おにやんま (詩心 109号)

じっと見つめる 道の奥 大木の木立に沿った 薄暗がりを 静寂そのまま道筋に 微動だになく運び来る 空気の中に溶ける極意の その極みたる 無駄を知らない悟りの姿 その風格を風に乗せ 自然の天命 我に諭して   辛巳(カノトミ 2001年)9月25日

 「おにやんま」 この呼び名のなんとその風格を留めていることか。如何にもふさわしい呼び名である。「ヤンマ」と言う呼び名も、どこでどのように付けられたかも知らない。「とんぼ」も漢字「蜻蛉」の音・訓にはなく、いつからか、大和言葉か方言かも知らない。同じように「秋アカネ」のアカネも誠に響きのよい音韻を乗せた言葉である。「鬼やんま」をはじめ、昔の日本人はその使う言葉に何故それほどの、心を打つ自然描写に優れた感覚を込めた表現ができたのだろうか。明治の文明開化における、外来語の翻訳の語感と言葉使いの巧みさは、今はもうない。最近の政府用語はお粗末に見える。「おにやんま」の呼び名に我が風気が止まってしまった。右の挿入画は、田舎の情景を思い出してペン画に認めたものである。石垣の草の葉に、ひっそりと目立たぬように止まっている様子を描いた。雌の胴体は雄に比べて、太くてがっしりした感じである。上の詩文は、夏の昼下がりの気だるさに、じっとおにやんまを待ち受けていた「とんぼ釣り」の思い出である。

 とんぼ釣り   子供の頃の話である。今となれば、何と残酷なことをことをしたものかと、御免なさいと謝りたい。夏ののんびりした一日が始まり、さて何をして過ごそうかと庭先で、ぼんやり周りの空気に自分の気を紛らわせていると、石垣の中に茂るススキの葉先に止まっている。おにやんまである。「雄」か「雌」かそっと近付いてみる。あっ!雌だ。尻尾の先に長い剣がある。「雌」で「雄」を釣る「とんぼ釣り」が始まる。摺り足で近付き、射程距離からそっと指を伸ばす。太い尻尾を親指と人差し指で挟む。当然、おにやんまの太く鋭い嘴が指に噛みつく。痛さを我慢して、左手で羽を抑える。そっと羽を痛めないように、家から縫い糸を持ち出し、足でとんぼ羽を挟み、とんぼの足を糸で縛るのである。これには熟練の技が必要である。太い後ろ足の二本だけを、その根元で縛る。刺が邪魔するから難しい。準備が整って、とんぼ釣りの始まり。糸を付けたとんぼを持って、おにやんまの雄を待つのである。おにやんまの通り道は、薄暗がりの木立の道筋である。じっと目を凝らして、空中を凝視する。おにやんまは、決して動きを見せずに道に沿って、地上4,50センチの高さを羽ばたきもせずに近付いてくる。大きな薄い羽根は微動もせずに飛翔してくる。まるで空気の中に溶け込んだまま、微かに大きな目玉が近付いてくるのである。じっと待ち、近くに来た時、仕掛けのとんぼを放すのである。眼にもとまらぬ素早さで、瞬間に雌のおにやんまに飛び付くのである。その二匹が絡み合って、地上に落ちたところを、箒か何かで抑えて捕える。ほとんど百発百中で成功する。捕獲したおにやんまをどうするという訳でもないから、適当に捨てることになる。微動一つなくただ水平に流れ来る「おにやんま」、そこに起こる一瞬の素早いアタック飛翔には、さすが「おにやんま」の風格躍如の変幻自在の妙がある。今でも不思議でならない。何故羽根の動きがなしに、水平飛翔ができるのか。「おにやんま」の魅力はその「静」と「動」の一瞬の綾にあろう。しかもあの大きさと、くっきりした黄色の縞目模様には、その筋目を立てる強い存在感が際立っている。静かなるが故にこそ生み出される動エネルギーの姿であろう。

 産卵に思う   あの尾の先の剣が産卵管であろう。村の中を澤から流れ出る生活用水の小川がある。その川は秋になれば、里芋や大量の野沢菜を洗う用水となる。その小川の流れにおにやんまが産卵するのである。卵は剣を水に浸けるごとに一つ一つ産み落とすようである。一か所に低空飛翔で産卵する。赤トンボとは違い、その川の流れは割に急流である。その場所に産卵された卵が留まって居られるのか大変気掛かりである。もし卵が流れてゆくなら、信濃川まで流されて、そこで成長するのではないかと考えたい。あの途轍もない威厳を身に付けたとんぼであれば、成長するにそれ相応の困難を乗り越える試練が課せられているのではないかと、贔屓目に思いを注ぎたい。鮭の成長過程や、獅子落としの話に関係付けてみたくなる。子供の頃の思い出を、言葉にしてみたのである。

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