月別アーカイブ: 2011年3月

エネルギーで見る世界ー津波ー

水が示す様相は誠に不思議に満ちている。その恐ろしい姿は『東日本大震災』で悲惨な悲しみを残した。それが津波(TSUNAMI)である。津波は波であるが、波動方程式に乗せて解析できない波だと思う。特にコンピュータで解析する範囲は限られているように思う。陸上に流れ込む津波の水流まで波動方程式で表現できるのだろうか。津波は陸に上がる水の威力が問題であるから。その点で、波の本質をどのように捉えるかが極めて重要と思う。物理学理論に於いて、『エネルギーの本質』の捉え方が大変あやふやであるから、この機会に『エネルギー』の具体的な事例として、『津波』を取り上げようと考える。上の図は2007年8月に出した「詩心乗せて・・」物理学解剖論『波の本質』に乗せた図である。津波は階段波である。水に乗った『エネルギー』の流れである。ITの検索に拠ると、津波の速度が水深 h [m]に拠ると出ている。津波の伝播速度  v はv=√gh [m/s] と計算されると出ている。ただし、 g は地表の重力加速度で、g=9.8[m/s^2^(m/(sの2乗の表記法))]である。それによれば、太平洋の水深h=4000mでの津波速度は時速720km、秒速では200[m/s]と大変な高速波動と成るようだ。この速度式は、実際の観測に照らしているから正しかろう。

(1)津波速度は海岸で加速する(これは間違いである。2017/10/28 追記が正しい)  この項をどのように纏めるかで、困惑している。上に記したように、『津波の伝播速度』が v=√(gh) [m/s] で決まると言われている。gは重力の加速度で9.8[m/s2乗]の値、hは水深[m]を表すと言う。この式が本当なのか、どうかの判断が出来ずに前に進めなくなった。この式も、何故そのように成るかという理由が見当たらないのである。『波のエネルギー伝播』と言う認識で解釈するべきと考えるが、この式がその解釈と整合しないのである。私だけがその式の論理的根拠が理解できないのであれば、謝らなければならない。しかし、物理学理論には、これと同様に如何にも本質的で基本原則と言うにも拘らず、深く追究すると全くの無意味な物である事が分かる事例が多くある。従って、この式の真偽が論理的に考えて、結論が得られなければ暫くこのままに中断しておきたい。御免なさい。(2013/5/15追記)すでに津波の海洋での『伝播速度』はほぼ一定の200[m/s]と、海洋の深さに無関係であると解釈している。それは圧力エネルギーの縦波の伝播速度と解釈した。津波(tsunami)を解剖する後半に記した。(2016/10/12)追記。今読み返して少し補足したい。『速度』の意味であるが、海洋では水が速度を持つ訳ではない。津波の『圧力エネルギー』が速度を持つ訳で、水は殆ど流れない。海岸に上陸する『津波』は海洋の圧力エネルギーが水の運動速度エネルギーに変換されて、水の『速度』として水が上陸するのだ。(2017/10/28)追記。もう一言付け加えておく。「津波速度は海岸で加速する」は正しい表現でない。津波の海洋伝播速度は毎秒200メートルの高速である。しかしその速度は水の質量の運動速度ではない。水と言う質量媒体に乗った「圧力エネルギー」である。鉄棒の一端を叩けば、先端にまでその衝撃が伝播する。鉄棒の各部は僅かな縦振動をするだけで移動はしない。それと同じく水は移動しない。圧力エネルギーだけが伝播するのであり、水は海洋の津波の高さの上下運動の波を打つだけである。そのエネルギーは物理学での運動エネルギーでも位置エネルギーでもない。海岸ではその圧力エネルギーが浅瀬の為に、同じエネルギー(保存則の原理に因る)を伝播するには高さの増加に因るだけでなく、水の運動速度エネルギーに変換せざるを得なくなる。その水の移動に変換した運動エネルギーの速度は海洋圧力波伝播速度とは比較できない遅さである。海岸ではその地形で圧力エネルギーと水の移動の速度エネルギーとの割合が変化しながら、元の海洋圧力エネルギー波の『エネルギー量』を保存したままで津波の上陸となる。最近テレビで、南海地震の想定の映像での海岸線の波の映像を見て、何かピコ、ピコと跳ね上がる様な波の様子はちょっと津波の映像に相応しくないと感じた。海洋伝播の圧力エネルギーの意味を捉えていないからではないかと思う。物理学の『エネルギー』認識に問題があると。海岸線で津波による海面が競り上がる映像でなければ正しくはないと思っている。

(2)津波の高さとはどのような意味か 、以前から気掛かりであった。北海道の『奥尻島』の地震に伴う津波が高台まで届いて、多くの犠牲者が出た。その時専門家が言うに、「何でこんな高いところまで波が来るのか」と驚く解説をしていた。私は当たり前の事と思ったから、逆にその発言を訝った。この度の津波の高さがやはり問題視されている。そこでITで検索すると、解説が間違っている事に気付いた。(2013/04/30 追記)海上で見る津波の高さは海面に対しての高さを言う。しかしその波が海岸に到達したとき、どの高さまで上がるかという『高さ』はその海上の波の高さとは全く異なる『高さ』である。それは海岸に到達した海水の持つ『エネルギー量』で決まるのである。海岸に到来する波の『エネルギー』をどう解釈するかに係っている。その点の解釈を自分なりに纏めてみた。堤防面と津波

津波の高さとは? 上の図で私の解釈する『津波の高さ』と言う意味を説明したい。このたびの震災でも10メートルの堤防を津波が超えて、街が大災害を受ける結果になった。残念であるが、その堤防と津波の高さと言う意味には誤った認識が有る。何も海で津波の高さが高くなくても、街に到達した時のその『波の高さ』と言う、どの程度の高さまで到達するかと言う意味とは異なるのである。それを上の図に示した。(この図には表現内容に不十分な点がある。それは堤防を登る津波の水流の断面積に間違いがある。流れる水流を頂上まで一定とすれば、断面が減少する事はないから。その図表現は正しくないのですが、その点をお許しください。)海岸線が平坦で、その津波の高さがh_s_(下付き文字sの表記法とします)、津波の速度がV_s_で水深に無関係に同じ速度と仮定する。その津波が堤防を越えるのである。津波その物の高さが高いのではない。津波も一定の衝撃状の階段波であるから、普段の上下する様な『水面波』の形状はしていないのである。押し寄せる階段波が後ろから連続して来るから、その前の水の波は堤防の面に沿って押し上げられるのである。堤防の途中の、高さhの点の単位体積当たりの水が保有する『エネルギー』、それをE_h_[J/㎥] のエネルギー密度とすれば、

E_h_=ρgh+(1/2)ρV^2^[J/㎥]    (1)

と位置エネルギーと速度エネルギーの和として表現できる。ここで数式を直接記すには文字の表現に無理があるので、数式をファイルで示す。津波到達高さ(2017/09/09) 追記。津波と水力学の運動方程式との関係には難しい問題がある。用語で『速度』と言うと、一般的には質点の移動速度で解釈する。海洋を伝播して来る津波の速度は質点の速度ではない。水は運動しないから質点、質量の速度ではない。「津波の速度」とは「圧力エネルギー伝播速度」である。速度Vsとはエネルギーの速度の事である。海岸に到達した時、その津波の『エネルギー』は殆ど減衰しないと考えなければならない。海岸の浅瀬に到達した津波の『エネルギー』は海底の地形や海岸に入り江の形状などで、水の質点の運動エネルギーに変換し入り江が狭まれば、どこまでも高さと水の速度に元の海洋を伝播して来た圧力『エネルギー』がすべて等価的に変換される訳である。だから地上に到来する津波の高さとは海洋伝播の圧力『エネルギー』が損失無しに殆ど変換されると解釈しなければならない。『エネルギー』の等価変換により、障壁が有れば海岸全体の地形との関係で、エネルギー分布バランスが成り立つ高さまで何処までも乗り越えることになる。津波の上陸する『高さ』や『速度』と言う用語の意味は、すべて『エネルギー』の等価変換から割り出されるもので、幾らと決められるものではない。

一方、その水が丁度堤防の高さまで届くとしたら、そこで速度がゼロとなると考えれば良い。その堤防の高さがHメートルとする。その点における水のエネルギー密度は E_H_ [J/㎥]と成り、そのエネルギーは位置のエネルギーだけとなるから、

E_H_=ρgH             (2)

である。今(1)式で、津波を海岸の到来波で考えると、高さh_s_[m] 、速度V_s_[m/s]であるから、そのエネルギーは

E_s_=ρgh_s_+(1/2)ρ(V_s_)^2^ [J/㎥]     (3)

と成る。エネルギーの保存則が適用できる場合と言えるから、(1),(2)および(3)式が全て等号で結ばれる事に成る。(2)式=(3)式より、津波が到達する堤防の高さ H は 次式で求められる。

H=h_s_+(1/2g)(V_s_)^2^ [m]

以上で説明した事は、津波その物の高さ h_s_と到達高さ H とは異なると言う点である。例題を一つ挙げておきましょう。h_s_=7[m],V_s_=2o[m/s] としてみましょう。その時、H=7+(1/2)(1/9.8)20^2^=27.4[m]  の高さまで登る事に成ります。また堤防に面した部分は殆ど水が静止した状態となり、高い水圧がかかるものと解釈する。静水圧は堤防の最下面でH=27.4[m]の水深圧27[ton/㎡]にも成る。その力は津波が街を破壊する恐ろしさを秘めている事を示す。水には物を軽々と持ち上げる『浮力』と言う力がある。

津波の破壊力と液状化現象 この度の津波の破壊力の凄まじさに地球の生命の実相をまざまざと見せつけられた。堤防もコンクリートの建物も薙ぎ倒して破壊した。上昇水面テレビで、その様子が放映され、コメントが有った。引き波の威力が強調されていた。

(追記 2012/02/10)  これ以降の私の解釈について訂正しなければならないことがあります。今まで放置した事をお詫びします。それは以前NHKの解説映像を見た。それは津波の返し波で建物が海側へ倒壊している原因を探る実験映像であった。その時に訂正しなければと思いつつ放置して来た。上の図の『破壊力点』と示した点についての訂正です。その点は確かに水圧が最大と解釈出来ますが、あくまでも「静水圧」と考えるべきです。動的な破壊力としては堤防を越えた水流が陸側の堤防下端に落ち込む時の岩盤土砂の「えぐり取り」が堤防破壊の一因になっているだろうと解釈する。そこで、堤防を越えて流れる場合の様子だけ図に示したい。更に他の点についても改めて、別に論じさせて頂きます。

(2019/01/18)追記。この部分を削除し訂正する。津波が帰る引き波で堤防が海側に転倒するのは理屈に合うと思う。

『液状化現象』と言う問題がある。地震に伴い地表面の土壌が液状化する。土砂と水が液状に成る現象である。その泥水状態は途轍もない破壊力を持つのである。『アルキメデスの原理』は古典的物理の英知である。その原理によれば、水と土砂では流体の比重差が大きく、土砂の場合にはトンデモナイ浮力の破壊力となる。6年ほど前の『中越地震』で近所の殆どのマンホールが 1 mも高く飛び出したのである。異様な光景であったが、液状化した土砂はコンクリートなどいとも簡単に『浮力』で持ち上げてしまうのである。津波は汚泥状で押し寄せるから、建物の下面にその汚泥が入り込む僅かな隙間が有れば、忽ちにして強力なアルキメデスの浮力で浮き上がらせてしまうのである。『水の神通力』とも呼べる不思議な水の素顔が隠されているように思う。水には本当に『エネルギー保存則』と言う物理学上の大原則が成り立つのだろうかと言う『魔物の力』さえ感じる。浮力で持ち上げて物に水はエネルギーを消費せずに、それをエネルギーの上乗せとして、津波の威力を拡大しているように見える。防波堤がどんなに高かろうと、津波の力は液状化と支える岩盤との調和がとれた構造設計が無ければ、『建設費の無駄』に終わるのであろう。

(追記) 有り難い事にこの記事を見てくださる方が多い。確かに地震関係の専門家の解釈には、学説に忠実で、日常感覚からずれていると思う。今回の『東日本大震災』は地震時の津波現象の恐ろしさを如実に示した。関連で、「大津波の発生原因を探る」 にスマトラ島沖地震後の海底亀裂断層写真ー『朝日新聞、2005年3月30日付記事』-と、私の古い図解を再掲した。

(2013/05/01)追記。海底亀裂について、道草問答(5)津波と真空破壊力に述べた。震源地が近い場合は、海岸線で引き波があるか無いかで、その津波の大きさが推し量られると解釈する。引き波(津波到達前の)があれば、巨大津波に成るだろう。それは海底亀裂が原因となるからである。この解釈は、気象庁など、専門家は採らないようだ。近海での地震時に、津波警報が出る。放送で避難を呼びかけることに成る。しかし、50cm程度の津波で済むことが多い。50cm程度の時に、津波警報での避難と言うのも、本当の巨大津波が発生した時に対する警戒感を削ぐと心配である。海岸での引き波(津波前の)を監視する対策が欲しい。堤防を高くする津波対策は、引き波(津波前の)を捉え難くする。また、水の特性も中々捉えにくいと思う。そこで、水 その実相および津波(tsunami)を解剖するに少し自分なりの考えを纏めた。

放射能と発熱の正体は何か?

この度の東日本大震災(2011/03/11)の未曽有の自然災害に言葉も無い程の悲しみを抱いた。中でもその二次災害で、科学技術の粋を集めたエネルギー供給方式の原発が技術破壊の脱落現象に見舞われてしまった。地球の破壊力に人間の知識の弱さを曝してしまった。その原子力と言う普段は日常で電力を使いながら、意識から遠ざかっていた『原子核分裂の利用と物理的現象認識』について、自分の無知を思い知らされた。昔、高校生に『発変電』の教科で教えて居ながらである。今日はそれらの事を踏まえて、この度『原発事故の事後処理と安全終息への献身的な現場技術者の格闘する現実』を見て、その過程で様々な疑問を抱いた。最大の無知を挙げれば、『使用済み核燃料の発熱現象』である。今考えてみれば当然のことであるが、核燃料が核分裂した後の生成元素が放射性物質である事は理解していた。その放射能と言う『何か』を吐き出し続けて、その強さが半分に成るのに要する期間を『半減期』と言う事も知っていた。しかし、それが『熱源』であるとは意識していなかった。今度の事故に基づく経過を教えてもらいながら、そこに多くの『疑問』を抱く事になった。それは原子核物理学の専門分野で使われている常識の『専門用語』とその『単位』の意味が理解できない事を知らされた。それは恐らく私だけでなく、多くの人も理解できない事であろうと考えて、『疑問』を基に基本的な事から、考え直してみようと思う。ここで、素人の私が記す事に如何程の意義があるかは不明であるが、専門家の論理に疑念を提起する事が市民の未来の安全に欠かせない科学認識に繋がればと考えての事でもある。先ず『放射能』とは何か。その計測単位、シーベルト[Sv] 、ベクレル[Bq] 等の単位が使われていた。それが具体的にどんなものを言い表しているか。それは放射能と言う用語の実体をよく理解できないからでもある。α線、β線あるいはγ線等と言うもので説明されるが、それがどのような物であると理解すれば良いかという問題である。α線はヘリュウム原子、β線は電子そしてγ線はレントゲン線のX線の様なものと言う。

減衰特性と半減期原子が崩壊する時、その崩壊特性は指数関数の半減期の特徴で推移すると言う。その減衰特性を先ず考えてみよう。上のグラフが表している事は、ある放射性元素の原子数が崩壊して、その数量が指数関数的に減少する様子を示している。自然対数の底 e =2.7183 の -at 乗でat=0.693が半減期を表している。即ち、e^-0.693^=0.500073となり、ほぼ半分となる。もし、tが日数を意味する変数とすれば、t[日]で 係数 a を0.693[1/(半減期日数)]の特性値で捉えれば、a が各放射性物質によって異なる値となり、グラフの特性式で解釈できる。例えば、ヨウ素131、セシウム137およびプルトニウム239の半減期がそれぞれ8日、30年および2.4万年だそうであるから、ヨウ素のaはa=0.693/8=0.08662、セシウムのaはa=0.693/(365×30)=0.0632×10^-3^[1/日数] となる。

減衰特性に関する疑問  上の特性式の『真偽』を実験で確認する事が出来ないから、専門家の言うことを信ぜざるを得ない。プルトニウム2.4万年の半減期などどうして確認できるのだろうか?また、放射性原子の崩壊とはどのような過程と解釈すれば良いか。単一の元素集団の中で、単独に、順次1つづつの原子が崩壊して行くのか、あるいは全体として放出と入射を繰り返しながら、放出エネルギーの量が減衰して行くのかが分からない。個々の原子の放射現象はどう認識されているかである。減数特性が確実に指数関数的に変化するかは『原子力発電所データ』の運転実績で詳しく調査・収集されている。市民対象の外部に公表されるべきであろう。

『放射能』とは何か?  (2012/03/21)追記と修正(『放射能』という用語が極めて不明確である。以下の記事にも意味不明のまま使われていた。『放射能』と『放射性物質』更に『放射線』との関係が曖昧のままである。特に『放射能』という用語の意味が放射された放射性物質のグラム量(分量)であるのか、その放射性物質から放射される「放射線量」の測定値であるのか、どちらを示すのかが不明確である。そこで放射能(線量)のように(線量)を( )書きで追加して、自分なりに放射線量という意味に明確化するように書き直した。

ここで、『原子力発電所と核分裂反応』の事を私の理解の範囲で、その基礎的な事項と疑問を書き記したい。先ず初めに原子力発電所の概要を図で示す。詳細は分からないが、おおよその発電所の機能で十分であろう。ここで述べたい事は、原子炉での核分裂で得られる熱エネルギーがどんな原理で発生し、どのように使われているかの概略を考える事である。原子力発電等熱エネルギーを利用する発電所はエネルギーの半分程を海に捨てなければ発電できない熱勘定の基に運転されている事をまず知ってほしい。だから電気エネルギーは大きな熱エネルギーの無駄の上に成り立っている事を知っておく必要があろう。原子炉で核燃料のウラン235の核分裂で放射される熱で水を過熱蒸気にする。その高温高圧蒸気で蒸気タービンの回転、発電機の回転を通して電気エネルギーに変換するのが主な発電所機能である。核燃料の利用した熱エネルギーの内、送電できるエネルギーは40%程度になる。この発電所の『熱サイクル』は地球温暖化に対する致命的なリスクを担っているのである。原子力発電の熱の行方

ここから原子炉内の核分裂と言う現象を考えようと思う。ウラン核燃料の核分裂で、生じた「セシウムCs137」が現在の放射性物質の食品や、環境汚染の問題の元凶になっている。しかし、古い物理学の教科書にはそんなセシウム137など、少しも載っていない。と言う事から見ても、相当原子力理論には曖昧な部分が多く、専門的な面で論理性が無いように思える。その意味で、標題の内容をもっと突っ込んで考えて見たいと思う。そこには『物理学教育』での『熱理論』そのものにも大きな矛盾があるからと解釈している。『熱エネルギー』とは何か?を問わなければならない。 『温度とは何か』が問うもの にも少し述べた。ここでは、原子力発電所での熱源は原子炉での『核分裂』である。そのウラン燃料の核分裂の状況を正確に知りたいが、余り詳しく説明されていないようだ。ウラン235の分裂に因る生成物質の原子も多様で200種程になるらしいと記載されている。その過程は極めて曖昧ではっきりしない。そこで適当に考えて、核分裂における様々な生成元素の状況を含めて、上の図に表現した。燃料棒ペレット内で起きた核分裂の結果、発生する熱はどのように生まれるかと言う点を考えたい。まさかと思うが、物理学教育で、発生した分裂生成物の運動エネルギーが衝突の繰り返しで、エネルギーを摩擦熱に変換するからだ等と説明する教育者はいないと思う。そんな無益な教育が行われていないかとても気掛かりだ。例えば、広島、長崎における『原子爆弾』の炸裂で、窓の鉄格子が熱と爆風によりグンニャリと曲がったのは決して運動エネルギーに因るものでない。光と爆裂の圧力と体積の積のエネルギーが『熱』のエネルギーとなるのである。『質量欠損』と言う自然の奥深い物理現象の真髄に関わる『エネルギー変換』が核分裂の意味と解釈する。質量がエネルギーに消え、熱に成るのである。一つ加えると、セシウム137は核分裂生成物として原発事故以前は殆ど書かれていなかったようだ。それが、事故後はその除去がとても大きな問題になっている。食品も「放射線」はそのセシウム137の問題のようだ。恐ろしいプルトニュウムの問題も見え隠れしているようでもある。

少し気になる事。原子力発電所の運転実績における『核燃料と核分裂生成物』の具体的なデータが公表されているのだろうか。核分裂理論での崩壊特性等は書籍にあるが、発電所燃料における具体的成分と分裂特性は『部外秘』扱いなのか(核燃料物質の拡散防止・管理の問題もあることであろうから)。原子力利用の原理は、核燃料ウラン235(天然のウラン鉱石を採掘生成すると、その僅か0.71%程度しかない)で、それにエネルギーの小さい熱中性子を核に吸収させ(吸収断面積と言う概念の実態が理解できない)、核分裂によって発生する熱エネルギーを利用する。その熱で蒸気を作り蒸気タービン、発電機を回して電気エネルギーに変換する。分裂生成原子の質量との差を質量欠損と言い、それを『結合エネルギー(この概念も理解できない)』分の熱解放と言う説明がされている。ウラン原子核が核分裂して生成された原子が放射能(放射線量)を排出する場合、その生成原子を放射性核物質と言うと解釈している。セシウム、ヨウ素などの事であろう。その放射性核物質が放射する『放射能』とは何かが分からないのである。『放射能』と言う言葉はradioactivityの日本語訳である。放射線を放出して害を与える可能性のある物質(放射性元素あるいは分子)の能力を『放射能』と言うのであろう。放射能が存在する訳ではない放射性能力が有る物質が存在するのである。放射性物質から放射されるエネルギーの形態は、α線、β線などいろいろである。γ(ガンマ)線は電磁波と同じ部類で粒子とは言えない。しかしそれは物質の透過性が強い電磁波である。人体に入射したとき、細胞に、あるいは遺伝子細胞のDNA結合分子にどんな作用をするか、またその作用の仕組みが明らかなのか?その意味を知ってそこ、放射能(線量)測定の数値と単位について、それが適正かどうかの評価が可能になると考える。単位の事は後にして、先ず放射能(線量)放出に拠る『熱現象』の意味をどのように捉えればよいかと言う疑問である。使用済み核燃料が長年にわたって、貯蔵プールでの冷却が必要であると言う事実。それを知らなかった無知を恥じている。使用済み核燃料が原子炉から取り出された時の燃料温度に基づく保有熱量とその後の貯蔵プールでの放熱熱量の関係が何に拠るのかという点に『発熱現象』の物理的意味が存在する。今回の原子炉の冷却および使用済み核燃料の冷却の様子を知るにつけ、放射能(線量)と言う物の意味とその熱的意味の両方の物理的論理の統合が自分なりに欲しいと思った。『燃料が熱を持っているから冷却する』と言う説明が初めの頃有ったように記憶している。その時異様な理解し切れないものを抱いた。確かに核分裂、中性子に拠る臨界状態の分裂は起きていないであろうが、原子からの放射と言う事は、その原子の質量が放射エネルギーとして失われているのである。質量欠損が起きているのである。元々の保有熱量ではなく、新たに放射と言う熱エネルギー放出を継続している核燃料の熱放射現象である。この放射の機構を次のように解釈している。指数関数的に減少する『減衰特性』に従う(使用済み核燃料の)生成原子核物質の放出する放射能(線量)が冷却を要するエネルギーの熱源であると言う認識に間違いは無かろう。環境問題で、『放射能(線量)』と『放射性物質』という二つの用語の意味は全く異なるものである。『放射能(線量)』はα線(ヘリュウム原子)は元々科学的には反応しない不活性ガス分子である。しかし質量をもつ粒子であるから、分裂する訳ではなく、その運動エネルギー(保有熱エネルギーか?)が大きく細胞破壊に影響するのかも知れない。しかし、殆ど紙をも通過できないと言うから、危険性がどの程度の放射能(影響力の線量)に位置づけられるかは不明で、専門家の明確な回答を望む。次にβ線がある。それは電子の流れのように説明されていると解釈する。核内から、陽子や中性子が変換して、電子や陽電子を放出すると言う核分裂理論のようである。原子力発電は核分裂技術と言う面から、核子等「素粒子理論」にも密接に関わっている。その意味で、素粒子論の高尚な意味が日常生活上で、放射線の人体に影響するかどうかの問題にも数量的説明が求められると思う。陽電子やニュウトリノの放射性能力に関する専門家の御説明が頂ければ有り難い。しかし、私は『電荷』を否定する。それは元もと原子外殻軌道電子論など、矛盾が多くて納得できないからである。私なりに、β線とはエネルギー流であると解釈している。その局所的エネルギー分布の一固まりがどの程度のエネルギーの空間分布積分量かを知る事が出来れば、その『放射能(線量)』と言う意味を理解し、納得する事が出来るであろう。しかし、計測量の単位ジュール[J]を空中で測定するのは困難であろうから、なかなか理解に至らない。ただ、もしβ線が『電子』『陽電子』あるいは『ニュートリノ』等から構成されているならば、それらをどのように計測するのだろうかと疑問に思う。計測法にもゲルマニュウム検出器、シンチレーションカウンタあるいはガイガー・ミュラー計数管等いろいろあるようだ。

『放射能(線量)』『放射性物質』の計測量と単位について 空気中の放射能汚染この表現は放射性物質が付着して、常にその付着物から放射線量を放射し続けている状態の生存環境汚染という意味で捉えるべきと思う)は『モニタリングポスト』と言う計量システムで計っているようだ。そこで使われる『単位』はマイクロシーベルト[μSv] その千倍のミリシーベルト[mSv]である。この単位の意味が理解できない。安全に慣らされて、放射能汚染(上に同じ意味)など意識していなかったところに突然現れた単位である。専門家には常識であろう。素人は、その意味を理解しようと、本質を探る。少ない科学書籍や事典類から、1[Sv]=a[J/kg] (関連して、1[Gy(グレイ)]=1[J/kg]もある)と言う意味らしい事を知る。このaがなかなかの曲者であるように思える。それにしても、マイクロあるいはミリシーベルトが1kg当たりの数値を表していると言う。大気中の1kg中に存在するエネルギー[J]を、しかも『放射能(線量)』は光と同じエネルギーの空間伝播量である。あるいは粒子なら、モニタリングポストの検出器部分を通過、捕獲される物であろうから、そのエネルギー[J]を測定しなければ、何[μSv]と言う測定値は得られないと思う。専門家の言う事に従えば良いと言われそうであるが、安心できない。確かに、モニタリングポストの測定法で示される数値は、大気放射能汚染度として技術的に適正であろうとは思う。しかし、その単位の意味が正確かという点で何を計測して何の質量[kg]当たり、何のエネルギー[J]を計り、その係数aをどのように評価するのかが理解できない。また、先日から『放射性物質』の降下に基づく土壌汚染が生鮮野菜や源乳汚染問題を引き起している。これは『放射能(線量)』ではなく放射能(線量)を放射する放射性元素の問題である。その単位がベクレル[Bq]と言う、原子核分裂崩壊の理論の基礎概念量として使われる物である。教科書に拠れば、放射性物質の崩壊現象を 何 [events/s] と考えて使う単位のようである。ここで、原子崩壊現象の回数等と言われても、一体何を指すかがなかなか理解し難いのである。1キューリー[Ci]= 3.7×10^10^ [evennts/sec]=37ギガベクレル[GBq]と言うような意味らしい。この単位が農産物の1kg当たりの数値で計測されたと言うことである。この単位も全く理解できない数量である。農産物を食して、放射性物質を体内被曝した場合の、その安全性を評価する『単位』であろうと解釈する。ヨウ素とセシウムでその放射能(線量)減衰特性(放射性物質の崩壊に因る物質量の減少特性)も異なり、体内吸収量(原子の数単位)と時間の関係で、その評価基準も異なる筈である。しかも、何故この場合だけ、シーベルト単位を使わないのかも不明である。測定する物理量はどちらも、『エネルギー量』に関わるものと思う。以上の疑問は、専門家にとっては、戯言と一笑に付されるかもしれないが、素人が理解出来るように教えて頂ければ、未来への市民の関わりが安全の基に役立つかとの思いで認めた。

(追記)計測量に対する疑問は実際の医学的放射線の影響とは少し異なる次元の話で、日常の意識とはかけ離れたような観を受けるかも知れない。しかし今でも『単位』は科学的認識の規範であると思う。実際の放射能(線量)観測データの報道が極めて曖昧である事には間違いない。例えば、ある測定値が何々マイクロ㏃であるから、1年に換算すると何㏃になると言う。この表現は、電気で使う何(ワット)Wであるから、1年に換算すると何々Wになると言う表現と同じ事である。電気ではワット[W]とワットアワー[Wh]あるいは[kWh]等と単位が異なる使い方で初めて論理的な話になる。[kWh]はエネルギー[J]と同じ物理的意味である。[Bq]=[event/s]であるから、[event]が何を指すのかが不明である。さらに、エネルギー[J]との関係が不明である上に、1年に換算するとはどう換算するのかが分からない。[BqH(ベクレルアワー)]としても、エネルギーでないから理解の糸口を掴めない。要するに『専門業界用語』の分かり難さが際立つ。今科学論全体が「非論理的が故の積み木崩し」の危機に直面していると言わなければならない。

 

超伝導現象とは何か?

日本物理学会の発行誌「大学の物理教育」を手にした。今回は『超伝導現象』に関する教育報告記事が載っている。それは高校生、学生や一般市民を対象にした公開講座などである。誠に理科離れを食い止める方法としては大いに結構である。しかし、その現象の物理的原理や解釈については私自身も疑念を持っている。『超伝導現象の誤解』 日本物理学会講演概要集第63巻p.691  (2008.9.20) で現象の解釈が間違いである事を発表した。難しい理論に「BSC理論」と言うのがあるが、『電流』が導線内に流れていない事を考えれば、理論がどうであろうと『超伝導現象』の電流解釈からして間違いであることは否定できない。この辺に、即ち学生に理解させようとしても、理解させるだけの解り易くて、納得させ得るだけの説明が出来ないジレンマを抱えた研究者側の実像があると思はれる状況に、本当の理科離れを起こす原因があるのだろうと考える。私自身が、電力変換制御回路の電流解析を得意としながら、否定する『電流』概念の矛盾認識がある。電流は流れず 電流計は何を計るか 。に電流の意味とその矛盾を述べてある。

超伝導現象はその磁気特性に際立った特徴がある故に話題に成り、利用されている。『マイスナー効果』と言われる現象がある。超伝導現象として目の前に提示するには効果的な現象である。低温超伝導体が磁石の上で空中に浮かぶ現象のことらしい。希少金属で話題になったネオジム磁石の強力磁場中で浮くらしい。だから、超伝導とは磁場、磁気に関する現象と解釈すれば良い。そこで磁界とは何かであるが、それがそもそも『電流』とは何かを問う事に成るのである。電流計で計るものは決して導線の中の電子の流れる量(逆向き)など計ってはいないのである。導線のコイルの周りにできる『磁界』を磁気的な力を利用して検出しているだけなのである。そこで『磁気、磁界』とは何か。磁界・磁気概念の本質ファラディ電磁誘導則・アンペア周回積分則の物理学的矛盾 。等で電流や磁場の関係を、教科書の矛盾を解説した。技術は生活に便利さを提供する。しかし、その物理現象の解釈には矛盾が多く、その本質に真剣に立ち向かう研究者の姿勢が無ければ、本心から納得できずに、理科分野への近づき難さの気持ちを起こさせないかと心配でもある。磁石の強力磁場上に物体(超伝導体)が浮遊する『マイスナー効果』は物体が磁石の空間磁気エネルギーの回転流が磁石周辺部に集中して、物体がそのエネルギーを反射する事によって生じる現象と解釈する。物体にエネルギーが入射すれば浮力は保てなくなる。それはエネルギー入射ロスによる加熱現象を起し超伝導現象が破れるのであろうと解釈する。導体との関係で、エネルギーが導体内部の結晶構造に因り熱化すればエネルギーロスになる。しかし、導体内部での熱化が起こらないエネルギー流は、殆ど導体表面でのエネルギー反射現象に因り、損失が起きない状態と解釈する。上の図は日本物理学会で、超伝導現象の誤解 第63巻第2号第4分冊 p.691 の発表に使った資料である。

エネルギーで観る世界ー序論ー

世界を『エネルギー』で観るか『電荷』で観るか。こんな見方に科学論への根源的変革を迫る意味が含まれているように思はれる。『世界を見る』の世界とは科学的あるいは技術的な視点から、日常の生活上で思考に上る自然現象の解釈に関わる観方の対象世界と言う意味である。専門領域が複雑になり、余りにも市民社会からの乖離が大きく、その共通理解が出来ない独善的な社会的不適応状態に陥っていると思う。その複雑怪奇な現代の『科学技術の状況』を誰もが、基本的な部分で大よその理解が出来ることが必要不可欠な時を迎えたと考える。それは、「科学」とか『技術』とか言う事の意味をおおざっぱに捉えなければならない事でもある。そこに『科学の基礎概念』の明確さが何よりも必要となる。『基礎』が共通に理解し合えなければ、どんな高度な科学技術や科学研究もその応用過程で、様々な困難な問題に直面する事になるであろう。

「科学」とか『技術』とか、あるいは『文明』と言う言葉は、それぞれが密接に関連した内容であるが、必ずしも同じ意味ではない。それらの言葉の意味を辞典から抜き出してみよう。「科学」世界の一部分を対象領域とする経験的に議論できる系統的な合理的認識(広辞苑第二版)。『技術』科学を実地に応用して、自然の事物を改変・加工し、人間の生活に利用するわざ(広辞苑第二版)。『文明』人知が進んで開けた世の中。特に、生産手段の発達によって生活水準が上がり、人権尊重と機会均等などの原則が認められているような社会、即ち近代社会の状態(大辞林)。等とある。これらの言葉の意味を改めて現代社会に当てはめて見ると、「科学」や『文明』が『技術』の意味に比べて、その通りに的確な解釈かと疑わざるを得ないように思える。余りにも『技術』が突出して人間の生活、とりわけ物質的な進展とそれに対する精神的な不整合が様々な社会的不安定性を醸し出す結果になってしまった。それが、今回の『東日本大震災』と言う自然現象の脅威と人間の生活形態の利便性との大きな隔たりを目の当たりにする事になったと思う。今回の記事を書こうと思った直接の引き金は、『エネルギー』と言うものの物理的威力を『津波現象』に自然が示した脅威に突き動かされたからである。しかも『物理学理論と教育』と言う視点で観た時、『エネルギー』の実在性への認識がそこには全く無いと思える。教育は『高尚な学理を伝える専門能力に基づいてなされなければならない』と言う何処かの閉鎖的保守意識で覆われているから、中々新しい『エネルギー』認識にはたどり着けないのが現実であろう。物理学理論の『エネルギー』は必ず『質量』を必要としているように見える。ただ『光』だけは意味不明の「振動数」と言う概念に頼っているが、「運動エネルギー」と『位置エネルギー』あるいは『気体分子運動エネルギー』等にある通りであろう。『質量に依拠しないエネルギー』あるいは『媒体に対すつエネルギーの主体性』に拠って様々な物理学理論の方程式や数学的概念を解剖し、その現象の根底に含まれる本質や矛盾、間違いを摘出できないかと考えている。例えば、シュレーディンガーの波動方程式の意味、衝撃波状津波波形の解釈、原子構造の軌道電子論の矛盾あるいは電磁現象等。その解釈で、基本物理量に『エネルギー』一つを掲げての解剖に挑戦してみようと考えている。殆ど今までの教科書的解釈とは異なる側面からの考え方であるから、入学試験を受けようとする学生さんには全く参考に成らない内容であろう。入学試験の問題の解決法とは逆の論議あるいは不効率の学習内容に成るので、ご理解願います。記憶する学識とは相反する思考法の論述に成る事が多い。