ければならない。ところがその不思議な国の弥次郎兵衛一族は一本足でありながら、抜群の平衡感覚を持っているのだ。弥次郎兵衛

こんな題材も、科学教育にはとても良い教材に成ると思う。誰でも作れて、決して安定性が保てない失敗作は出来ないのである。全て倒れる事は無い。みんな立派に立ち上がる。以前『独楽』の力学を考えたとき、独楽と同じ不思議の世界に酔った。解析は簡単であるが、数式に載せようとすると、とても難しくなる。実験で数式の検証は難しいだろう。

トルクT[Nm] ある支点に対して荷重がかかるとき、荷重の重心が支点から外れると倒れてしまう。しかし、弥次郎兵衛は倒れない。そこには回転運動の回転力を表す『トルク』と言う概念がある。上の場合、トルクT=bM[Kg重 m]=9.8bM[Nm]と表される回転力が掛る。しかし倒れないのだから、逆にその回転力で弥次郎兵衛を支えている事に成る。

トルクは捩じり力である。弥次郎兵衛の力

どんな捩り力かと言えば、弥次郎兵衛は腕の先に重りを付けている。その重りを支える腕が木材などの硬体である。弥次郎兵衛が傾くと、重りが腕を捩じることに成る。その捩り力がトルクとして弥次郎兵衛の落下を復元させるように働くのである。支点には負荷力と図示したが、反作用力Fが弥次郎兵衛の足先に生じる。その力は丁度支点にたいして、復元トルクT=Fr[Nm]となって、弥次郎兵衛を支える。実に安定性抜群の弥次郎兵衛は、自然が持つ回転力、トルクを理解する助けになろう。モーターや自動車エンジン、更に原子力発電のタービンと発電機を繋ぐ巨大な軸もその軸の捩れに伴う反発力が動力、エネルギーを伝達する訳で、自然の回転トルクの持つ力の御蔭なのである。自然の中にある「回転現象」がとても重要な意味を持っている事を理解して欲しい。

弥次郎兵衛の力学 こんな検索を昨日してみた。とても難しい力学の式が載っていた。学術研究機関の数学的解析は上に書いた簡略な解釈とは違う。古いお目に掛けるも恥ずかしい我が家の弥次郎兵衛があった。幾つかその立ち居振る舞いをご覧いただきたい。

今日は弥次郎兵衛ですはじめまして、ITでお披露目などお恥ずかしい。荷が重過ぎて、天秤の役に立たない天秤棒だ。

天秤棒を補強した天秤棒を補強すれば格好がつくかと努力した。横から見て頂戴。

重くて立てない寝姿御免こんな無様な寝姿、俺は見せたくなかった。寄る歳波の所為か、力不足かお恥ずかしい限りです。脹脛(フクラハギ)当たりで何とか落下だけは食い止めている。これでも頑張っているのだ。

日本政治の欠陥と三権非分立

金澤 喜平 全くの素人が物申す。

日本の政治制度が議会制に確立して長い年月を経た。明治に始まる『法律』に基づく政治制度。太平洋戦争の敗戦により、新しい『日本国憲法』の下での民主政治が始った。しかしながら、現在の日本の政治制度とその仕組みは新しい『民主主義制度』になったと言えない状況を呈している。いつまでも同じ欠陥が裏表にこびりついて、改革も進展も見られない。

日本政治の欠陥原因 三権分立が制度に生きない仕組みに原因がある。

根本的解決法

『国会』が『立法』に徹する。選挙により選出された国会議員は、日本国民の万民のための制度設計と『法律』作成の能力をその期待される資質とする。国会議員が行政に関わる事を禁止する。

『内閣・行政府』は法律に基づく「行政」に徹する。内閣、行政省庁から『法律』提出権をはぎ取る。日本政治の欠陥は巨大な行政官僚組織が「行政のための法律提出権」を握っている事に原因がある。役人が役得のための法律を作る。そんな制度が政治を規律ある、民主的制度に出来る訳が無い。

行政と立法権が御茶漫才の制度欠陥が『日本政治欠陥』の基である。

最高裁判所の裁判官の三権分立制の基における『司法権と裁判官の独立性の確保』のための身分制度が不断の努力で確保されていなければならない。

道草問答(7)水圧と水頭

水頭と水圧

水の持つ物理は日常に関わりながら、その意味は深く、理解しきれない部分がある。物理学理論は難しい解説が多い。その為理解し難い。水圧を理解すれば、水の姿が見えるだろうと、問答の例題を出した。

『問』図の容器に水を入れた。底に係る水圧はそれぞれ幾らか。大気圧は p0=ρgh=1000×9.8×10.13  = 99.3×10^3 [N/m^2] である。貯水量はW1=W2、W3=1.3W1とする。

『答』水頭H[m]が等しいから、どの水圧も等しい。p1=p2=p3である。

『問』容器の底に係る圧力F[N]は幾らか。

『答』それぞれ水圧と面積の積である。水量W[m^3]には無関係である。それぞれF1=p1a1[N]、 F2=p2a2[N] 、F3= p3a3[N] である。

水 その実相に水の意味を書いたが、冗長過ぎた。水量が水圧に関係ないと言う感覚的に捉えにくい意味を上の『問答』で理解できればと思う。

(2015/10/09)追記。 折角なので、真空の問題を考えて見ましょう。

『問』海底4000mの水圧[ton/㎡]はいくらでしょうか。海水の密度も深い程大きくなる。だから水圧が単純に水深に比例する訳ではないが、その密度は水圧によって圧縮されるから増加するが、それを閑却して大胆に海水密度を海水面と同じ 1[ton/㎥]として考えてみましょう。『答』水深だけからでも、4000[ton/㎡]以上になる。

『問』その海底に1[m^3^]の真空が突然出来た。どんなことが起きるか想像してみましょう。決して人が造れる真空ではありません。唯地球はいとも簡単に造るのです。『答』答えられません。数式で表現できないからです。その訳は地球が地殻変動を起こして、地表面に亀裂を生じると同じく、海底にもいとも簡単に大きな亀裂を生じる訳です。その亀裂の真空体積とその亀裂体積増加速度即ち時間微分量が海底に生じるエネルギーの強度となりましょう。だから海底真空体積と時間との関係に因って衝撃の規模が決まりましょう。だから計算で簡単には示せないと言うことです。道草問答(5)津波と真空破壊力にその関係を示した。訴えたいことは、巨大津波の原因がこの海底に生じる真空亀裂であると言うことである。この見解は専門家の解釈とは異なるようです。