月別アーカイブ: 2012年11月

道草問答(4)マグネットの砂鉄模様

マグネットは日常生活の汎用品である。台所でメモ止めに多用される。似た物に電磁石も有る。なかには、リニア新幹線の『超伝導磁石』も有る。強力な磁力で、車体を浮かせる。その原理は空間の磁界に在る。空間の磁場がその訳を担っている。

右に二つの砂鉄模様の例を挙げた。ともに量販店などで購入した。星型は小さな玩具のマグネットである。マグネット表面の紙に砂鉄を振りかけて出来た模様である。

砂鉄模様はどれもマグネットの中心部には無い。周辺部に集中している。

その理由は何か?良く分からないとしか答えようが無い。と言うより、マグネットがエネルギーをどのような原理で保有するか?マグネットの金属結晶内にエネルギーが何故貯蔵されるか。そのエネルギーがどの様な訳で、マグネット近傍の空間に存在するが如き様相を示すのか?教科書によれば、結晶金属に渦電流が有るが如き解釈で、その磁場エネルギーの貯蔵として解釈される。エネルギーそのものに磁場エネルギーとか静電エネルギーとかの違いが有る訳ではない。だから、コイル電流模型での磁気エネルギーそのものが法則に基づく解釈でしかないのである。『円電流』の電子スピン模型と同じく、自然観察上の、極めて人間的解釈に基づいているだけなのである。その意味で、答えようがないとなる。しいて言えば、「マグネットに近い程、磁極近傍空間で空間のエネルギー流が周辺部に集中する為」となろう。

電気磁気学の問題で、磁場を問う問題がある。その時磁場はマグネット面で均一とする。と言うような条件の設定で解く事を求められる。しかし、砂鉄模様から考えて、磁場の磁気状態が一様である等と言う事は言えなかろう。均一なら砂鉄模様が均等に分布するだろうと考える。そうは成っていないのである。理論は頭で都合よく纏める傾向が有る。実際の場合は、そんなに理論通りには成っていない事が殆どであろう。私の解釈に対しても、都合良過ぎるとの批判もあろう。

さてどんな理屈で、この磁場を説明したら良いでしょうか?二つのマグネットを向かい合わせて、その間のギャップを変化させた時、ギャップ内の砂鉄模様がどの様になるかを観測すれば、その状況の解釈の仕方が見えるであろう。それが解答としたい。

なお磁気概念についてまとめた関連記事が有る。磁界・磁気概念の本質

小真弓

地球の傾きが夏と冬をつくりだす。遠い太陽からの光エネルギーがそんなに違いを生むとは不思議である。その夏と冬の境目に生命の燃える紅葉がある。

ニシキギ科の山に自生する低木である。小真弓と真弓が有る。小真弓は花とも実とも区別がつかない、萼が割れて中から赤い実が垂れる。それは硬くて、潰すと臭いの強い実と言うより種の様である。小鳥の餌として食べられる事を待っているのだろう。しかし、いつものように『ヒヨドリ』が居ない。雀もほとんど姿を見せなくなってしまった。昆虫、小鳥、蛇、蛙、鳶殆ど命が消えかかっている。木々の種を運ぶ生命の連鎖の営みが断ち切られてしまう。クマも橡の連鎖が絶たれれば、絶滅する。人間だけの地球は惨めだ。秋の実が、ピラカンサ、紅紫檀と少しも食べられずに実を付けたまま冬を迎える。異常な地球の生命の連鎖が絶たれた姿を呈している。今日は国会が解散された。地球の生命の尊さをどれだけの議員が考えているだろうかと連想する。証券取引に、金融投資に必死で戦う姿に「地球の生命」は観えないだろうと。

雷の正体

正体と言う言葉の意味は、「表面的に捉えにくい隠れたその現象の本質」と言う位に解釈している。雷の本質は電荷に基づくとの解釈が専門家や電力技術者の間での科学常識である。ここでは、その常識に反論する事を記すのが目的である。雷は電荷には関係ない。この雷は『電荷』には・・の意味に戸惑う方は、『電荷』と言う虚像を後でご覧ください。『電荷』は実在しないと言う意味。単に『エネルギー』に因る現象と捉える論説である。 上の絵図のように、雷とは光の稲妻と言えよう。先ず雷の特徴を拾い出してみた。雷とは必ず雲の存在が基に成っている。科学論で、雲が発生すると何故『電荷』が関わると解釈するかと言えば、それは「稲妻」の放電と言う用語の解釈が基になるからであろう。稲妻放電は何も電気の放電現象でなくても、火花の光放射が電気現象での、放電のフラッシュオーバーと全く同じものであるからであろう。電気現象を二つほど拾い上げておこう。火花の光放射の様子は雷の現象と同じものである。電気工学が『電荷』の現象と捉えている訳だから、雷が電荷の現象と解釈するのは当然である。しかし、雷の特徴を考えたとき、なんで電荷によると考えるかを改めて見直さなければと思う。そこで、『問答』形式で考えてみよう。その前に、雷に関する過去の記事を挙げておこう。電気現象と捉える「高電圧工学」の衝撃電圧波発生回路と波形の微分方程式解法の論理的矛盾を論じた。雷と指数関数 もう一つは光と質量に関する論である。雷と不立文字 『問』 ①雲が必ず必要である。の訳は?『答』 雲の発生と気象変化。空気中の水蒸気と上空の冷気との出会いが雲をつくる。雲は空気中の水蒸気を水にする現象である。水蒸気は水分子が熱エネルギーにより体積膨張した気体である。上空の冷気で体積が収縮し熱エネルギーを上空に放出する。水蒸気の体積収縮が上空の低気圧を生み、地表面からの高圧・高温空気の上昇気流を生み、地表の周辺に対する低気圧状態になる。水分子におけるボイルシャルルの法則の自然現象の具体例である。同じ意味の繰り返しですが、雲の発生空間領域は、地上からの水蒸気含有空気の連続補給を要請する。供給水蒸気の保有熱エネルギーは、水の中に留まる事は出来ず、放出せざるを得ない。どこに放出するか。雲海近傍の空間に放出せざるを得ない。雲の発生空間がそのエネルギー放出領域となる。大気中の水蒸気について、参考に水蒸気密度の式ー大気中ーを見て頂ければ。 『問』 ②雲の下端が、雷の発生起点となる訳は? 『答』 上の解釈から、その下端近傍がエネルギー放出領域である事からの道理となろう。 『問』 ③、④エネルギー発光空間と放射光。の訳は? 右に稲妻の放射発光源の一部を取りだして、その意味を考えてみよう。フラッシュオーバーと言う発光現象は屈曲した筋状の光放射軌跡を描く。我々がその光の筋を観察すると言う事は、光が我々の目に放射されて、届くから見えるのである。稲妻は光を全方位に向けて、光エネルギーを放射しているのである。こんな稲妻と放射光の絵図で取り上げたかった事は、(何が光になったか)という物理的意味を考えたかったからである。 何が光になったか 光は日常生活で、世界を認識する基本物理量である。科学論では、光子、光量子等の用語で捉える光一粒との観方が基本になっている。その光について、『光一粒は何が変化して生まれたか』を説明できなければ、科学論として完全とは言えまい。『電荷』論に因る限り、おそらく説明は出来なかろう。結局『光』とは何かが明確に認識できなければ答を得る事は出来ない。『振動数あるいは周波数』で光を認識することは実験的な観測、測定の手法としてそれ以外の方法が無いから、止むを得ないのである。実験的に共通理解の判断を求められる事から、止むを得ない物理量概念が「振動数」である。しかし、その科学解釈論の依存概念である「振動数」は光一粒には無い。物質、原子あるいは分子から光が放射される時、その状況は光一粒ずつを単独に放射する訳でなく、エネルギーの放射形態が近傍での協調性を保ちながら全体で周期性を持って放出するから、次々と光一粒の連続的な放射が繰り返される、その状況を観測することになる。だから実験に因る計測上で「周波数、振動数」として捉えられるだけである。「振動数」が科学論の基本概念として重要であると言うのは、それは科学的な実験上の単なる「便宜的認識手法概念」でしかないと見做さざるを得ない。以上の光の基本解釈の上で、光は何から変化したのか?を問うのである。光の速度を考えれば、その光一粒の空間的実像を観測し、把握するなど無理である。計測器はそんな光の実像を捉えられないのである。せいぜい「振動数」と言う繰り返しの波としてしか観測できない。基本的認識で、自然界は極めて単純であり、単純さ故に複雑な様相に変幻自在な姿を生みだす。という観方(私はこの用語を目で見るのでなく、自分の勘・感性・心と共鳴すると言う意味で使う)に従う。光は『エネルギー』そのものの究極の姿である。何も他の物から変化するのでなく、エネルギーそのものの一つの自然界の巡り来る姿である。雷の本質がエネルギーである事から何も不思議な事ではないのである。実験的に観測は出来ないが、「振動数」から解放された『光一粒』の実像認識を示した。光とは何か?-光量子像― 。「振動数」を実際に測定する方法がある訳ではなかろう。計測上の実験的手法・解釈法での便法でしか無かろう(2013/08/19)追記。 稲妻の光の軌跡が何故細いのかについて考えたい。(2013/08/19)現在のところ、未だ答えが得られていない。ただ『電荷』で解釈することには無理がある。空間を『電荷』がどのように移動して、プラスとマイナスの『電荷』間でどのような物理現象により、光発光現象へのエネルギー変換が可能なのかの説明が出来ないから。『電荷』中和現象なのか、それ以外の『電荷』間の変換現象なのかの解釈が出来ないから。『光』変換後の『電荷』はどこに行くのか。素粒子論の論理性を尋ねる『問答』である。

私は何者でしょう(3)故郷貝野村と舞鶴鎮守府

自己確認の闇の世界に旅立ったのは昭和63年秋であった。50歳。

終戦時に続く。

父の軍歴表を見つけて、人生の過去をひも解き始めた。自分を知らないことの恐ろしさを知った。私が「舞鶴鎮守府」に触れると、妄想・空想・構想思考と統合失調症の部類になる。父の戸籍附票の偽装

社会的に認められない「日本海軍と国家体制」の事実の存在を行政はひた隠しにする。戸籍はこの事実を隠蔽するため、戦後処理をした。パスポートは外務省の認可に関わり、戦後処理問題に抵触し、発給出来ないかと思った(平成24年秋にパスポートを請求してみた。発給された。しかし発給の意味が分からない)。戸籍の改ざんは、削除と辻褄合わせの「糊付偽装」で修復した。昭和24年4月、貝野村役場での事である。戸籍には附票が有る。それは自治省の管轄であると、法務省で戸籍担当者(仁井谷?新谷?さん)から聞いた。その附票(訂正)が右のものである。父母が出生時からの本籍地?一切海軍住宅の存在は消し去られて、戦後「死亡」扱いの筆頭者「亡」で公的処理をされた。自分が、恥ずかしい過去の公開で社会的生きる意味を得る愚かさを味わう。

鎮守の故郷と父 故郷には鎮守様と呼ぶお宮が有る。季節の村祭りの舞台になる。名前を『箭放ち神社』と言うようだ。私が解釈するに村父の免許証は信濃川に面し、対岸は断崖が切立っている。今は「姿橋」が掛っている。大昔、おそらく対岸に矢を放ち渡綱を掛けた事から付けられた名前であろうと考える。初めは渡し船の止め綱の役に。大昔、荷物、物資の運搬は船便しかない。そこから船便で物資を運んでいたようだ。父の四股名(シコナ 本当は醜名の字)が『箭津錦(ヤツニシキ)』で、草相撲を取っていた。昭和7年、越路の片貝で長野県の『千曲川』と大関相撲で勝ち、長岡の内山市長からお祝いに、化粧回し料200円を頂いたと聞いた。父の氏名も何時からか知らないが、戦後はすべて戸籍と異なる『金沢』であった。なお、父の免許証の住所は、新潟県中魚沼郡水沢村貝野甲・・となっている。昭和29年頃、貝野村はある事件が基で、分裂した。従って、学区も分裂した。その意味で住所が水沢村に変更になる。

父は昭和36年9月6日(誕生日に同じ月日)に、オートバイに轢かれた交通事故で死亡。姿に千手発電所への、宮中堰堤からの導水路管の土捨て場がある。無知を利用された、その土地に関わる怒りが収まらない。その一つ、新潟県の用地課の策略。昭和62年10月、千葉県館山市で電気学会電磁界理論研究会の発表の当日。夕食時に、ホールに呼び出しの館内放送がある。電話に出たら、家に県の職員が訪ねて来て、用地の話で来たが、承知して貰えるかとの話だと言う。理解も出来ない突然の話であったが、家では困っているようで、多分承知したと思う。後で理解した、その話の内容は土捨て場の自分の土地のど真ん中を『新潟県の県道』を通す用地買収の話であった。そんな予定は用地再分割の地画整理のときから決まっていた話である。しかも、自分が千葉に研究発表のため留守であることを承知の上で、夜間自宅訪問の夜撃ち処理の策略であるのは明白だ。犯罪県庁の政治行政の実態。

関連記事、私は何者でしょう(2)氏名と長岡市政責任

紅紫檀

紅紫檀はとても堅い木材のようだ。東南アジアで木材彫刻や家具に使われるように記憶している。このブログの「ダシュボード」の人気検索キーワード欄に、「日本で生育の紅紫檀はあるか」とある。紅紫檀を検索すると、素敵な盆栽がある事を知る。昨年日本カナヘビと紅紫檀の写真を載せた。その盆栽は、単に植木鉢に手入れなしで植えてあるだけの物。それが上の実を付けた写真である。昨年の日本カナヘビの写真も載せて置きましょう。日本カナヘビと竜のひげ

雨雪は天道巡る旅姿

夏から急に晩秋に入ったようだ。空を見上げても、そこにはもう「日本の秋」は無い。人とコンクリートのビルが見えるだけだ。生命の輝きはどこにもない。せめて『水』の循環だけは途切れないでほしい。鳶も1度も目にしないで、1年が過ぎ去ろうとしている。生命の枯れた地球は経済成長を望む欲望の代償であろう。世界と同じ道に居る日本の「金融緩和政策」は財政破綻に向かう姿を映していると思う。財政赤字1000兆円をどのように解消すべきかが最大の「政治課題」と思う。すでに、技術革新の成長は過去の夢物語に成っている。僅かな開発の余地を世界中で競い合うところに来ている。技術の開発は飽和曲線の頂上に差し掛かっている。