ヘモグロビンは何処へ行く

(2021/02/21)。

酸素は燃焼に必要不可欠の元素と教えられた。『エネルギー』発生の基に在る。呼吸が困難になると死が待っているかも知れない。身体も燃焼で『エネルギー』を発生しないと機能を失うと理解している。それも死につながる。

ヘモグロビンが酸素の運搬に重要な役目を持っていると教えて頂いた。ヘモグロビンは酸素を持って何処へ運ぶか、その事迄は知らない。アデノシン三リン酸がどうのこうのと御解説がある。ヘモグロビンは炭酸ガスも肺に運ぶのではないのか?不要になった尿素も酸素による分解で発生するのではないか。

細胞の寿命も決まっていて、新陳代謝によって分解と生成の繰返しに酸素が重要な機能を果たしていると素人感覚で感じる。

ヘモグロビンは何処で仕事をしているのか、その御蔭で生きていられるのだから、そんな日常生活の基本位は基礎知識として知りたい。どうか科学者の皆さんにお願いです。教えてください、ヘモグロビンは何処でどのような役目を果たしているのか。生命活動に必要な『エネルギー』はどの様な酸素の燃焼機能で作られているのか。

 

エネルギー流と定在波

科学理論とは?(2020/12/08)。科学技術に依って生活が成り立っている。その拠り所は科学技術の基礎概念であろう。しかしその基礎概念がとてもあやふやなものに観える。電気回路論の中の分布定数回路に現れる定在波を取り上げて、その意味に観る科学論を考察してみたい。分布定数回路空間の世界 (2019/10/14)はエネルギー流による解釈のまとめでもある。

物理学理論の『エネルギー』は?
とても残念な事ではあるが、自然科学の基礎である物理学理論が拠って立つ基礎概念が筆者には極めて曖昧な、未来性が観えないものに思える。その典型的な概念が『電荷』である。自然界に、『負』の物など決して実在しない。『正』と『負』と言う対照的な物の捉え方が、一見分かり易く思える為に、極めて頑強な基礎概念として科学理論の根幹を成すこととなっている。物理学理論の根幹ともなっている原子構造論が原子核の外郭を周回する『電子』によって認識されている、そんな基礎理論が間違っているのだ。『電荷』、『電子』など自然界は必要としない。今年になって、明確に自然現象は『エネルギー』がその基礎物理量としてすべてを支配しているとの確信に至った。たった一つの『エネルギー』がその存在する空間で、全宇宙を支配していると。露草の一枚の葉も、雨蛙の細胞の一片もその極限の原子と言う構造体の片隅を構成するのが『エネルギー』に依った空間構造から成り立っているのだと。それは光の一波長の空間の一部にもなっている『エネルギー』であると。しかし残念ながら、現代物理学理論で、その『エネルギー』の存在を認識してはいない。素粒子理論には空間に分布する『エネルギー』の存在と言う認識が無い。『正』と『負』の『電荷』によって認識する自然世界の姿を教育によって全ての人に強制的に憶えこませているからだ。それが現代科学パラダイムだ。教えられる子供達には、その『電荷』を拒否する学問の自由は保障されない結果となる。

科学パラダイムとロゴウスキー電極空間の磁界。
『電子』が科学理論の構成基盤をなしている。その『電子』こそ『負の電荷』の象徴的概念となっている。原子論は核の『陽子』と周回軌道の『電子』との電気力がその構成原理となっている。『電荷』概念に依るクーロンの法則が全ての科学論の基礎として、その科学パラダイムとなっている。その『電荷』に対して、ロゴウスキー電極空間の磁界 (2020/06/18) によってその概念の矛盾を指摘した。そこで指摘した実験的検証内容は当然学術論文で公開すべきものであろう。しかし、それは30年以上前の事であり、当時研究者としての身分が保証されていなかった。その内容は到底現代科学論のパラダイムから理解されるには無理であっただろう。殆どの科学理論を否定するような内容だから。『電子』の存在を否定する必要が有るから。

定在波の『波』の正体は何か?
今、定在波と検索しても、そこに示される解説は正弦波の波動の合成波形が主である。その正弦波の波の意味は何を示したものかが分からない。電圧波形を表示しているのであろうが、その電圧とはどの様な物理概念量かを深く認識していないように思う。今年(2020年)になって、漸く定在波の発生原理 (2020/09/23) および エネルギー流が電圧・電流 (2020/10/01) によって,その波の物理的意味が理解できた。電圧と言えば、教科書では、やはり『電荷』に頼らざるを得ないか、電磁誘導起電力の電圧(この場合の巻き線コイル内に『電荷』が分離するとは考えられないから、どの様な原因で解釈するか不可解。)に原因を求める。物理学理論に『エネルギー』の概念が無いから、電気回路理論にも『エネルギー』を伝送する事の論理的解釈を示し得ない『電子』によって取り繕う解説となってしまう。

定在波の学習と実験。

工業高等学校で、最初に科目『電子工学』を担当した。教科書に定在波の項目があった。しかし、その内容を教える筆者が理解できなかった。生れてはじめて自分で研究計画を立て、実験装置を組んでデータを採り、定在波を調べた。その報告を昭和42年、新潟県工業教育紀要、第3号に報告した。そこには実際の定在波の測定値が示してある。それは価値があるものだ。しかし、初心者の報告書という事で未熟にも、電源と負荷の方向が逆向き表現に成っている。その定在波が『エネルギー』の光速度伝送現象である解釈に辿り着いたので、改めてその元データの幾つかを選んで、それを電源(発振器)を左側に配置した表現に書き改めてみた。

実験供試回路。

Fig.1. 特性インピーダンスZo=500[Ω]の線路で、図のような回路構成で実験をした。発振周波数は、 f=163[MHz] 程度であった。発表記事の内容を振り返って記憶を辿るとする。

 

右は負荷終端を短絡した場合の電圧、電流の定在波測定結果である。

 

 

Fig.2.の測定結果は終端短絡時の、定在波の基本的電気現象を理解する基であると考える。定在波と言う物がどの様な電気現象によって発生するかを理解することが、直流回路を含めてすべての回路動作の理解に通じると考える。波動とは何か?それが『電子』でも『電流』でもなく、『エネルギー』の流れによって起きているという事を理解する必要が有る。

測定法の回路。検波用ダイオードと

DC mA (直流電流計)に依った。従って、線路電圧何ボルト、電流何アンペアと言う数値は測定できない。定在波の大きさの線路分布状況の測定である。

終端短絡時のエネルギー伝送現象。その定在波の発生原理を考察しておく。それが電気現象における『電荷』概念否定の検証にもなると考えるから。

電圧定在波の測定は、その電圧と言う測定量の物理的意味を確認する検証でもある。電線路上にその定在波の波長 λ [m] が示される。電源の周波数 f[Hz] と電線路空間の電波信号の伝送速度即ち光速度 c = 1/ √(LC) [m/c] と波長λ[m] との間の関係を示す。『波』と言う実態が何を表すかと言う疑問にも答えるものと思う。その光速度伝播現象と言う事実は、どの様に考えても『電子』が電線導体内を流れるという事から説明するには無理の筈だ。Fig.3. に電線路空間を伝播する『エネルギー』の伝送波δp[J/m]と反射波δr[J/m]の時間的変化を示した。最も単純な定在波がこの終端短絡時の模様である。反射波は伝送波が反対側の電線近傍空間を戻る。その反射エネルギーが電源にどのように影響を及ぼすかは明確には理解できていない。Fig.1.に示したように電源とはコイルのカップリング結合である。電源が電線路に如何なる電圧規定の機能を発揮するかが不明であるから。時刻 t1 から t6 迄の電線路上の『エネルギー』の分布の流れを示した。この線路空間の『エネルギー』の分布がその時刻の瞬時の電圧の物理的意味を表している。二本の電線の『エネルギー』の分布量の差がその電線路の『エネルギーギャップ』として『電圧』と言う技術量の原因となっていると解釈する。その意味に一つの疑問が生じる。

『エネルギーギャップ』。

定在波は電線路の位置で、『波節』と『波腹』が生じる。短絡終端から λ/4 の位置が波腹で、定在波振幅最大になる。λ/2 の位置が波節で、定在波電圧が常に零となる。Fig.4. のように、『エネルギー』が両電線空間に等しく分布した状態はエネルギーギャップδg=0 [J/m] で電圧は零である。この『エネルギー』分布の差が『電圧』と言う技術概念の意味示すことを理解するに有効と思う。決して『電荷』で電圧が決まる訳ではない。

負荷抵抗と電圧定在波測定結果。負荷抵抗は記憶の限り、ミノムシクリップで止めたように思う。また、抵抗の形状、特性も磁器のカーボン被膜抵抗や巻き線コイル抵抗など様々であった。

右のFig.5.は終端短絡位置から λ/4 の位置に負荷抵抗 R を繋いだ時の電圧定在波測定結果である。この抵抗接続点は線路終端短絡位置から丁度電圧振幅最大の位置である。元データから幾つかの負荷抵抗の場合を選んで書き換えた。負荷整合の500Ω。300Ω、100Ωおよび30Ωを選んで示した。このような具体的な定在波の測定データ波形は余り見掛けない貴重なものと思う。工業高等学校での生徒実験に取り入れたのは、生徒に対する少し望みが高すぎた。筆者自身も理解出来ていなかった。今、電流概念および『電荷』概念を否定して、初めて納得できる境地に到達したばかりである。それでも未だこの結果について理解できない点がある。

線路特性Zo=500[Ω]の適用回路である。

電圧定在波測定結果で、500Ωの場合は殆ど一定値分布である。殆ど反射エネルギーが無いからである。

その他の場合は、反射エネルギー伝送が加わり、電線路位置によって、伝送エネルギーδp[J/m]と反射エネルギーδr[J/m]との合成分布エネルギーδ=δp+δrのエネルギー線路ギャップ電圧

v=√(δ/C) [V]

の脈動の大きさが異なる結果である。この関係については上に挙げた、エネルギー流が電圧・電流 (2020/10/01) の記事が参考になろう。

測定結果の考察。負荷端は無負荷であれば、定在波最大である。

測定結果への疑問。

三つの定在波測定結果を右のー?-に示す。短絡点から、λ/4の位置が負荷端である。測定はその点から線路に20㎝毎に印をつけて、その各点の電圧定在波を測定した。波形は正弦波状の予測に合う結果を示している。しかし、100Ωの場合だけは特に理解し難い結果を示している。惜しまれることであるが、上の結果には短絡終端からのλ/4の範囲について測定しなかったことが悔やまれる。負荷で伝送エネルギーが吸収された後、短絡終端迄の伝送エネルギーの分布がどのようになるかを測定していなかったから。

(1)100Ωの場合。負荷端子の電圧定在波がゼロとは不可解な結果だ。R=αZo [Ω]で、α=0.2 の場合に当たる。この抵抗体がどの様な抵抗素材で有ったかが分からない。もし誘電体系の詰め物であれば、抵抗より容量性負荷であったかも知れない。

(2)30Ωの場合。30Ωの場合は特異な結果を示した。

(3)1500Ωの場合。30Ωと共に考察する対象として意味が大きい。

まとめ。[測定結果への疑問]についてデータの数値の詳細が不明のため、結果の詳細の検討が出来ないのが残念である。スミスチャートでの評価が可能になれば、その時点で改めて検討したい。書き始めて3カ月経過してしまった。一応公開とする。

 

科学教育の未来を問う

(2021/02/27)。

『電荷』否定の起点の1986年10月1日の話に進もうと思うが、中々始まらない。結局、1987年4月の発表『静電界は磁界を伴う』(電気学会全国大会)の意義が生きているのか?その内容は、既に電力・電気技術の分野のものではない。言わば電気物理の分野である。1988年1月初めに、自宅に長岡工業高等専門学校の『健康保険証』が送り付けられた。しばらくして同校会計課から、送付された『健康保険証』がまだ返還されていないので、至急返すようにと催促状がやはり自宅に送られてきた。

『静電界は自宅に籠る』ような仕儀に思えて、発表時の所属はどこに在ると文科省は認識されているのか理解に苦しむ。

2015年に、大学教育の分野別‥参照基準 電気電子工学分野。が発表されて、科学教育の一つの基準が示された。それは今でも生きていて、その基準に従う事に成っていると考える。筆者のような大学の教育に関わりの経験がない者には、そのような専門家的な内容ではとても教える事は無理である。丁度その年の、6月2日に、変圧器の奇想天外診断なる記事を公表した。この内容は、上の参照基準からすれば全く論外の内容となる。『電荷』や『電子』に基づく物理学の解釈理論には真っ向からそぐわない実験結果の報告である。簡単に実験結果を説明すれば、電線導体の被覆絶縁体の中を『エネルギー』が分布して伝送されるという発見である。『電荷』の意味を否定した一つの検証実験でもある。この実験内容を『参照基準』に照らし合わせて、どの様に大学の科学教育を進めるのかととても気掛かりである。そんな意味で、未来を問うのである。『電子』で電気回路の『エネルギー』伝送をきちんと説明するのが物理学理論の大学や高校の公教育における役目ではないのか?学生はその点を質問しないのかと不思議でもある。電気工学から物理学を問う (2017/04/09) にも似た記事があった。

『エネルギー』一筋の道

(2021/02/24)。

1986(昭和61)年10月1日。『電荷』否定の起点。

1987年8月5日。電流棄却の旅立ち。

1988年8月。人生の断崖に途方に暮れて最後の研究論文投稿に賭ける。社会的組織との不調和。

そんなことを振り返りたくなる今の心境。昭和の時代から、世間の渡り方を知らずに、愚直に一つの『エネルギー』に惚れ、よくぞここ迄生きて来たかと自分を褒めたい。

自然の多様性は純粋に因って生まれた。自然こそ神の仕業か。電気理論が難しい訳。それは人間の難しさが創ったものだから。自然の純粋さに心が感応し難いからかも知れない。純粋さなど何の得にもならないから。光が空間のエネルギー分布の縦波である事を認識できるかに電気理論の意味の理解が掛かっているのかも知れない。

『エネルギー』の実像を求めて!利益につながらない学問は、経済的・精神的・社会的孤立で、自由に羽ばたけないと言う処に『学問の自由』の難しさがあるのかも知れない。

『エネルギー』一つに思いを込めた電気磁気現象の認識を述べたい。空間に展開する電磁気現象を論じようとすれば、そこには電界と磁界の概念が必要になる。その基礎概念である電界や磁界の物理的意味を深く掘り下げて考えた結果、それも人間が創り出した解釈理論の為の概念でしかなかったことに行き着いた。

『エネルギー』にもその在り様はさまざまである。それは物に入り込めば、温度の上昇として認識される。電気回路要素なら、電熱器の抵抗体に現れる姿だ。物の煮炊きの熱現象に成る。全て『エネルギー』の形だ。それを電気理論の電界と磁界との関りで見れば、上の図のように解釈できよう。空間を自由に流れるとき、その『エネルギー』を光と言う。少し伝送空間を制限された状態が、電気回路の電気エネルギーに成る。

少し理論的に解釈しようとすれば、電界と磁界でのその『エネルギー』の捉え方に成る。空間を伝播する『エネルギー』だから、空間の意味を解釈に取り入れなければならない。少なくても二つの解釈基準が必要だ。それが誘電率と透磁率に成る。その空間認識基準として直交したベクトル誘電率εo[F/m]とベクトル透磁率μo[H/m]を決めたい。それは電気回路であれば、回路定数の容量C[F/m]および誘導L[H/m]に通じるものである。

単位空間1[㎥]当たりの『エネルギー』の密度を w[J/㎥]とすれば、電界強度ベクトルE[V/m]は誘電率によって解釈することが出来る。磁界強度ベクトルH[A/m]も同じく、透磁率によって定義できる。

電界も磁界も基本的には同じ『エネルギー』の観方を変えた解釈概念と見做せる。だから、電界あるいは磁界が空間に独立に単独で存在することは有り得ないのだ。どちらも同じ『エネルギー』の観方を変えた解釈概念でしかないのだ。光の空間を伝播する『エネルギー』の姿を電界と磁界に分けて解釈するが、それも科学技術と言う見方での手法の故でしかないのだ。有名な「マックスウエルの電磁場方程式」も、具体的なパラボラアンテナの表面近くにその電界と磁界を描いてみれば、電界と磁界での解釈が矛盾であることが分かる筈だ。描けない筈だから。『エネルギー』の縦波としてしか表現できない筈だ。

冒頭の1986年10月1日『電荷』否定の起点ー『静電界は磁界を伴う』ー。そこに思いを馳せながら、その基礎論とする。

生命の検証

(2021/02/19)。

生命とはどの様に定義されるものか。植物の葉の一枚も陽の光の方に向く。向日葵の花は特に誰もが知っている例だ。草も命の一つの姿・象と思う。巨木の化石も植物の命の歴史を秘めたものだ。地球の道端の石にも、命を思う。

この度、NASAの火星探査への一つの道筋の成功が報じられた。宇宙科学技術の高さが証明された。そこに期待される目的は、火星に『生命』が存在したかを検証する事かと思う。

去年、日本のハヤブサでの岩石類の採集成功もある。やはり生命の痕跡が有るかどうかも大きな関心事となっているようだ。

そこでの『生命』とはどの様なもので検証するのか興味があり、その意味をとても知りたい。

例えば、地球上で『オパール』と言う宝石がある。それはアンモナイトが化石化したものだ。もしその『オパール』をどの様な検証法によってアンモナイトの貝と鑑定するのかとても興味がある。地球上の石を拾って、その元の姿が何から変化したかをどのように確認するか、その科学的手法にはとても興味がある。

市民が分かるように教えて欲しい。

貯金通帳の不可解

(2021/02/15)。

銀行通帳についての無知を恥じる。何も知らずに来た、まるで社会常識に自信が持てないから、『電荷』否定の科学論など意味が無いのかとさえ。

過去のデータが分からない。残ったデータが何を意味するかも分からない。何処にも既に給与の振込は見えない。二つの通帳のデータが僅かに残っている。

通帳①。

最初に作った通帳と思う。

昭和55年に、初めて給与の振込用に使った筈だ。古いデータが何も残っていない。平成2年の最後の年の分しかない。

 と印をつけた。何故か22,590円が長岡技大に抜き取られたのか。5月、6月、7月に技大が通帳から引き抜いたとしか思えない。何故か不可解でもあり、不愉快だ。誰にどの様な権限で、本人が知らない内に、勝手に人の銀行口座の中身を扱うことが許されるのか?

6月29日に 431,400円が振り込まれている。何故か不可解。

その7月には免職処分にされた。それらの関係との意味が不可解だ。

平成2年の年末、12月26日。ここで通帳①は解約されている。【ご使用済 今後もよろしく‥】と。

丁度年末で、私は措置入院と言う強制的な処置により、閉鎖病棟に閉じ込められたときだ。絶食による抵抗で、意識不明になった為、他の病院へ転院された頃か?。

この 3,810,002 円の意味は全て原因が分かり、了解。兎に角本人の知り得ない処理での公共料金支払いなどの通帳解約だ。人権は無い事に成るのか?

通帳②。

誰がどの様な訳で新規に作ったか全く不可解。

昭和63(1988)年8月1日。(新規)。ヨキンキから誰が振り込んだのか?最初の振込が、「十日町土木事務所」と言う得体の知れない者が使っている。何かそれらの者が作ったように思える。

新潟県道の用地の新潟県用地買収費用の振込通帳は?

そうこうしている内に、平成2年に入る。

長岡税務署 差し押さえ」として、金 8,010 円が抜き取られている。訳が分からない不可解だ。

平成2年12月27日。*02-12-27BT ナガオカギジュツカガクダイガ 技科大  87,368円 の振込?

平成3年1月31日。*03-01-31BT ナガオカギダイ  387,750円の振込?

の二つの振込機関の間の関係は何だ。長岡技術科学大学で、二つの別の銀行振込口座を使い分ける訳は?

「ナガオカギダイ」()の振込は特別の架空闇振込口座と判断せざるを得ない。昭和55(1980)年の最初から闇金を振り込まれていたと解釈すれば、辻褄も会う。

平成3(1991)年3月5日。 *03-03-05BT コクゼイカンプキン 国税 2,390,100円の振込?すべて私本人の与り知らぬ処で、不可解な処理が成されている。私が分かるように質して頂きたい。何方にお尋ねすればよいかお助けください。社会的に幼稚な私は知らされないで済むのか、不可解だ。

1988(昭和63)年9月下旬、①の通帳で、琵琶湖の電磁界理論研究会に研究発表の為に行くため、大学へ無届だったから、通帳から旅費をカードで引き出そうとしたら、無効の通知で下ろせなかった。窓口で下ろし直した。そんな時期に、新しく通帳を作る訳が無い。新規通帳が何故出来たか?誠に不可解。

授業料等の非納付の訳?

自分はそんなに記憶力が無かったのか?まさか、父の給与(東京電力KK)から天引きされた訳ではなかろう。一切、納付した記憶がない!

新潟県立十日町高等学校。東京の予備校の研数学館。新潟大学(最近年額9000円とある方から教えてもらって知った)すべてに『授業料』を納付した覚えがない。新潟大学1年生時、新潟六花寮で1年間過ごしたが、寮費を収めた記憶がない。全て無しで過ごして、その訳を今も分からずに居る。

「電気学会会員資格?」 長く加入してお世話になったと思っていた「電気学会」の会費納入の痕跡がどこにも無い。自分が無知であったことは確かで誠に申し訳ない。1970年3月(新潟県立新津工業高等学校所属かアルバイトか?)の電気学会全国大会で発表するための予稿は提出した。会費未納で、発表しなかったのかも知れない。その後、長岡技術科学大学でも、入会手続きを改めてした覚えもない。一体どう解釈すれば良いか誠に理解困難。電気学会に、一度お尋ねしたことがあった(平成8年10月)。

入会年月日:昭和44年10月1日。送本:電気学会誌、論文誌A,B,D 平成元年4月、会費など代金未入金により送本停止。平成2年7月(免職処分時)、会費請求書が戻る。 平成3年4月、除籍(入院病棟屋上をヘリコプター(?)が轟音を立てて通過したのはこの関係だったのかも知れない)。

との御回答を頂き、本当にご迷惑を掛け、お許し頂きたい。なお、電気学会誌も昭和55年3月までは送本されていなかった筈。しかし、誰が会費を納入して下さったのか全く理解できない。

銀行通帳の不可解と通じているようで、薄気味悪い。

事件の不可解 (真偽の程も不明)❓

1956年(昭和31年) 9月30日 新潟県中魚沼郡貝野村 廃止。 村域を二分割し、中魚沼郡水沢村と中魚沼郡中里村に編入され貝野村は消滅。

当時、少し前に貝野村村議会選挙があった。その関係事件が発端か、父も選挙に立候補した筈で、まさか舞鶴・・❓

同年。水沢村貝野村組合立貝野中学校と改称。

1963年(昭和38年)。 組合立を解消。中里村立貝野中学校と改称。

1980年(昭和55年)11月?日。同校舎焼失?原因不解明のままか?ー同年、長岡技術科学大学に❓ー

1985年(昭和60年)3月。同貝野中学校 閉校。ー同年、長岡高専に❓ー

今は、十日町市立水沢中学校、同市立中里中学校。

中里地区。有名な景勝地⦅清津峡⦆の柱状節理どんと迎える。如何にも古代の巨木に思いを馳せるに充分である。

暴風とエネルギーギャップ

今年の冬は特別に強い暴風を感じた。12月の大雪の後に車が横転した映像を見た。幹線道路上で横転する。車社会で、車が横転しては生活の基本的生活手段が失われる。

昨夜は、強風に恐怖を感じて良く眠れずに朝を迎えた。

雪囲いの仕掛けが素っ飛んで、夜中に恐ろしさを感じた。

昨年までの居住環境の仕組みが、今年の暴風には役立たない。寧ろその仕組みが危険をはらむ原因とさえなる。

海上に発生源を持つ強烈な低気圧の発生。

大きな原因は、海水温度の高温化と観る。エネルギー消費量の増加。汽力発電所の発電量の増加が『復水器』による海水での水蒸気冷却システムの機能の役割を強くする。発電所は熱効率40%程度という事は、熱量の60%近くが海水の加熱に使われている事に成る。

『エネルギーギャップ』は電気回路の『電圧』の意味でもある。二本の電線間の『エネルギー』の分布の不平衡が線路電圧の本当の物理的意味合いを持つのである。負側の電線導体付近が高い『エネルギー』分布密度空間となっているのだ。それが電線路の『電圧』の自然の姿なのだ。決して『電荷』などは自然界には存在しないのだ。人が理論構築のために創り出した概念が『電荷』なのだ。『電子』も同じく『電荷』概念では自然の真相を評価出来ていない科学論なのだ。

海上の海水表面の『エネルギー』分布は冬の上空の寒気に対して大きな『エネルギー』量を保持した空間となる。上空の冷気空間の『エネルギー』密度と海水面空間の『エネルギー』密度との差が『エネルギーギャップ』なのである。丁度電線路間の高電圧と同じような意味を、海水面と上空寒気との間にその『エネルギーギャップ』を創り出しているのだ。その『エネルギーギャップ』が電気『エネルギー』を多量に使えば、どんどん大きくなり、人の日常生活の環境が破壊される状況を生む事に成る。生活環境が破壊される、と言うより人自身が自分の生活スタイルのすべてを破壊する結果を生んでいるのだ。

強烈な破壊力は空気が含んだ水蒸気の質量が家や屋根、自動車に衝撃力として作用する事に成るのだ。

強烈な暴風がこれからの冬に襲い掛かる覚悟を持てるか。恐ろしい限りだ。津波の発生原因の認識が専門家には分かっていない。それと同じく、気象の暴風の原因をよく理解してほしい。

電荷と科学リテラシー

(2021/02/08)。科学理論と科学技術の間の断裂に対する公開質問。

時代は限りなく進む。5Gなる高度情報社会に向かって、人が知り得ない程社会の真相が不可解な世界に突入してゆく。そこに展開される科学技術は人類をどこに向わせようとしているかさえ予測不可能な事態をきたしている。少し前に成るが、次のような報告もある。その意味を踏まえて質問を提起したい。技術概念の『電圧』、『電流』あるいは理論の概念『電子』『電荷』とは何かを。

「提言  これからの高校理科教育のあり方  平成28年2月8日 日本学術会議 科学者委員会・科学と社会委員会合同 広報・科学力増進分科会」での提言の記事の 1 はじめに の部分から抜粋させて頂きました。

それは、2008年9月に報告書『21世紀を豊かに生きるための「科学技術の智」』として公表されたものです。この指摘の意義を踏まえて、科学理論の根源的概念『電荷』を科学リテラシーと言う観点から捉えてみたい。

『電荷は存在するか』と検索しても、『電荷』を否定する記事は殆どない。電気回路現象では、『電子』が導線内を流れると解釈され、その負の『電荷』が基礎となっている。あらゆる現象で、何処にでも在るのが『電荷』で、理論の解釈の基礎概念として容易く登場する。何度も同じことで誠に恐縮であるが、再度『電荷』の否定の具体例を提示して論じたい。それは誰もが考え易い基礎的問題の例題を取り上げて、その中での科学的常識としての『電荷』の取り扱い、解釈の仕方について議論を提起したい。

これは、平成27年(2015年)7月29日 日本学術会議 電気電子工学委員会 電気電子工学分野の参照基準検討分科会 から報告された

『大学教育の分野別質保証のための 教育課程編成上の参照基準 電気電子工学分野』

をも参照しての問題提起でもある。

設問:『電気回路のコンデンサは何を貯蔵するか?』

こんな大学入試問題を出したら、どんな答えが正解に成るだろうか。

『エネルギー』か『電荷』かどちらが正解とされるか。

具体例①。

 

右図のような、直流電源にコンデンサを繋ぐ場合の現象を取り上げる。『電荷』とは何か?『電圧』とは何か?を論じたい。

『電荷』貯蔵論。この電気回路でスイッチSを入れた時コンデンサには突入電流が流れ込み、プラス側に正の『電荷』、マイナス側に負の『電荷』が貯まる。と言う解釈が教科書の解説と考えられる。それが『電荷』を基礎概念とした現代の『科学パラダイム』だから当然だ。さて、この『電荷』は何処から来たものか。独立した『電荷』だけが自由にその辺りに在る訳ではなかろう。この自然世界で、原子の構成要素の基礎として、核の陽子の正電荷と周回電子の負電荷として存在している事に成っている。それ以外に『電荷』の存在する場所はない筈だ。単にプラスとマイナスの『電荷』が存在する訳ではない。『電子』と『陽子』に『電荷』は付帯して存在するのみの筈だ。その『電荷』がコンデンサの正、負電極に分離して集合するとしか、『電荷』論の意味を理解する道はない。従って、正の『電荷』とは正イオンしかなかろう。銅金属なら銅イオンとなる。電子の抜けた銅イオンしか正の『電荷』の機能を発揮する物には成り得ない。という事は正の電極版の銅金属から『電子』を剥ぎ取って、負極側の電極版に集めること以外不可能だ。この辺の解釈はとても理解しかねる事である。正電極銅板から『電子』を剥ぎ取って、電源内を通過してようやく負電極版に集める以外方法が見当たらない。しかし科学理論の現代パラダイムからは当然の『電荷』論でもあるのだろう。この意味での『電荷』の貯蔵について、本当に物理学の大学教育をなされておられる方々は少しも矛盾を感じられないのかと不思議なのだ。正電極版の銅原子から『電子』を剥ぎ取る理論的原因をどの様なものと解釈されるのか。その銅原子にどんな電気的力が働くと考えるのか。銅原子イオン以外の正の『電荷』の解釈が他に在るならそれをお示しいただきたい。

負電極側の『電子』の集合について。負の『電荷』は『電子』以外はない筈だ。専門的な高度の理論に、素粒子論がある。原子構造はじめ『電子』は質量と負の電荷を保有したレプトンと言われているようだ。その『電子』が質量を具備しているとなれば、その『電子』を移動させるには力学理論の『力』が必要の筈だ。上の電源とコンデンサの接続回路で、『電子』をどのような力の原理で、負の電極側に集められるのか?この辺の根本的な科学理論は、本当の現代物理学の専門家の解説でないと手に負えない高度な論と思う。極めて日常生活の場での卑近な電気回路現象であるが、そこに科学論としての論理性を求めると、とても難しいものである。こんなところに、科学理論の本質が隠されているように思う。クーロンの法則に反して、負電極版に負の『電荷』だけの『電子』を集められる訳はどのような原理に因るのだろうか?ここのコンデンサでは『電荷』間の排力と言うクーロンの法則の原理は無視して、どんなに『電子』同士が密接しても、どの程度の力が掛かるかを考えなくても良いのだろうか?誠に都合が良すぎると思うのだが如何のものか?専門家にお答えいただきたい。

理論の『電圧』とその計測技術量。

『電圧』は電圧計で測る。それが科学技術の真骨頂でもある。理論と技術の関係でもある。電圧計を回路につないで測る時、何を、どの様な物理量を計ると意識しているだろうか。『電圧』とは何か?電気回路の現象を理解しようとすれば、『電圧』と『電流』で考える。それはとても考え易くて便利な解釈法を確立した「オームの法則」として現代社会の電気技術文化となっている。それらは電圧計、電流計で計測できる技術概念量である。しかし電気現象はすべて電線導体で構成された空間を光速度で伝送される『エネルギー』の流れなのである。自然現象はすべて『エネルギー』の縦波あるいは軸性回転流の現象なのである。『電圧』もその『エネルギー』の流れる空間の規模を捉えた科学技術の技術量なのである。それを理解するには『電圧計』の内部構造をよく知り、何をどんな原理で計測しているかを理解しなければならない。単純に『電圧計』の内部構造を表せば、図に示したように抵抗とコイルの直列回路でしかないのだ。何故『電圧』と言う技術量が測れるかと言えば、コイルの中の『エネルギー』の貯蔵量と磁石の針(本当はNとSの磁石内の可動コイルの磁界なのだが、磁針で表現した)との間に生じる近接作用力が『電圧』と言う評価量の表示の秤の力になるからである。冒頭に示した提言の中での、「市民と技術現場との隔たり云々」だけでなく「物理学理論」と「科学技術理論」との間における隔たりを理解する一つの例となるのが『電圧』でもあろう。『電圧』が『電荷』との関係で解説される現代物理学理論の矛盾をその根本原理でどう捉え、どのように世界の人が理解するかが今問われている問題であると思う。『電荷』は自然世界には存在しないのだ。科学技術概念での理論を解釈しやすい方法として、その基礎概念に『電荷』を創造し、据えたのだ。残念ながら、原子構造も『電荷』での理論は一つの解釈法でしかなく、『電荷』での理論には矛盾がある筈だ。

具体例②。

直流電圧だけでなく、交流回路の中での『電荷』の意味も考えてみよう。交流回路では変圧器が電力技術の大きな基幹要素となっている。変圧器の基本動作原理は⦅ファラディーの法則⦆である。コイルの中を通る磁束量φ[Wb]がその動作原理の基礎概念である。磁束の時間微分とコイル巻き数の積で『電圧』が決まる。その負荷にコンデンサを繋いだ。コンデンサは何を貯蔵するか?

『電荷』貯蔵論。

直流電源と異なり、交流回路現象での『電荷』論は更に解釈に困難が伴いそうだ。しかし、交流であっても『電圧』に対する原因を『電荷』以外に求めようとしても難しい。現在の科学パラダイムの立場で論じようとする限り。変圧器の二次巻き線コイル内から『電荷』のプラスとマイナスを発生させる原因を解き示すことが出来るかという事に成る。とても巻線の中に『電荷』分離発生の原理を見つけ出すことは困難であろう。それでは交流の場合の『電圧』の原因は『電荷』でないとして、どの様な意味と解釈出来るかとなる。この交流電圧に対して『電荷』論は無理と考えざるを得ないのではなかろうか。コンデンサは何を貯蔵するのか?『電圧』が交流であろうと直流であろうと、その意味の本質は同じでなければならないのだ。

『解答』。コンデンサは『エネルギー』を貯蔵する機能素子である。決して『電荷』などを貯蔵するものではないのだ。

『電圧』とは。

電源に繋がれた回路はその電源端子に対してすべて負荷なのである。ただ電線が張られただけでもそれは負荷となるのだ。電線は必ず静電容量、即ちコンデンサの負荷である。『電圧』とは電源の『エネルギー』供給能力を示す指標とも見做せよう。電源の能力が『電圧』の値を決めるのだ。1.5[V]の乾電池電圧。それは電線路の負荷に対する供給『エネルギー』の能力から決まる値として『電圧』が決まるのだ。

v = (W/C)^1/2^ [V=(J/F)^1/2^]

が電圧の物理的意味なのである。

電圧の次元が (J/F)^1/2^ である訳は、空間の静電容量の次元 [F] の意味を哲学的に捉えることによって、少し分かるのかも知れない。『エネルギー』との意味を如何に捉えるかであろう。

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電荷と科学リテラシー という表題で論じた。科学リテラシーとは、科学に関する特別の専門的研究を仕事としておられる方々の科学論の常識と捉えられる基礎的知識を、専門的には素人の一般市民が共通理解をするに必要な科学的基礎を共有することが必要だ。という意味かと思う。その意味で言えば、『電荷』程共通に基礎知識として共有してなければならない物理概念はないだろう。しかし、その過去からの長い科学論の基礎として歴史的に確立された基礎概念『電荷』が筆者には、この自然世界に存在するとは理解できないのだ。現代科学パラダイムが信じられないのだ。科学理論をどう捉え、学校教育で如何に理科教育を構築すべきかの瀬戸際に在ると考える。教育機関及び教育者の社会的課題だと考える。

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