1+1=? ー数学の論理ー

人が周りの世界を見る時、「数」という尺度で観る。古来からの当たり前の知識である。日常生活では、せいぜい一つ二つ、千万あるいは億の数値の意味が理解できれば事欠かない。しかし、現代社会のように、学問と言う特殊な、専門的分野の業界での生活が日常化して来ると、とても普通の市民が立入れない分野が増えて来る。特に『数学』と言う分野になると、そこに表現された数式一つの形式さえ、何を意味しているかが全く分からない人の集団業界に見えて来る。最近思うのである。数学と言う学問領域の最先端がどんな状況にあるかは全く分からないが、そこで用いられる表現化形式に世界と繋がる何かを本当に具体的に掴もうと意識しているのだろうかと。多分、そんな具体性等は『数学』の範疇に入らない等と言われよう。前から論じている事であるが、「虚数」がある。この世界に無い数の概念である。実在世界に無い数の概念が、科学技術分野、自然科学分野では当たり前に存在する数のように、数理世界の表現手段として、殆どその数的意味の内容が何であるかを疑いもしないで日常的に書き記し、利用されている。確かに、便利なのである。例えば、自動制御回路を組む時、その回路の『安定性』が重要である。少しの雑音信号で回路動作が不安定に成り、発散して仕舞っては困る。そこでの「ナイキストの安定判別法」には複素数が基になる。他にも、電気工学には動作解釈に虚数が多用されてはいる。「ラプラス変換法」等もその一つである。しかし、その複素数の虚数がどれほど重要な意味を持っているかは疑わしく思う。確かに電気回路解析時における手段としてはとても便利に使える。今まで、その虚数、複素数の意味を具体的に考えないで利用して来た。技術分野では、誰もがその便利さに驚きの思いだけで利用して来た。今も深くその意味を考える等自分にはおこがましい事であり、能力は無い。それにしても気掛かりな事が多くある。数学とは、論理的に完璧さを追究する学問体系と普通は考えるだろう。それは本当だろうかと怪しく感じて来た。そう思うのは、自分だけの思い過ごしかも知れない。しかし虚数の概念には、『虚時間』等と言う提唱者が世界的に有名な方で居られる。時間ならその数値の次元、単位は秒 [ s]等になるだろう。しかし私の頭で、世界を虚時間で認識する等と言う事はとても無理である。標題の 1+1=?  とは、1 が何を指す数なのかを、この世界の中で捉えていなければ無意味だと言いたい。例えば、リンゴ一つの意味の「1」と長さの意味メートルの「1」とを加えても、それが何を表現するかは理解できない「?」である。もっとも簡単な算数式の「1+1=」さえそこには『世界に実在するもの、矛盾なく誰もが理屈で考え得るもの』の対象でないと、その数式の表現する内容が矛盾と曖昧さに覆われたものになるのじゃないかと心配である。前からこんな事を書き記そうと思っていたが、今日になったのには切っ掛けがあった。ブログ『生活電気の・・』の中味を考えている内に、ハタと自分の無力さを知って、驚いた。それは、三角関数の計算で全く理解できない基礎にぶつかった。例えば、「sin 30° , sin (π/6[rad]) =? 」をどのように計算するのだろうか?(間違えて済みません。訂正します。角度が30°、60°の場合は、正三角形から幾何学的寸法の計算で得られる。また、45°も直角三角形から簡単に得られます。だから例に、sin 35.5° とでも挙げれば良かったと後悔です。思慮不足で済みませんでした。)と豆腐に頭をぶつけなければならないショックを受けた。便利にどんな三角関数計算も「電卓」一つで済まされる時代である。しかしその『基礎』に踏み込んでみると、何にも理解出来ていない自分が在る。1[㎡] + 1[m/s] = 2 [?] 等の計算をしないように気を付けようと、改めて『基礎』の大切さを噛み締めたい。論理性と言う理屈の中味に注意したい。

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