私は何者でしょう(2)氏名と長岡市政責任

(2013/10/17)追記 改めて気付いた。上の住民票の氏名欄のヨミガナが無い。おそらく「カナザワ ヨシヒラ」の登録が政府関係機関に無いのだろう。「キヘイ」と昔から呼ばれていた。

住民基本台帳が存在しないと同じようだ。住所表記は?『新潟県長岡市中沢・・』新潟県が欠落している。運転免許証にも『新潟県』が欠落している。

今日パスポートを受け取る。自分の氏名(ウジナ)の問題を確認したかった。行政機関が保有する個人情報の重要な情報に「氏名」が有る。長岡市に転入したのが昭和36年で、学生の時である。転入と同時に「氏名」は長岡市の住民票により、すべて決められていた訳である。『金沢』として決められていた。決して『金澤』には成らない筈である。戸籍と「氏名」の間にどのような関係が隠されているのだろうか。長岡市が発行した住民票が私の氏名に関して大きな責任が有ると思う。しかし、市民課で「沢と澤」の違いは何が原因かと尋ねても、自分が届けたのではないか?などと言われた。「パスポート」には、個人の特定に関する様々な情報が基礎になると解釈していた。しかし、単に戸籍と犯罪歴程度だけで発行すると言われた。本当だろうか?

過去に戻らずに前に進もう と言われる。しかし過去に行政機関が「権力」に基づいて執った個人情報を訂正しないで、誰が修正できるのだろうか。根本原因は戦後処理の間違いに在る。私は何者でしょう(3)故郷貝野村と舞鶴鎮守府

姓『金澤』はどのように回復すれば良いか 過去のすべての事件にこの姓は『金沢』で処理されている。住民票が付き纏う事になっている。当然土地の登記簿謄本も同じ事。事例を挙げる。またこんなところにも存在が否定されている。私は偽物か

工業高校での生徒と一緒に受けたものである。何故か、高等学校、大学の卒業証書と通産省の第二種電気主任技術者免許は『金澤』(筆墨書き)である。新潟県や文部省に関する物は住民票に従う。東京工業大学での受講証は文部省の主催行事である。関口調査官が担当であった。長岡技術科学大学からの文書は割愛人事からいつの間にか新採用の人事に代わっていた。知らなかった。

最後に、長岡工業高等専門学校ー長岡技術科学大学間での事件の怪文書。すべてが長岡市行政権の住民票が決めた姓である。こんな恥ずかしい思いを連れた人生である。なお、どうせニセモノではあろうが、昭和62年3月31日に『共済組合員証』は高専の庶務課(会計課でした)に返還した。昭和63年1月初旬に何故か自宅宛てに送付された。技科大の石崎電気科系長に取上げられた。??

(2015/7/22)追記。右の昭和63年1月21日付けの長岡高専会計課からの文書で、長岡技科大に転入したとの記事内容がずっと長い間の悩みでもあった。意味が理解できなかったが、今年の1月に知った事『以下余白』の不覚の事実を知らなかった。以下余白からどのように転出・転入が出来るのだろうか。

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