レンズと光路

光学レンズは天体観測や顕微鏡など古くからの貴重な道具である。その光学的解釈も万全と思っていた。しかし、ふと思った。レンズの解釈が間違いではないかと。観測する対象からの光をレンズを通して、屈折現象からの光の光路の変化を利用する器具である。焦点と光路?

上に示した凸レンズには焦点Fがある。簡単に作図で焦点を基に、『実像』と言はれる結像の位置を描いてみた。教科書の説明では、平行光線がレンズで屈折して、必ず焦点を通る。この説明は正しい(2016/11/21 追記。この説明が間違いだったのだ。焦点などに光が集まる解釈こそ間違った説明であったのだ)。問題は、もう一つの光路であるレンズの中心を通る軌跡が使われる。その中心の光路と焦点を通る光路との二つの軌跡の交点で、『実像』の位置を規定する。この『実像』そのものの実在的意味が何もないと断言したい。上の絵図で、赤Rと緑Gおよび青Bの各対象がどこに所謂『実像』を結ぶかを調べてみた。それは、rgおよびbに結ぶ事になる。その位置関係は元の対象から見れば、相当に乱れている。こんな実像は求める物とは違うであろう。何がこの奇妙な結果を導いたのだろうか。また物議の基になりそうだが、『実像』概念は不要である。レンズを通して物を観測してみる。レンズと目の位置で像が観測できる範囲がどのようであるかを調べてみれば分かる事である。焦点距離と目の位置との関係は殆ど無関係と思う。『実像』など有る訳ではない。目に入る対象からの光は一筋の光が観測できればそれで十分であろう。

(2017/12/04)追記。以下の記事(レンズの光路と屈折のカッコ内)はまだ十分レンズの焦点について考えが纏まっていなかった状態で、平行光線の焦点と写像の意味の焦点距離とを理解し切れずに書いたものであり、「像なし」も無意味な説明である。実際は虫眼鏡を通して観測した文字などの場合に、眼で観測して「像なし」の位置は衝立に写像される焦点距離に当たると勘違いした思い込みであった。レンズを通して見えなくなる位置がいわゆる焦点距離(図の焦点ではない)・写像距離に当たるので、その位置と勘違いした事により、そこに眼を置けば、何も観測出来なくなる事を示したものである。しかし削除せずに、早合点で書いた過程も残しておきたい。

早合点の説明として残しておく。(レンズの光路と屈折 レンズについては今回初めて考えて見た。一例に二つの球面からなるレンズを取り上げ、その光の光路と像について考えてみた。焦点と光路早合点の間違った図である。教科書の焦点の説明を図に示したものである。平行光線が図の様な焦点になど集光しない。レンズと空気との境界での光の屈折率で、光路が決まる。レンズの球面の中心がO1とO2 である。光の方向、光路1と光路2の二通り示した。球面S1とS2の境界で屈折するから、それぞれの光の光路の収束点が焦点になると見做した。光路1の場合の、焦点はF2と見做した。そこには、光路の先に『実像』などどこにもない。ただ光が一筋の道を進むだけである。観測する光は平行光線だけではないから、角度により、観測眼に入射する光の筋道、光路は様々な通り道からの光になる。レンズの焦点とその前後で、観測する像の状況は正立像から反転像まで変化する。丁度観測眼と観測対象の位置が焦点の前か、後ろで変化し、像も茫洋としたものから鮮明な状況までさまざまに変化する。観測眼あるいは観測対象物が焦点に在ると、すべての光路の光が混在して、物の形を示す光模様からずれた状態になる為、対象物の像は無い状況になる。)

観測対象物からの各部の光はただ一筋の光だけが観測眼に入射する。道草問答(6)-球面鏡の像ーにその関係の問題を示した。この屈折の問題を少し掘り下げてみた。天眼鏡の屈折司令官

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