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「量子力学」とは何か?

「量子力学」とは何か?と自問自答をしてみたくなった。それは『オームの法則』-物理学解剖論ーの記事を書きすすめているうちに、エネルギーと空間との相互関係を纏めるために、「量子力学」の意味を確認したくなった。

私が時々読む本がある。SEEDS OF DISCOVERY 発見と創造 科学のすすめ W.I.B.ビヴァリッジ 著 松永俊夫・鞠子英雄 共訳 培風館。p.113 6社会活動としての科学 の扉に、「そのような発見がなされるとは信じがたく思えるが、一度その発見がなされると、それほど長いあいだ気づかれなかったことが信じがたく思える。まさにこのことこそ、まだまだ発見のための広大な余地が残されているという望みをわれわれにいだかせるものである。 フランシス・ベーコン『新機関』」という文章がある。何か私の現代物理学理論に対する感覚を代弁しているように思う。物理学理論の根幹をなす『電荷』、その『電荷』の存在を否定した事が上の発見に相当すると思う。東洋哲学的『削ぎ落とし』の発見と。

私が「魑魅魍魎の世界」で闇に紛れながら、押し黙って読んでいた本が「量子力学」に関する、本を読まない私にとっては特別に多い数の本である。今それらを開いてみると、あちこちに著者に対する反論や、賛意が書き記されてある。それらは今も殆ど変りない認識と思いである。紙文化としての『書籍』の価値がデジタル文化の画面には不可能な『書き込み可能』の点にあるといつも思う。

『量子力学』と言われる物理学の現代性を象徴する体系・学問性の意味をどのように捉えれば良いかと迷っている。それは自分が思う自然界の姿・物の理(コトワリ)と相容れないことが多い。

オックスフォード物理学シリーズ(柿内賢信 土方克法 監修 丸善)の何巻かを持っている。その中に、8 量子力学 (BASIC QUANTUM MECHANICS J.L.Martin )がある。そのまえがきの最初の6,7行の内容を読んで見た。私は、科学について日常生活者の視点で論じられ、市民的合意を得るものでなければならないと考えている。どうもその私の解釈と余りにも違うと思う。本文の中味は、多くが数学的記述であって、私が理解できない内容で残念である。そこに書かれてある『数学的表現と論述』は何か自然を描写する手法というより、量子力学専門領域に御都合のよい難しい壁の構築によって、専門外の一般市民を排除する権威のための学問らしさにしか見えない。

工業高等学校での『分布定数線路定在波実習』と「量子力学理論」 量子力学理論に疑念を膨らませた原因がある。その基は工業高等学校での教科『電子工学』を教えていた頃の話である。当時は気にもしなかった『観測実験の事実』がある。それは量子力学理論の意味を否定するものである。今、昭和55年2月1日の長岡技術科学大学から要請された、教育研究業績書に書かれてある一つに『分布定数線路実習に対する一考察』発行:昭和42年3月31日 発行雑誌等:新潟県工業教育紀要 第3号 概要:超高周波用送信管2B29を用いて160MHzを発振させ、1.6mmΦ長さ8mの裸銅線による特性インピーダンス500Ωの分布定数線路上に定在波を発生させて、電圧、電流の定在波を測定し、指数関数の数式の意味を実験を通して修得させる方法について述べた。と載せてある。その時は特に気にも掛けずにいた。今は、量子論に対して、その意味がとても大きな実験的発見である事を確信している。当時学生にも見せた実験であり、その概要を絵図にした。蛍光灯の定在波点灯

当時は他愛も無く、定在波分布定数線路の中に40ワット直管蛍光灯を差し込んだことでしかない。しかしその蛍光灯の線路に挿入した部分の付近で、蛍光灯点灯時に近い明るさで、部分点灯をしている事を確認した。特に電線に接続した訳でもない。傍に近付けただけである。さて、この実験の示す現象を「量子力学理論」からどのように解釈しますか。蛍光灯の点灯原理は、管内に封入された水銀が点灯初期に管端のフィラメントの熱で蒸発し、その水銀の放射紫外線が基に成り、蛍光灯内面の『蛍光分子』を励起して、その蛍光物質の放射光が可視光線となるから、その光を利用する電灯方式であると解釈している。水銀放射の紫外線波長は可視光線でなく、2537Å程度のものである。これは見えないので、蛍光物質の所謂量子力学理論に基づく励起現象を利用して、外殻電子の運動エネルギーに関する、周波数変換原理 h(ν1-ν2)=hν (可視光線振動数ν)等と説明される意味と解釈している。プランクの定数hに基づく光のエネルギーは振動数あるいは周波数で解釈する。すると、上の実験で蛍光灯が点灯する意味を考えて見れば、波長は2m、周波数は160メガヘルツで、可視光線の最大波長の7600Åに比較しても、量子論による解釈の理屈が付かないのである。分布定数の定在波の波長が2mで、全く蛍光物質を励起する様な振動数の意味は、即ち量子力学的な解釈の論理に乗る意味は見当たらない。この実験的現象を考える時、原子寸法と可視光線などの波長の寸法との関係をどのように解釈すべきかに悩まされている。何千倍の寸法の違いに当惑するのである。

『オームの法則』-物理学解剖論ー

電気回路を学ぶ時の最初に学習する法則が『オームの法則』であろう。今まで様々な観点から、電気磁気学を論じて来た。ここで、最も基本の法則について考えて見ようと思う。ただ、『オームの法則』の教科書的解説をするつもりはない。大学受験や、電気回路の教室授業の参考には成らないであろうことをお断りしておく。簡単な基本ほどその奥に隠れた意味は深い事を伝えたいのである。出来たら大学の電気磁気学を教えている方々にも見て頂いて、批判をして欲しいのである。また、文部科学省の教科書調査官には特にご批判をコメントで頂きたい。最初に先ず『オームの法則』とはどんな事かを述べたい。オームの法則実際に、どれ程の解釈で論じられるかは、自分の能力の無さから先行き不透明なままである。①のファイルの意味で、抵抗に係る電圧と電流の関係が瞬時値で成り立つと考えている。その関係は、直流回路も交流回路も成り立つ。例えば、抵抗にコイルが繋がれている回路を採り上げよう。

 

直流・交流とオームの法則

直流回路で、電源電圧Eが少しでも変化すれば、電流が変動するから、コイルの電圧elも0ではなくなる。しかし抵抗の電圧erはどんなに電流 i が変動しても、抵抗の電圧は電流の瞬時値に対して、er=R×i が常に成立する。交流回路の場合も、抵抗の電圧値er は電流瞬時値 i のR倍になる。抵抗の回路要素としての意味は電圧と電流に対して、極めて単純な式が成り立つ事を示している。コイルなどの場合は、インダクタンスLがエネルギーの処理に時間的遅れを伴う為、実に面倒な式の取り扱いの計算が必要になる。(一言お断りしておかなければならない事がある。電流、電圧の概念を明確に出来ずに使用している点である。電流は流れずと論じている事に対する責任を感じて。)(2019/05/12)追記。当時は未だ、電線路内空間の電気エネルギーの分布について今ほど明確ではなかった。技術概念『電流』とその測定などのようにエネルギー流として解釈できるようになった。

瞬時値と言う事に関して、一般的な電気回路でのオームの法則をもう一つ挙げておこう。

回路とオームの法則どんな回路でも、抵抗に流れる電流が決まれば、a のようにその電圧は必ず電流に比例する。もう一つb のように、電力pも電流瞬時値で決まることになる。しかし、この電力pに関しては、エネルギーの時間的消費率ワット[W]で、電流概念(i=dq/dt[C/s] の電荷qの時間tに対する変化率の意味において)とエネルギー量との関係から、自分は理解できていない面がある。何が光に

 

 

 

 

 

 

何が光に 抵抗の意味を考える時、身近な電気器具の電灯が目に入る。エジソンが発明した白熱電球である。最近は「LED」にとって代わられそうで、さびしい思いもする。蒸気機関車の力強さ、竿秤のてこの原理あるいはLPレコード、真空管ラジオなど見て分かる科学技術が懐かしい。携帯電話、IT情報網などの最先端技術は感覚的理解との不協和の世界に彷徨うような思いだ。日常の科学技術が学校教育で教えるべき目標の筈だ。科学技術と人間の感覚との乖離が学校教育の目的・目標をも失う時代になっている。こんな時代に、白熱電球を取り上げる意味も無かろうと言われそうだ。しかし、白熱電球の物理的意味さえ、その本質を理解できていない事実を明らかにしたい。単純な科学技術だからこそ、そこに隠れた自然科学としての真理を説き明かせると思う。日本では「理科教育」と言うが、「科学教育」と言う用語の方が適切かもしれない。何が光になるか?こんな単純な質問なら、誰でもが簡単に答えられなければならないだろう。その答には、電気理論など必要ない筈だ。「理科教育」と言う範疇に縛られた教育の硬直化が、「科学リテラシー」と言う問題をも引き起こしていると観る。電気理論で解釈しようとすると、『電子』が抵抗体の中で「大暴れ」でもして、摩擦熱を発生するか、「量子力学理論」を引きずり出して解釈するかの「迷走論」に陥るのが関の山である。最近は薪を燃やす事も環境の問題で、制限される。迷惑は犯罪の気風にある。薪を燃やして、発光するのと、白熱電球の発光現象と大した違いがある訳ではない。停電時に蝋燭で明かりを灯す。どれも原理は同じである。さて、もう一度「何が光になるか」と考えてみよう。白熱電球の二重コイル

電球定格:100ボルト、40ワット。透明白熱電球(内面つや消し電球が一般的)は中のフィラメントの構造も良く見えて、技術の粋が理解できよう。このフィラメントの構造は二重コイルである。その二重巻は、自動二重巻製造の智慧の、その巧さに感心する。何で二重巻の難しい製造技術のコイルにするか?それは効率を高める為の工夫であり、エネルギー局所空間の高温度化のためであり、そんな所に難しい理論など不要であろう。理論の為の『電子』など不要だ。技術革新で、単純な科学技術の製品が捨てられてしまうと、自然科学の本質をも見失う危険がある。難しい理論だけが取り残され、科学無関心の社会構造になるから。何が光になるか?この問いにどう答えるかが科学技術に対する市民社会の未来志向の道標を示すことになると思う。理科教育で果たすべき学校がその責務を果たせないのだ。教育の行政の問題であり、理科教育を担ってきた大学および教育関係者の問題である。光は、薪も、蝋燭も電気炉も同じく光を放つ事を共通に持っている原因は何かと考えれば、手の指を差し込めない『何か』が原因で放射されると思うでしょう。それを普通は『熱』という。『熱』とは何か?『熱』と『光』は同じものである。その共通に持っている原因はたった一つの『エネルギー』である。関連する用語に『温度』も有る。『温度』とは何か?と物理的意味を問えば、「理科教育」の気体分子運動論が幅を利かす。理科教育が自然科学の学校教育を踏みにじっているのだ。何が光になるか?は雷が水蒸気の熱エネルギーが原因である事と、その本質は同じものなのである(2013/04/20)に追記。御参考に 雷の正体

さて、この電球の抵抗値は幾らだろうか。テスターで計ると、20.3オーム位である。白熱電球点灯時過渡特性点灯スイッチを入れてから、大体0.1~0.2秒程度でほぼ定常値になると言う。点灯時の抵抗値は250オーム位の筈である。抵抗の変化する様子を式で表現してみた。そのグラフを示す。

適当に数式にしてみたので、正確ではない。でもうまい式と思う。0.8秒で式の上では定常状態になっている。ついでに電流の値も参考に示した。この電流値には全く物理的意味は無い。電源が交流100ボルト(50ヘルツ)であるから、電圧は0.02秒ごとに最大値140ボルト正弦波の1サイクルで変化をする。厳密には、二重コイルもエネルギーに対して幾らかのインダクタンス機能を持ち、電流値もR-L回路の過渡現象の繰り返しとなろう。ただどのように減少するかの様子を示した。

抵抗とは何か 白熱電球も点灯初期から、定常状態まで、変化する。フィラメントのタングステンも温度特性がある。高温度で、高い抵抗値になる。点灯時はR=(100^2^)/40=250Ωの抵抗値になる。何故こんなに抵抗値が変化するのか余り考えなかった。何故だろうか?まさか『電子』が熱いフィラメントの中では、通り抜けに苦労するからだなどとは考えないでしょう。高温と逆の現象に絶対温度零度付近で、超伝導現象が起きる。言わば導体の抵抗値ゼロの状態である。最近は非金属の有機材の超伝導現象が研究されている。関連記事で、超伝導とは何か?電気式木炭暖房の二つを挙げておく。木炭暖房は木炭の電子流などでは滑稽と思う記事である。ここで、改めて電流が導体の中を流れる『電子』の時間的変化率と言う概念に対して、どのようにその論理性を主張できるかの『問答』を提起しなければならない。超伝導現象の意味は正にそこの物理学理論の矛盾を問うのである。だから、抵抗とは何かと考えさせられる。

電気技術と抵抗専門的学習は、用語から解釈の仕方まで特殊な壁を乗り越えなければならない性格を持っていると思う。抵抗の単位Ω(オーム)も人の名から付いた単位である。電圧のボルトと電流のアンペアの比が何故オームになるかの意味も分からない。それは電気の基礎の基本だから、覚えなさいとなる。覚えて習熟する内に、それが当然の原理と認識が深く脳に染みつく。脳の論理回路が形成される。それが専門家の専門的能力となる。電気技術者はその集団の共通用語で、互いに共通の認識で、便利で有効な言語体系を構成できる。しかし、抵抗とは何かと改めて考えてみると、どう言う意味なのかと悩む自分がいる。

物理現象と抵抗この⑧のファイルの内容には馴染が無いであろう。自然科学では、その共通理解のために、基本的な事項を定義している。共通な取引単位でエネルギー量に対して、ジュール[J]、電力量キロワットアワー[kWh](これもエネルギー量のジュールと同じ意味。1[kWh]=1000[J/s]×3600[s]=3.6×10^6^[J] だから。)等がある。物理的単位系の基本定数に真空空間の透磁率μo=4π×10^-7^[H/m] が決められている。エネルギー量ジュールに対して、この定数に基づいてすべての単位系が構築されている。高度な科学論、宇宙論や素粒子論など空間と時間の関係を論じる領域で、殆どこの空間定数の論議が入り込まない論理を理解できない。『時空論』は正にこの定数の話になると思う。だから、基本の電気法則の『オームの法則』で抵抗と空間論の話題を取り上げようと思う。以後どのような事になるか自分にも分からない。参考に、エネルギー[J(ジュール)]とJHFM単位系をご覧ください。

空間と抵抗 ここで一つ空間の意味を電気現象から考えてみよう。空間はそこに無数の科学技術の扱う『電波』が溢れている。ドイツ人ハインリッヒ・ヘルツが19世紀末に空間を電気信号が伝わることを実験的に実証した。そこから電気通信が進展して、現在の情報化社会に成っている。伝播伝播と空間特性伝送線路導体も無い空間が電気信号を送れる意味は大変な事なのである。携帯端末もアンテナから電波を放っているのだ。その空間は電気信号を送るに、特性インピーダンスという抵抗値を持っていると考えられている。その抵抗値はほぼ337オームである。その値は丁度、光の光速度cに真空透磁率μo倍で、120πオームとなる。光速度もc=(μoεo)^-1/2^と、空間定数から決まるものである。この空間での電波伝播に於いて、抵抗[Ω]でありながら、損失は殆どない。だから抵抗オームとは何かと考える必要があろう。それがファイル⑧で示した次元を理解しなければならない事なのである。抵抗は電気ロスを生むと考えがちであるが、エネルギーの変換器と観る解釈がよりその物理的認識には重要である。

(2013/5/18追記) 電流と電圧の正体でオームの法則に関連記事を書いた。負荷抵抗をR[Ω](=[(H/F)^1/2^])、負荷電力をP[W]とすれば、電流はI=√(P/R) [(J/H)^1/2^]、電圧はV=√(PR)[(J/F)^1/2^]の電力と抵抗との関係である事を示している。

オーロラの正体は?

(2016/03/01)追記 3年程前の記事に追記したい。先日、ツイッターで画像を見た。オーロラの原因説に太陽風がある。荷電粒子が云々と言う。それとは全く違うと思うので、絵図にした。

オーロラと地磁気

国際宇宙ステーションの上空からの観測オーロラは地球表面に広く発生している事を示していた。薄い地球表面の空気層に広がっている。その動画には雷も同時に映し出されている。地上から観測するオーロラは北極地方で良く観測される。しかも緑の膜が張られたように棚引いている。極地が地球回転軸近辺で、極寒の地で観測される。しかも放射冷却の晴れた日に現れやすいらしい。地球表面には地磁気がある。地磁気の正体は何かと言う疑問も有ろう。物理学では磁気は磁束と解釈するが、それは自然現象の物理としては磁束は仮想概念でしかないと理解すべきである。地球表面を風の偏西風と同じく地球の回転速度より早く回転するエネルギーの流れがあるのだ。その様子を絵図に記した。その極地でのエネルギー流がその極点の磁気的特徴の基である。そのエネルギーの回転流と、地上からの熱放射現象に伴う熱エネルギーが上空の冷気で、飽和状態に達し、余分の熱エネルギーが空間から放射される現象がオーロラの正体と見る。雷が水蒸気の保有熱エネルギーの空間での飽和限界による熱爆発と観る現象と同じものであるとの解釈に繋がる。自然現象の根本は極めて単純であるが故に複雑な多様な姿を生み出すのだ。コンパスと砂鉄の心で、ようやく方位コンパスの近傍空間におけるエネルギー流の様相を捉えられたと考える。地球磁場現象もコンパスのエネルギー流と同じ原理である。

オーロラの画像をITで見る。その天空の色彩模様が誰をも引き付ける。その正体を的確に説明できていないように思う。研究分野としては宇宙論か、気象分野になるのか。太陽からの電子流が原因のような解説があるようだ。しかしその説明には納得できない。素人なりの感じる原因を考えたい。

オーロラの特徴 幾つかの特徴を拾ってみよう。

  1. 磁極(地軸極上)に発生。
  2. 緑色が主で、ピンク、赤あるいは青色と変化する。
  3. 軸周回膜上の垂下帯模様が多い。
  4. 垂下帯が流動的に変化する。

以上にその特徴があるように感じる。

オーロラの正体はと言えば、上の特徴が何故生じるかを説き明かさなければなるまい。

その基本的視点 発光は何が基か。連続的発光の垂下膜は、連続的なエネルギー供給がある。即ち光が放射されることは、エネルギーがオーロラの膜から放射されている訳だから。次に、オーロラが発生する時と、発生しない時があるから、その決定の限界は何が決めているか。

一つの解釈 空間のエネルギーが飽和して、放射光として開放される現象である。しかも連続してエネルギー供給がなされる空気、空間の現象だ。回転軸付近に発生するから、エネルギーの軸中心にした円周に局部的なエネルギー飽和が起きる現象。

以上から太陽からの電子流と言う解釈よりも、回転体の軸付近のエネルギー飽和・非飽和が原因と観たい。そこは丁度「磁極」に関係するから、磁気エネルギーの回転場所と看做せないか。磁界・磁気概念の本質。また、極地の気象状況で、寒気との関係で、気体のエネルギー過剰が起きるとも考えられる。雷の水蒸気原因説(雷の正体)に似ているか。

空を見上げて

空を見上げてまた筆で描いた。一月前に投稿した記事「今朝の新聞科学記事に驚いたー相対論と隕石ー」を今見てくれる人がいる。その記事を読んだら、また説明したくなった。『特殊相対性理論』は光や観測者の速度を定義する「空間」を明確にしていない点が致命的である。光の『光路』と『光速度一定』と言う意味を明確に定義しなければ、光について論議できない。光は決して、人間が主体的に判断できる程、人間に都合よく振舞わない。上の筆字で、「見上げる自分が観えますか」は自然はあくまでも観測者に都合よく存在していないと言う意味である。観測者が観測する空間は、観測者が思う程に静止した空間ではありません。上空を見上げても、その空は静止空間ではない。観測者の自分は地球星の一点に居る。地球は公転と自転をしている。何に対して運動しているのだろうか。何時如何なる時でも、観測者の自分は地球の運動の上に存在している。地球が運動していると言うその「空間」はどのように認識出来るか。が大問題なのである。自分が見上げる空の意味は、地球が運動しているその運動速度を定義する「空間」を認識できなければ、自分が空間に対してどのような関係にあるかを理解できないのである。観測者は自分の足元を確定できないのである。その地球が運動していると確定できる空間を認識出来れば、空を見上げたときの『光』の意味を理解する可能性が生まれる。その「空間」こそ光の速度や光路が定義される空間なのである。それを『光規定空間』と私は定義付けている。地球の自転・公転はもとより、その中心の太陽も運動していないとは決めつけられないのである。天体は、基本的に回転でその存在を保っていると解釈する。『光規定空間』は言わば『絶対静止空間』と言う解釈で捉えて良かろうと思う。光規定空間の光路

光は一定の光速度[m/s](空間ベクトル)で直進する。その光は直進する為の伝播媒体(エーテルなどの質量性物質)は不要である。

上の「一定の光速度」と言う意味は光が空間を進む時間とその空間距離の比率を表した言葉であろう。それが常に一定速度である。その速度は光が伝播する光自身が規定する空間の長さと時間から決まるものである。人の観測など何の意味の成さない筈だ。光が決める自然である。もし光源が上の絵図の②のように光規定空間に対して運動していたとすれば、その光源から放射される光が光源の運動には無関係に、光が放射された瞬間から、その光は光源の運動には一切関係なく、独自に光規定空間上を一定の光速度で伝播する筈である。「新聞記事」の宇宙船上からの光の軌跡が舟の速度との関係で解釈されている点が、基本的に間違いである。光は放射瞬時に光源とは無関係な「光路」を伝播する。「直進する」と言う意味も障害物が無い場合には、光規定空間上を一直線で伝播すると言う事である。星の近傍を通過するような場合は、その星が空間の障害物になるから、光は回折して、曲がる現象を呈する。水星の近日点の重力解釈は違うだろう。

間違いでしょう-温帯低気圧の解説図ー

朝日新聞、2013年4月7日35面の記事。西日本 風速30メートル超の『爆弾低気圧』の特徴 の図説記事に驚いた。

今春の嵐が吹き荒れている。桜咲く穏やかの春なのに、最近の嵐は人の生活が生みだした気象現象ように思う。暖気が上空で、冷気が地上にある。その『爆弾低気圧』の解説記事は間違いでしょう。低気圧は地上の気圧が低下する現象である。地上の温帯性の熱エネルギーを豊富に含んだ気体が上空の広い範囲に広がる冷気に触れて水蒸気が水滴になることで、上空の気体体積が急激に収縮する。その上空の気体収縮により、地上から高温の水蒸気を含んだ気流の上昇を生じ、その結果地上に低気圧が生まれる。その原理は台風と何ら変わりがない。台風は南海の上昇気流が基に成って、日本に移動した場合である。台風と異なるのは、地上の広い範囲の温暖な空気に対して、上空の広い範囲に冷気が流れ込む事が原因である。そこには人の生活のエネルギー消費量の多さが一つの引き金になっているであろう。人の造る異常気象の一つに思える。低気圧は必ず上空の空気の体積収縮が原因となって発生する。新聞記事の解説は間違いである。