『特殊相対性理論』は詭弁論

アインシュタインが現代物理学に及ぼした影響は計り知れない。私が電気磁気学の『アンペアの法則』『ファラディの法則』の物理学的解釈に矛盾を感じて、物理学の基礎理論に挑戦する事になった。1986年(昭和61年)に、電磁エネルギーと光の関係に取り組む最初の関門がアインシュタインの余りにも有名な『特殊相対性理論』であった。それから四半世紀も過ぎた。アインシュタインが1905年に「運動している物体の電気力学について」として発表した論文が『特殊相対性理論』と言われている元の論文である。私がその論文、『特殊相対性理論』が間違いであると確信したのは『光の相対速度 cr』を導出した1991年1月である(2014/10/08末尾に追記☆)。その基本式について、光相対速度と空間ベクトル解析に表した。結局マイケルソン・モーレーの相対速度検出実験結果に対する評価の間違いが根本的な問題である。即ち『ローレンツ短縮』の仮説が間違いである。光の相対速度式の導出への考え方を簡単に整理してある。『特殊相対性理論』は詭弁論 と標題にした。それは余りにも極論で、信じられない人が多いと心配でもある。しかし、それが端的な表現と思う。アインシュタインは光や観測者の速度を決める空間を明確に定義して論じていない点に全ての詭弁性の基が有る。これらを整理した記事が光の速度と空間特性 である。(9月30日付記)光速度は空間定数(H/m,F/m)で決まる追記☆) 1991 年(平成3年)1月正月松の頃、特に記憶している事は湾岸戦争でのミサイルの飛ぶ映像である。筆者も人生をほぼ終りと諦めていた事件の只中にいた。前年の秋は、食べるものも無く一人意識も朦朧として、過ごしていた。とうとう「処置入院」という強制的な法的処置をとられた。12月20日前後と思う。止むを得ず病院食に「断食」で抵抗する。結果意識不明で怪我を伴う転倒、更に小水が真っ黒になった。無意識のまま、年末に別病院へ転院となる。そこでは食事を取ることにした。急に意識が鮮明になった。脳の働きが鋭敏になった。複雑な計算も、現象の解析力も不思議に高くなっていた。元旦明けから『光の相対速度』の解析と計算を始めた。しかし置かれている場所が場所で、先行きへの不安があったが、それ以上に次々と光の運動理論が頭の中を支配しているかの如く、2週間ほどで最終結論まで到達してしまった。そこでアインシュタインが誤ったと確信した。1990年春から、マイケソン・モーリの実験の速度差を図解解析を始めて、結果として半年で『光の相対速度』の算定式に到達した。その解析の全てを上の『光の速度と空間特性』に示した。「断食」は脳の生まれ変わりに役立つと思った。「脳内の不純物」を削ぎ落すように感じる。また「処置入院」の医師の診断は『統合失調症』らしいが筆者は聞いてもいないし、診断書を見たこともない。しかも入院中から「薬」というものは飲まずにすべてごみくずに捨てていた。医師も知っていた筈。院内での「カラオケ大会」がうるさいと文句を言ったら、強制的に「ハロマンス」という注射をされた。2月初めに打たれた。それで物事を考える機能は完全に失われた。医師の犯罪行為だ。あれは意識を混濁させ、自由意思黙殺の「いじめ薬」である。そこでの『光相対速度』の解析は精神的法的診断の下では「無効論」になるのだろうか。精神科医師の誤診である。 一つ追加しておく。それは1991年4月中旬と記憶している。突然病院の上を、4、5機の飛行機が轟音を立てて暗くなる程の上空すれすれに近くを通過した。どんな意味なのか不思議だったが、今までも不可解な事件が身の回りには多かったから、その関係かと理解していた。一体飛行機やヘリコプターが轟音を立てる飛行の意味は何なのか?今でも続く。

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