モールス信号はデジタル電圧信号

(2023/06/06).

 貴重な文献:電気の技術史 (#)で、電気技術の発展を見る。どの時点で、『電子』と言う間違った概念が構築されたかを確認したかった。現代物理学理論は『電子』無くして科学理論を論じられなくなっている。学校教育での「理科教育」の中で、『電子』が無ければ教育ができない程、重要な基本概念である。

 それは、特に19世紀の初めの「アンペアの法則」の電流とその物理的本性が何かと、物理学者が、科学者が研究を積んで到達した概念が「陰極線」に一つの到達点を見出したように思える。

 やはり、陰極線とは何だ? (2022/02/25) で論じた意味に関わるようだ。

 更に、陰極線はマグネット等の磁界によって曲がる現象を示す。その曲がる現象は、誰もが見れば確認できる。そこで、何故磁界の中を陰極線が通過すると曲がるのか?陰極線が『電子』の流れだから曲がると言う理由にはならない筈だ。磁束と『電子』即ち負の電荷間で、どの様な理屈で力を受けると言うのか?『電子』は負の電荷で、それは電界の発生源であり、磁界は電気とは別物だと言う原則にある筈だ。有名な物理学理論の解釈である。物理学理論によれば、電荷と磁界は本質的に別物の筈だ。だから『静電界は磁界を伴う』等と言う実験結果は、物理学理論から排除されてきたのではなかったか。『電荷』が動いて周りに磁界が出来ると言う「アンペアの法則」も別々の概念であれば、それは無い筈ではないのか。もともと「電子」など無いのだから、負の『電荷』が磁界で力を受ける訳が無いのだ。

 陰極線の発光現象は陰極線管の陰極側からプラス電極までの空間を負電極側から供給される『エネルギー』の流れで、その経路で気体が放電と言う発光現象へのエネルギー変換の結果でしかない。『電子』など全く関わりない現象だ。そのエネルギー流と磁場の軸性エネルギー流との間の『エネルギー』間の近接作用の結果が陰極線の曲がる理由なのだ。マグネット間の強力な近接作用に似た現象である。光は『エネルギー』の見えない物理量の見える姿への変換現象の結果である。光とは、もともと色彩がある訳ではないのだ。光の本質は空間の『エネルギー』の光速度流であり、その分布密度に色がある訳ではないのだ。色を認識するのは、人やその光の受光生物体の色彩検知機能によって決まると解釈せざるを得ない。

 そんな意味で、モールス信号とその伝送回路内の状態をどの様に解釈するかから、その電磁界伝送現象に、もし『電子』が欠くべからざる意義が有るとしたなら、その意義とは如何なる論理性がある故かを考えて欲しいと思うのだ。その関係を図で示す。

 19世紀の後半で、電気現象の応用技術が進んだ。遠くの遠隔地の離れた地点間での通信手段が、鉄道や大陸間の海底ケーブルなどで、どれ程望まれたかを今のスマホの時代と比べて思う。科学技術で、電話機や電灯用電気配線などの隆盛の時代であっただろう。考えれば、モールス信号が現代に似たデジタルであったとは驚きだ。勿論上の図の伝送信号の波形の列は誇張している筈だ。信号は光速度伝送速度だから、トン、ツー、ツーの電線路上の分布は図のような分布には成らない。トンの波形でも伝送分布距離はとんでもなく長い距離になる。次のバーコードとは比べようもない違いだ。

 前に、バーコードの事に関して、現代の科学技術論のデジタル信号論だが、科学理論と専門家  を投稿した。

 このバーコードの信号伝送現象で、回路導線内を『電子』が流れる論理的解釈は無理であろう。電気回路の伝送現象には、一般的な場合も含めて決して『電子』が導体内を流れて、同時にプラス端子から同時性で電源に流れ込む等と言う魔術的非論理性は、即ち光速度を超える同時性の伝送速度は、頓珍漢論になる筈なのだ。陰極から『電子』が流れ出すと同時に、陽極に『電子』が流れ込まなければならない筈だから。バーコードの信号間の電圧ゼロの区間では、『電流』はゼロの区間だから。バーコードの回路動作を理解すれば、『電子』の流れる論理性は無くなる筈だ。それが、19世紀の『電子』や陰極線に対する物理学上の解釈が発展したと考えられているその事の、その時点で深く論理的な、理屈を持って解釈すれば、今日のような間違った『電子』論は排除された筈だった。

 なお、参考文献の54頁に、図2・26 1890年ごろのニューヨークの電信線⁴²⁾ として、当時の電信線の様子が写真で示されていて、とても面白い。電柱に100本ほどの配線が密集して敷かれている。勿論電話線も有るかと思う。

 参考文献:(#)電気の技術史 山崎俊雄 木本忠昭 共著。オーム社。

電子は科学理論に必要か

(2023/06/06).

 内閣府共通 意見等登録システム と言うページのある事を知った。

 それは 2021年の夏の事である。

 その頃、『電子』の物理学概念が如何に科学理論全体に、論理性のない曖昧性による混乱を来したかを考えて欲しくて、僭越ながら意見を登録(?)させていただきました。

 その後2年近く過ぎました。

 しかし、如何に意見が受け付けられたかも不明だ。

 やはり、その後過去を振り返ったら、今も不可解に悩んである。

 ❓不可解❓ をどう理解すれば良いかと? その辺が原因かと。

エネルギーの関連記事(2022年)

(2023/06/03).

 表題に『エネルギー』の入った記事を調べた。

 質量とエネルギー (2021/06/07)が、前の「エネルギーと質量 (2023/05/31)」 より味のある記事であった。

 2022年度の記事を選んだ。標題にエネルギーの文言のある記事が次の19稿であった。中々、面白い。

(1月29日):エネルギーの計測と物理概念 
(2月13日):エネルギーと電流
(2月16日):電気回路空間とエネルギー伝送特性
(同じく) :技術開発とエネルギー効率
(4月4日) :ダイオードのエネルギーギャップ
(4月20日):小部屋の照度とエネルギー
(5月28日):発電技術とエネルギー伝送空間
(5月5日) : 光子 それは変幻自在のエネルギー
(6月13日):波はエネルギーの縦波だ
(6月29日):マグネット(エネルギー保持機能)
(7月8日):『エネルギー』-それが物理量ー
(7月24日):電磁界とは空間エネルギーの場
(9月18日):静電気とエネルギー
(9月23日):光とエネルギー
(10月4日):ダイオードの機能と空間エネルギー
(10月9日):熱電子と熱エネルギー
(11月14日):エネルギー その不思議な物理量
(11月29日):マックスウエル方程式とエネルギー波
(12月10日):エネルギーの姿・象

 2022年の投稿記事で、『エネルギー』が標題にあるものを纏めた。今日、電池(エネルギー)の不思議 と検索を掛けてみた。そこには有名な乾電池の製造メーカーの解説記事もある。それらの解説を読ませて頂いても全く理解できない。筆者の理解力が無い為に、失礼ながら『電子』と言う魔術的『申し子』による解釈に思えて、理屈が何処にの見えない論理の押し付けに見えるのだ。🙇。

『エネルギー』の本質には種類の差など無いと思うのだ。物理学理論に『エネルギー』と言う物理量が見えない不思議❓

 

Windows の設定の改変を誰がするのか?

(2023/06/03).

「歯車」の個人設定。
 そこに、 背景(背景画像、色、スライドショー)がある。

 背景をカスタマイズ。 その中の画像切換間隔が、1分~1日 の6段階の切り替えが設定できるようになっている。

 そこで、設定を 1日 にする。

 しかし、時々、勝手に 30分 に変更される。

 本人以外の誰かが、設定を切り替える。

 誰がその、『歯車の設定』内容を切り替えるのか?

 切り替えられた場合は、背景画像が、薄気味悪い嫌花 に成っている。

 サポートのメールも途中で何処かで乗っ取られて、届かない。だからどのように対処すれば良いか方法が無い。

 このような方法で、何とか解決するようにお助けをお願いしたい意味で、投稿する。

 

エネルギーと質量

(2023/05/31).

 自然世界は見えるものと見えないものから成り立っている。決して人間が見ることの出来ないもの、それがエネルギーだ。その中でも、最も根源的な、自然世界を構築している物理量が光のエネルギーだ。光は見えるが、光のエネルギーを見ることはできない。

 一方、見えるものの代表が質量になるかも知れない。しかし、質量とは物質の重さ、重量と言う評価量の[kg]等を意味するものだ。だから、見えるものは質量ではなく、物体あるいは物の姿を指すものと考えた方が良かろう。見えると言う事は、視覚でそこに在る物の形状として認識できる対象の事である。雲を照らす太陽光線の光も、その反射現象の結果として人が目で認識できる訳であり、それも見えるものの範疇に入るかも知れない。しかし、それは見えても質量と言う形状を示す訳ではないから、見えるものの内容には含めたくない点で、見える、見えないという意味も、少し曖昧な意味になるかも知れない。

 自然科学論と言う考察対象として、エネルギーと対極にある物理的実体で見えるものの代表的な自然の対象物を何と認識するかである。見えないものはエネルギーで良かろう。

 E = mc² [J]

 上の式は有名な、質量とエネルギーの等価性を表現した式だ。
この式の質量 m[kg] は何となく見えるものに思える。しかし良く考えるとそうでもなかったかも知れない。原子は見えないから。原子は、物理学理論で解釈される自然の基本認識として、その大よその概念を誰もが知っている。しかし、意識できても見えない対象だ。それでもその意味を捉える時、質量と言う概念で認識するように思う。それが上の式の質量 m[kg] だ。

 その質量が何から構成されていると解釈するか?

 E[J] が『エネルギー』だ。そのエネルギーの意味を質量との関係で、どの様に認識しているのだろうか。質量とエネルギーが等価である。という意味を上の式で表現したのだ。質量が、原子核分裂現象で、『熱』や『光』の『エネルギー』に変換される現象であることは誰もが理解出来ている筈だ。その核分裂現象は、質量が『エネルギー』によって構成された事実によってこその核分裂現象である。

 余りにも、単純で、基礎的な解釈論ではあるが、『質量』が『エネルギー』によって構成されたものである。という意味だけは市民が『エネルギー』の意味を理解する基本として理解して欲しい。

 これから、『エネルギー』が自然世界の根源的構成原であることを、いろいろの現象や対象との関係で論考を重ねる記事として、この 「エネルギーと質量」 を第一報とした。

オーロラとエネルギー

(2023/05/29).

 はじめに。 オーロラの現象は、おそらく極地の寒気で寒いときに発生するだろう。原因の一つ。それは地球表面を地球の回転方向へ流れる『エネルギー』がある。それが地磁気の物理的原因である。コンパスが北を向く原因は地表面のエネルギー流とコンパスの軸性エネルギー流との近接作用力が原因である。又地表面には水蒸気も流れている。極地が冷気に包まれると、空気中の水蒸気が凍り、軸性エネルギー流の磁気と気体中に残された熱エネルギーが飽和し、光放射現象を起こす。要するに光放射は『エネルギー』の貯蔵限界を越えた結果の発光現象である。〈雷〉が水蒸気の空間放射熱エネルギーの飽和限界での発光現象によって引き起こされる熱(エネルギー)の飽和爆発である。オーロラもそれに似た空間飽和熱エネルギーによって起きる連続的な光放射現象と見做す。オーロラも雷に似た熱エネルギーの光エネルギー変換現象と見做す。初めにオーロラの物理的現象の解釈を示した。

 オーロラと電磁界 を昨日投稿した。オーロラそのものが、自然現象の一つの代表的な神秘に思える不思議である。この様な不思議は、物理学理論の解釈理論の研究対象に成る。天空に繰り広げられる素敵な天然色の饗宴であるから。

この図は次の記事で載せたものだ。また不可解な事に、この図がブログのメディアから消え去っている事である。改めて原図を探し出して載せた。

前に、オーロラの正体は? (2013/04/13)  にも記事を投稿していた。

 遠くの宇宙の天体現象とは少し異なるかもしれない。地球極地の天空に繰り広げられる現象である。しかし、土星や木星にも起こるもののようだ。その現象をどの様な物理現象として解釈するかはとても大切な問題と思う。その意味は、科学技術での研究は具体的な実状として、その実用上の結果が明確に表れるから、評価は明らかである。しかし、物理学理論においては、様々な解釈理論が提唱されるが、その真偽は極めて曖昧である。

 物理学理論と自然現象の解釈理論で、多くの場合で、その理論が曖昧な論理性の上に構築された場合がとても多くあるように思える。それは自然世界に、決して存在しない『電荷』が物理学理論の根幹概念として、現代の科学論の科学常識となった事に原因の多くがあるように思う。その『電荷』が科学研究者によって創造された結果、社会的混乱として未来の不安を醸し出してしまった。それはまた、その根源が空間に実在する『エネルギー』と言う物理量を認識できない科学理論の世界を構築してしまった点である。

 『エネルギー』とは何か? その意味を考えずに今日に至った不可解が厳然と目の前の障壁となっている。

 このオーロラと言う現象は、その『エネルギー』と言う物理量を考えるに好適な自然現象と思った。
 
 バートランド・ラッセル卿が指摘した。世界の物理量は『エネルギー』に集約されるだろう。と指摘された事を#末尾文献#で知った。それは、筆者が考えることと同じである。このブログで、科学理論の意味を考えた初めで、エネルギー(energy)とは? (2011/09/07)の記事 がある。

 オーロラの魅力はその天空で繰り広げられる、カーテン状の光輝く様子である。極地上空に、どの様な理屈でレース状の地球回転軸を取り巻くような光放射膜を発生させるかの訳が示されなければならない。太陽風が原因で、地球回転軸に対称な帯状の光気膜が出来るだろうか。

 先ず、光の発生原因が何か?その前に、光とはどの様な物理現象の結果として発生するのか。光とは、その空間像がどの様な物理実体なのか。光には振動する物理的実体など何もないのだ。『振動数』は光の検出法上の科学的計測法に伴って捉えられる、その機械的な評価法の数値でしかないのだ。決して横波で振動する実体など何もないのだ。空間に分布した、『エネルギー』の密度波の光速度の進行方向への流れでしかないのだ。

 『エネルギー』は空間を伝播する。理論物理学が専門の研究者に、せめて電気回路の現象を考えて欲しいのだ。そこでは『電子』などは全く不要の概念なのだ。少し古い記事、電線路は『エネルギー』が主役のLC舞台だ (2017/01/07) および昨年の、新電気回路理論 (2022/09/01) をその意味で挙げておく。

Wikipedia には、『エネルギー』とは物体が仕事をする能力の事である。等と解釈が示されている。また、温度とはエネルギーが自然に移動していく方向を示す指標である。等との解説が示されている。気体分子運動論などで解釈する温度ではない筈だ。温度も『エネルギー』が空間構造の内部に貯蔵された『エネルギー』の光と異なった形態の『熱エネルギー』の量的評価概念である。残念ながら、Wikipedia のような解釈では空間に実在する『エネルギー』の物理量を認識できる筈はない。それは電気回路現象から『エネルギー』の意味が解る筈だ。

 #文献#:質量の概念 マックス・ヤンマー 著。大槻義彦ほか訳。講談社。

オーロラと電磁界

(2023/05/28).

 オーロラは極地の上空に展開される、気体の発光現象である。地球極地研究所などで研究され、その解説がなされている。

 その中では、太陽風と言う解釈がその主要な発生原因となっているようだ。

 その太陽風は、太陽からの電子とプラスの電荷粒子がその主要な構成粒子と捉えられているようだ。

 そのような、『電荷』が基礎概念となった物理量に基づく電磁気学の教科書の解釈法が基本となっている。

 科学者のほぼすべての皆さんが、現代物理学理論の基本認識の下で科学研究を成されておられる。

 その解釈では必ず『電荷』が、論拠概念の基本となっている。『電界』は『電荷』によって空間に発生する電磁界の発生概念で、『磁界』は『電流(それは『電子』の流れ)』が流れることによって発生する空間の発生概念であると成っている。残念ながら、その現行教科書的な解釈である限り、電磁界の真相を科学的な論理性での理解が出来ていないと、残念ながら言わなければならない。

 ロゴウスキー電極空間の磁界(戻し) (2021/04/16)。更に、新世界への扉ーコンデンサの磁界ー (2011/02/20)。が電磁界の真相を示す実験結果である。 

 少なくとも、物理学理論に関わる科学研究をなさる研究者は、『静電界と解釈する空間には、必ず磁界が存在する』という意味の実験結果を学習し直す必要がある筈だ。その上で、プラズマとは何か?原子イオンとは何か?太陽風とは何か?等、『電荷』概念との関係に明確な解釈をお示し頂きたい。

 オーロラの形状は、とても不思議な天空の女神がお召しなさる、色鮮やかなレースに見える。地球上には、その表面に『エネルギー流』が在るのだ。地磁気とは、コンパスに流れる軸性エネルギー流との間の空間での近接作用力としての結果として検出される電磁気現象なのだ。『磁気』とは全く電流は無関係なのだ。マグネットのN極もS極も、ただ一つのエネルギーの流れる軸性の現象を、両端から見たエネルギー回転流の向きが逆になった状況を解釈した概念でしかないのだ。磁性材料の両端に、その極の周辺を流れる『軸性エネルギー流』なのだ。地球の地磁気も、同じく地球表面のエネルギー流の真相を解釈した状況なのだ。

学術理論と専門家

(2023/05/26).

 筆者は、どう考えても科学研究に関わる所謂専門家には程遠い存在かも知れない。ただ電気回路現象については、専門家が本当に如何なる深い認識を持っておられるかは分からない。『電荷』が自然世界に実在すると考えて居られ、『静電界』と言う定義空間に『磁界』は存在しないと解釈されている限りは、その方は電気回路現象にもう少し疑問を持って頂ければと思いたいのだ。しかし乍ら、その解釈が現在の学校教育の教科書の指導内容になってもいる訳で、その教科書を信じている限りの研究者は、専門家である筈だ。実はそこが、残念ながら?。と言う事なんだ。筆者はほゞ今までは、殆どの研究者と異なる認識にある事になる、だから当然の論理として専門家の仲間には入れないだろうという意味だ。

 昨日とても愉快な経験をさせて頂いた。それはPCで情報空間に、AI空間かも知れないが、『静電界中に磁界が存在する現象の理由は何ですか?』と質問をした。
 すぐさま回答が届く。そこには、『静電界には磁界は存在しません。電界と磁界はそれぞれ別の現象です。』と教科書通りの御回答が示された。それは教科書の原本となる世界の科学者の学説が、その原因となる学説である訳だから当然である。

 おそらく物理学の専門家は、電気磁気学の専門家は電気現象で自分の信じる、あるいは信奉する電気現象の解釈理論と異なる現象は不都合な事象である為、無視するか否定し続ける態度をとるのであろう。それでこそ所謂、専門家集団の学説保護集団員としての役割を担う事で貢献できるからであろうと考えたい。殆どの研究者は、指導者に逆らって、学説の理論に否定的な考えを唱えたら、その専門家組織内では研究をすることはできくなるだろう。その意味で、科学理論はとても保守的で、少しも論理が優先する革新的な研究者組織であるとは思えないのだ。

 だから、コンデンサの電極板内の空間に『静電界』と言う電場を発生させた時、即ち電極板に一定電圧の直流電圧を掛けた時、その電極板内の空間に『磁界』が発生する等とは決して考えないのだ。どんなに、その実験結果が『静電界』の中に『磁界』が発生している実験結果が示されようと、それを集団的専門家の学説を否定するような科学的実験結果であるが故に、決してその実験結果を進んで認めようと言う意識は起きないだろう。

 『静電界内に磁界が存在する』と言う実験結果を認めたら、『電荷』の物理学的概念の基本が崩壊することになるのだ。その『静電界内には磁界が存在する』と言う実験結果がどれ程の科学理論の根本に影響を与えるかは、並大抵の社会的混乱では済まない『爆弾』を抱えた途轍もない事態に直面する事になる予測に、耐えられない筈だ。理科の教科書を今のまま放置できないからだ。『電荷』を否定して、その概念のない教科書および学習指導要領を創れないからだ。

 物理学の専門家は、新世界への扉ーコンデンサの磁界ー (2011/02/20) を決して認めたくない筈だ。しかしその態度が、物理学の専門理論が、その未来への希望を失い、学生に魅力を感じさせられない現状なのだと思う。空間の『エネルギー』の認識ができない現状が物理学の致命的な点だ。

科学理論で最も理解できない学説がある。その理屈が理解できないからだ。それは、『遠隔作用力』の理屈が理解できないのだ。その代表が、〈万有引力説〉だ。同じくその系列となる「クーロンの法則」もある。万有引力説は確かに重力の論理的解釈法としてとても都合が良い。しかし、万有引力は、その力の原因が『質量』同士の間に生じると言う原理に依っている訳であろう。本当に『質量』が互いに引力を生むと言うのだろうか?その理屈が理解できないのだ。その原因が信じられないのだ。

 力で、確信できる現象が有る。それはマグネット間の『磁力』である。そのマグネットを近付ければ、近付ける程、強い力の引力となる。その解釈にも、現代物理学は理屈で納得できる解釈を示せないのだ。『磁場』とはどの様な現象の場か?自然世界に存在もしない『磁束』で磁場を解釈している限りは、その現象を捉え切れない筈だ。磁束が繋がり、近付く程力が強く成る訳は何故か?と言う問いに答えられないのだ。『磁場』とは決して磁束でなど解釈できないのだ。『磁界』とは、仮想概念の磁束に対して直交した方向に流れる『エネルギー』の軸性回転流なのだ。N極に向いて、時計方向に磁極の周辺を回転する方向に流れる『エネルギー』の姿なのだ。Axial energy flow と言える『エネルギー』の軸性の流れなのだ。

 この磁気的なエネルギー回転流が近接作用力として自然世界を支配している原理だ。地球表面にはそこを東方向に回転するエネルギー流がある。それが地磁気現象の意味だ。北極、南極のそのエネルギー回転流が「オーロラ」の発生原因である。しかもその『エネルギー』の回転流が何処に繋がるかは大きな、とても重要な統合の力の原因となっていると解釈する。太陽系は如何なる統一体としての天体系を成すか?の疑問が心から離れないのだ。

 原子間、分子結合等の結合力は、その原因として考えられる力は、やはり『磁気的エネルギー回転流』しかなかろう。

 等とトンデモナイ疑問と解釈の思いが頭の中を遠い過去から呼び付けてくる。