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空間瞬時ベクトル解析法と交直変換器への適用

古くて、捨てられた過去を背負って、しかも未練がましく、いつ迄も参考文献に挙げる「研究会資料」がある。当時を思い返すから避けたいものである。しかし、当時の電力技術理論と電気磁気学理論との統合に思いを馳せていた内容である。「複素数を解剖する」で複素平面でなく、4次元空間の例題として本論文が参考になろう。ここで、その電力技術開発に思い残したままの内容を示す。

誤字訂正「捕える→捉える」。当時は、長岡技術科学大学からも邪魔者として捨てられた事も知らずに、一人で頑張っていた。「馬鹿と利口は紙一重」と教授に陰口をたたかれている事も知らずに居た。呑気でおバカさんを今に成って噛み締めている。技術科学大学にもたった一度初代学長川上正光先生の講演以外に行く精神的余裕などなかった。なお、昭和62年2月下旬に、技術科学大学に戻るのをやめるように説得された。何の意味かも理解できずに、初志貫徹で、『以下余白』の不覚の墓穴に至った訳である。新潟県教育行政の過去と未来ー犯罪?ーがその事例だ。この過去の処理をする術を持たない自分には何の役にも立てない。昭和24年4月の行政の日本国憲法に従わない戦後処理にも原因があるか?。

(2017/06/06)訂正。一つ記事の内容を訂正させて頂く。ページ-74-に誤りがあることに気付いた。今年に成って、三相瞬時空間ベクトルの意味を考え直してみた。もう30年以上も考えずに過ごしたことであるが、今になって内容を見直して大変な勘違いに気付いた。サセプタンスと電流分離の関係を考えて気付いた。この間違いは図15の(c)にも言えることである。この(c)の場合は電圧ベクトルe と e_con_の採り方の混乱からの結果である。

複素数を解剖する

標題修正と追記) 標題の「斬る」を穏やかな「解剖する」に修正する。更にコメントが有ったので、ガウスの記憶の不明を記し、数式計算に関する件については理解不能を末尾に記す。(10月30日 末尾追記) コメントの数式の指摘に対する考えを示した。

虚数 虚数と言う数は、我々が生きているこの現実世界に存在するものを表現できない。虚数は、私が高等学校の数学の授業で学習したのが最初の出会いであった。当時の数学は「解析1」「解析2」を1,2年生で、「幾何」を3年生で学習した。教科書に載っていたように記憶しているが、虚数概念の導入にガウスが窓ガラスを這う蠅を見て、座標に虚数軸を思いついた、と言うような記述があったように覚えている(コメントで誤りと指摘された。ガウスでなくデカルトで、しかも虚数には関係ないとご指摘いただいた。しかしその点を確認出来ない)。確かではないが、当時は成程なと感心はした。2次方程式の解に虚根の導入がとても重要な数学の領域を拡大する手段になったと教えられた。今その虚数概念を「斬る(解剖するに表現緩和)」と言う意味でこの記事を書いている。私もガウスに倣って、食卓の上を飛び回る蠅を観察して、座標にどう表現するかを頭に描いてみた。我々が現実に生活する場は、どんなに考えても立体的な3次元空間である。蠅の運動を記述するなら、基準座標を適当に設定すれば良かろう。食卓の上に3っつの直角に交わる軸を設定する。それぞれの座標軸の方向に単位ベクトル i, j and k を決める。ある一瞬の時刻 t での、蠅が居る位置が座標 r(t) で定まる。そのベクトルを座標原点Oからの位置として、 r(t)=x(t)i+y(t)j+z(t)k  で表す。高等学校で、微分の微小時間を極限までゼロに近付けると、「飛ぶ矢は飛ばず」と言う意味で解釈する事を学んだように覚えている。それと同じで、極めて短い時間を考えれば、蠅は一瞬、一瞬の時刻で止まっているとも見做せる。その各軸に対応する位置が大きさ x(t)、y(t)、およびz(t) となる。この各一瞬の時刻 t が蠅の運動を記述するに必要である。その時刻の変数を時間の次元として加えるから、「4次元座標」で世界を記述する事が出来る。高等数学や宇宙物理学で5次元や多次元論が語られるけれども、私には4次元を超える次元は不要としか観えない。さて、振り返ってみて、「虚数軸」を導入した「複素数」が世界を表現するのにどれだけ役立つかと考えた時、実在世界の記述法には全く役に立たない数学的概念であると思う。複素関数論と言うとても難しい数学の世界がある。オイラーの等式訂正と指数計算例その基礎的で、有名な式に、「オイラーの公式」がある。複素数は実軸の意味で、確かに現実の物理量を表現するが、虚軸でどんな物理量を表すのかと問えば、それは何もこの現実世界に実在する物を表現し得ないのである。数学が私のような凡人には入り込めない世界を表現しているように思える。目の前に描き得る具象世界でしか、この自然界を理解できない者には「虚数」は受け入れ難いものに観えてきた。上に挙げた、オイラーの等式は巷では、世界の『至宝』として論じられ、本が書店に飾られている。有名なファインマンさんが『至宝』であると、そう褒められたように言われている。自然対数の底が自然科学の数学的記述の数式の根底を成している事も事実である。あらゆる計算の基に使われている訳だから、その数値が無ければ、計算が出来ない事になる程、数理科学の支配者のような存在である。他の数値で代用できる事態ではないが、その意味を考えると、自分の頭にはとても不思議な違和感を覚える事も確かである。その辺を、自然対数の底 e と虚数の意味を含めて、幾つか具体的な「計算例」を8つ程示した。この計算例の中で、7. の 1^jx^=?(cos x +j sin x ) は自然対数の底 e が如何なる意味なのかを考える意味で取り上げた。

自然対数の底 電気工学ではオイラーの公式が良く使われる。周期関数の三角関数での取り扱いが多かったので、正弦波である場合には、周期性を図面上に表現して視覚的に理解し易いかと言う意味で利用されたものと解釈する。しかし、オイラーの公式のように自然対数の底 e で表現する意味が何なのかは、明確ではなかろう。電気工学で表現する複素平面の図形は、「半径 1 」である。何も自然対数の底 e でなければならない訳が観えない。その事を、例題 7.  で示した。しかし、虚数を導入したオイラーの公式そのものがどんな意味を電気工学に与えたかと問えば余り意味が無いと思う。周期関数の回転座標表現で、 j sin θ の意味は何なのかと考えれば、何も意味は無いのである。三角関数で周期性の波形を表現する場合、その瞬時値が時間的にどのように変化するかだけである。それは、第一項の cos θ だけで十分である。しかも自然現象は、殆ど正弦波ではなく、電気回路の限られた導線での縛られた空間の観測回路信号に見られるものである。空間伝播エネルギーには正弦波は余りないと考える。電力系統の電力監視に於いても、あくまでも抽象的空間概念であるが、瞬時電力理論の『3次元空間』が複素関数論に比べても、格段に深い意味を提示できる。その一端を 光速度は空間定数(H/m,F/m)で決まる の図(3)に触れている。その詳細は「空間瞬時ベクトル解析法と交直変換器への適用」を参考にして頂きたい。

(コメントに関して) 指数計算例題の 7. について 1^jx=1 であると。しかし、その意味が理解できない。 1^jx=e^(log 1^jx) も、更にそれが=e^0^jx=e^0=1も理解できない。(log 1^jx)は(log 1)^jx=0^jx か(log(1^jx))=log 0 かも理解できない。

(コメントの数式への回答) 1^jx=1 というコメントに対して、次のように考える。ここで、一応虚数計算を仮に受け入れるとして、その指数計算に対するコメントに応えたい。1 のjx乗が 1^jx = 1 であるとは、虚数乗と言う数 jx が  jx=0 でも、=1 でも、=j270° でも、=j^3 でも虚数項を含まないで、1^jx=1 の実数値を表すと解釈したい。もし、 3^jx= やπ^jx=も e^jx= と異なり、自然対数の底 e でないだけで虚数項が含まれないなら、元もと虚数乗と言う意義が無いと考える。

地震とは何か

地震とは何か? 地球上で、いつどこで起きるか予測がつかない。地震現象の様子は誰でも知っている。『地震、雷、火事、おやじ』と昔から一番恐ろしい日常生活の極みに挙げられている。人間が故意に起こす、あるいは無知に因り起きる惨事の原子爆弾、原発崩壊等とは異なる。日常の生活に起きる避けられない自然現象が『地震』であろう。日本には「地震予知連絡会議」とやらの政府機関がある。『地震は予知出来る』ような誤った認識を発信する言葉遣いであると前から気掛かりであった。地震が起きる意味をどのように解釈するかはそれぞれ各人の自然観察に基づく経験的感覚が基になると思う。先日、朝日新聞に(10月10日付で) 海山引っかかり巨大地震? 防災科研 プレート境界に力蓄積 との見出しの記事が出ていた。図解で、プレート境界に海山が引っかかり、大きなエネルギーを云々と言う解釈が日本地震学会で発表されると言う記事である。前からプレート境界面での岩盤の沈み込みによるひずみの蓄積が限界に達すると、岩盤プレートの跳ね上がりが生じ、地震現象を引き起す、と言う地震の解釈が理解できなかった。今回は、巨大地震が更にプレートの沈み込む境界面に瘤(コブ)状の山があり、そこに引っかかる様な解釈で捉えているようだ。それが巨大地震の原因との解釈。いろいろの解釈があるのは結構である。しかし、「地震予知会議」の名称が当然として、異議も無い地震学会の専門家としての上のような瘤状海山の引っかかり解釈にはとても違和感を覚える。「地震予知」と言う用語が意義あるものならば、今回のような「東日本大震災」の地震が「何月何日ごろ」発生すると予報が出せるのが、専門家としての責任であろう。『地震予知』等と言う用語はまず廃止する事から専門性を発揮して欲しい。その姿勢が、『原発事故』の収拾し切れない未来への不安を撒き散らしている原因であると考えたい。

地震とは何か 確かにプレートが潜り込み、岩盤がその上に乗る事は当然の地殻変動として起きているだろう。では何故そのような現象が起きるのかと言う疑問が浮かぶ。地球上の地殻変動が地球の中心のマグマまでを含めて、地球全体が地殻回転運動によるエネルギーバランスの調和の上にあるものと解釈する。マグマの暗黒灼熱地獄は熱を放射し続けている事が地球が生きている原点であると。マグマへのエネルギーを供給するには、燃料の地殻変動による自己供給運動が必要と解釈する。太陽からの供給エネルギーをマグマの熱エネルギーの基にしていると解釈する。地震はプレートの潜り込みと言うだけの表面的な認識では、『地震予知』と言うような誤った用語を使う社会的危険性を市民の科学認識に植え付ける事になる。地震はとんでもない危険性を人間に及ぼす自然現象である。どんなに予防対策をとっても、人が海の自然の恵みを得る生き方を望む限りは、何時その地球の脅威が襲いかかるかは予測できないのである。津波がどんなに恐ろしかろうとも、その危険性を世代を超えて、如何に未来に伝え続けられるか。そして如何に犠牲を少なくするかに掛かっているものであろうと思う。地震は地球が生きる地球の生命の姿であろう。専門家に、素人が言うべき事でないとお叱りを受けよう。しかし納得できない事が多過ぎるから。

津波について再び。 今回の地震についての記事は、実はNHKのスペシャル番組の再放送の津波観測データ映像を見て、書こうと思った。津波観測計のデータ(気象庁?)で大津波波形が観測されている。その番組の解説で、専門家の視点が大津波のピークに固執しているように思えた。私が一番気になる点は、波のピークより、その前に現れる海面の沈下現象である。その波形の概形を時間軸で書くと、右図の様である。ピーク点はpで、その前に海面が先ず沈降するd点が現れる。この海面の沈降がどの様な意味を持つかは大変重要な『津波』解釈の要点になると考える。この沈降が地震震源地から海の全面に広がる。水は水面の高低差が強い波動として広大な範囲から地震震源点への水の流入を引き起す。その水の合成が大きな津波の山を産むのである。海岸点での地震時刻から遅れて生じる『引き波』の遅れ時間Tに対して、大津波が到達するのはほぼ2倍の2Tの時間後になるだろうと考える。厳密には少しいろいろの要因が含まれるであろうが。この引き波の、海面沈降現象の意味を如何に捉えるかが重要である。大津波の発生原因を探る で述べたように、地震の怖さは震源が海底時の津波である。そこに示したスマトラ島沖地震時の海底写真を見ても、地盤の跳ね上がりと言う痕跡が見えない事である。地震時の陸上での現場写真を見ても、殆ど山が崩れて没落するとか、地割れでの地上の亀裂など、跳ね上がりよりほとんどが陥没現象を示している。今回の東日本震災の地震震源地点の海底写真が何故示されないのか極めて遺憾に思う。スマトラ沖地震の海底写真を撮ったのは海洋調査船「なつしま」とある。もう7ヶ月も経過してしまったが、貴重なデータが得られると思っている。【(2014/06/14追記) 実は、この記事を書いた時には、すでに『しんかい6500』で海底調査が済んで公開されていた。東日本大震災海底亀裂等で検索すると写真がある。海洋研究開発機構の調査結果である。調査結果は予想通りの海底亀裂を鮮明に捉えていた。その亀裂は地球が海底を引き裂くのである。空気の無いところで、しかも5000m以上の高水圧の中に真空空間を岩盤間を切り離して作るのである。そんなパワーは地球の無限の秘力がなす業である。】泥で埋まる前に「海底亀裂」の現場が残っているだろうと期待している。あくまでも素人の私が感じる疑問であり、自分流の解釈であるが、自然科学の専門性には、往々にして専門と言う市民の入り込めない「遮蔽門」が立ちはだかっているように思う。『学問』の『問』であって欲しい。

(2014/06/24 追記) 東日本大震災から3年が過ぎた。何度も地震のことが気掛かりで、また地震発生の原因を地球中心核の熱源供給の地球の生命活動として書き記した。