原発ー安全の盲点ー

今日本の原子力発電は全て運転停止になっている。関西電力の大飯原発再稼働が問題になっている。夏の電力不足がその運転を望む声を大きくしているようだ。運転再開の判断基準は「安全性」の評価に掛かる。政府はその再稼働を進めるための方策に苦慮している。監視カメラの設置等でその安全体制を強化する対策を取るようだ。しかし、それは殆ど意味が無いと思う。何を監視して安全評価を誰がするのかが理解できない。

安全基準 安全性は設備による機能強化と運転上の危機管理能力の二つに大別出来よう。自然災害の的確な評価とそれに基づく設備機能強化が当然求められる。しかし、ハード面の体制を万全にしたとしても、決して安全が保障されたとは言えない。運転要員とその人的態勢が最大の「安全対策要諦」と考える。殆ど未経験の事態が突然起きる。それでなくても「人間的」操作の不確定性が入り込み易い。人間の操作ミスが大きな事故に繋がる。高速鉄道運転事故や燃料自動車の水素ボンベ爆発事故(?)などとは原発の事故は規模が違う。原発の巨大科学技術の危険性はとんでもない規模である事は昨年の福島原発崩壊事故が示している。想定外の事象に対して、的確に対処するソフトのマニュアルが不完全であった事は明確である。それは極めて人間的な「非安全性」の問題が大きい事を示したと思う。科学技術が巨大なシステムでは、その安全性に人間の不確定性が大きく関わるところに「危機の問題」があると思う。人工的な技術は「安全性への自己制御」が利かないのである。自然の創り出すものは安全性が自動的に担保されていると見たい。「DNA」が生物を自然の設計で安全性への制御を担保していると思う。工学の科学技術の安全性は「帰還フィードバック制御」で暴走を抑えるように設計される。自動的に制御され、人間の思惑で暴走する危険が無いように抑えられる。しかし原発のような巨大技術は、人間の想定外の外乱が進入し、その対処に人間の不安定性が操作に介入し易い状況が本質的に隠れている。何時如何なる危険な事態が生じても、絶対に誤り無く対処できると言う人間側の対策が出来ているかという問題が大きい。その人間性の問題が『原発事故』の最も大きな人間的課題であろう。

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